第611話 幻想。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『あの子達の事を頼む、とそう言われたのに……』と、そんな友の言葉も思い返すと、旅立ってしまった双子達に私は少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「…………」
……だが、それと反して同じ位に、エアの話を聞き私が嫌われてしまっている現状について、もう私ではどうしようもない事なのだと開き直る気持ちも湧き出ている。
──と言うのも、双子達の私を嫌う原因は十中八九で『エアが私の傍に居る事』だからだ。
だから、当然私だって『エアにはずっと傍に居て欲しい』と思っている訳なので……そんな私と双子達で気持ちがぶつかりあってしまうのは仕方のない話であった。
でも、正直この『心』は決して譲れるものではない。
だから、友には申し訳ないとは思うが『この頼み』ばかりは一旦例外にさせて欲しいと、『心』の中でちょっとだけ彼らに謝っておく事にしたのであった。
『すまない……双子達の事よりも、君達の頼みよりも、エアの方が私には大事なのだ』と。
『人との繋がり』よりも、ずっともっと『エアとの繋がり』が大事だから見逃してくれと。
「…………」
……本当は、『魔法学園』の街が荒廃している原因なども色々とエアから話を聞くべきなのかもしれないが──エアが幸せそうにニコニコと甘えて来る時間の方が今はとても私には大事だったので、内心そっちの事に対する興味が段々と薄れつつもある。そんな事も全て、許してほしいと思う。
レイオスとティリアは遠い場所にて怒っているだろうか……。
だが、こればかりは私の素直な気持ちだ……。
だから、双子達の事についてはいずれ再会する日があればまたその時に、なんとか『仲直り』を頑張ろうと思うので『どうかそれまでは先送りにさせて欲しい』と思ってしまうズルい私なのであった……。
「…………」
と言うか、よくある話なのかもしれないが……双子達の『恋愛感情』については今のエアでは深く察していないだろうとも思っている。
……つまりは、エアが双子達に向ける『好き』はどうしても『家族』に向ける様な親愛の情であり、双子達に『欲しい』と言われた事に対しても恐らくは『冒険者の仲間が欲しい』と言う風にエアは捉えているように私には見えたのだ。
だから、その状態で双子達の事を追いかけ関係修復を図っても、双子達の気持ちを逆撫でするだけな気がしてならなかった。
……よって、とりあえずは今はお互いに距離を取るのが正解なのかもしれないと、私はまたそんな風に都合の良い解釈をする事にしたのである。
「…………」
「──ふふふふっ。ねえロム、やっぱり『これ』って凄くいいねっ。とても素敵な気分なるっ。『心』が自然とポカポカして、凄く安心する……」
ただそんな考えに耽っていると、私と言う『領域』との『繋がり』を深くしたエアは未だに私の隣で嬉しそうにそんな風に話しかけて来ている。
……ああそうだなエア。私も凄くぽかぽかするのだ。
エアの微笑みは以前と比べてもだいぶ安堵感が増しており、とても穏やかな表情だった。
だから、ほらもうっ、こんなにも幸せそうで、満たされているエアの表情を見られるならば……これに勝る喜びを私は知らないのである。
敢えて言うが、この世の中に、これ程に美しいものが他にあるだろうか──いやあるまい!
もっと言えば、この世の中に、これ程に輝くものが他にあるだろうか──いやあるまい!
最後になるが、この世の中に、これ程に愛らしいものが他にある訳が無いっ!!!
……という様に叫びたくなる様な、そんな気分であった。
──いったい、なんの話をしているのかとも思うが……。
そうしてエアが私の隣りで触れ合い、繋がりを深くしながら『深い幸せ』を感じていると、それだけで私も『深い幸せ』を感じられる……というそんな話であった。
寧ろ、薄情と思われてもいい。
……極論だが、今のエアが幸せそうならば、それ以外はどうだっていいとさえ思っている。
まあ、ここら辺の割り切りは懐かしいものもあるが、昔から私は決してブレる事はなかったのだ。
……大切なものの優先順位は常に絶対である。
そして、そんな優先順位の一番に輝く私にとっての『最愛』はエアである事に間違いないのだから……。
「……もしかして、この気持ちって『大樹の森』にいる精霊達も感じていたりする?」
……すると、『大樹の森』で守られている精霊達や、『別荘』にて暮らしている精霊達の気持ちに対して何かしら思い至る部分もあったのか──エアは突然そんな話を傍に居る四精霊に向かって問いかけるのであった。
まあ確かに、『精霊の力と魔力』の混合が『力の根幹』となっている私と言う『領域』からすると、エアがそれを身近に感じる気持ちは分かる気はするのである……。
『ああ、そうだぜ』『もちろんわかるよっ』『……同意』『わたし達はみんな、いつもその感覚に包まれ、守られていますから…………ただ──』
そして、エアのその問いに対して四精霊はそんな答え返している。
……正直、私からすると『精霊達の力を感じる事』はあまりにも当たり前な感覚になっており、既に精霊達との『深い繋がり』があった為に今更何かが変わった様には思えないのだが──私と『深い繋がり』を得た事によって、エアには特別に感じる何かや通じるものがあったのかもしれない。
今更ながら、私と言う魔法使いは『純粋な』魔法使いとは言えない存在であり、この『魔力』には基本的に色々なものが混ざっている様な状態である。
『性質』を変える事により、今ではある程度までそれにも変化をつけられる様にはなったが、昔はそれを変えるのが凄く大変だった覚えがあった……。
『二十年』という時間を眠っている間、『魔法学園の学長』なども『精霊の力とマテリアル』を複合させて使い、何やら大きな『力』を引き出そうと試みていたようだが……実際私も『学長』と似た様な事を『魔力』で行っていたのである。
……まあ、私の場合は『精霊達から引き出す』よりも『精霊達に与える』事によってそれらを成し得た為──そこで得られる結果には大きな違いがあった訳だが……彼女がそれに手を出した事と、『まやかし』を使った事などを視た時、私は色々と感慨深くなってしまったのだ……。
「…………」
「──うん。大丈夫だよ。その先はもう分かったからっ。……そうだよねっ、ずっと不思議だったんだ。なんでロムって不器用なんだろうなって。どうして感情はあるのに、表情が不愛想なままなんだろうなって……」
……ん?
だがそうすると、エアと四精霊達はまだ何やら話し合っていたようなのだが……その瞬間から急に私は『皆が何を話しているのか』が、よく分からなくなってしまったのである。
まるで耳が遠くなった様な……ボーっとする感覚に近いだろうか。
それも、ちゃんと『声』は聞こえている筈なのに、それの『色』を上手く認識できていない感覚である。
……きっと、なにか『深い話』をしている気もするのに、意識がフワフワとして浅い眠りを感じているかのようだった。『眠らなくても平気な身体』になったのに……また酷く曖昧である……。
──ただ、そんな中でも恐らくは隣にいるエアの『心』を通じてだろう……ほんの少しだけ囁く様な大きさで私にも『音』の残滓が響いていたのである……。
「…………」
「……ロムは、わたし達に色々なものを与えてくれるばかりで、『自分の事はずっと愛せていなかった』んだね。だからみんな、昔からあんなにもロムの事を慕っていながら、いつもどこか心配そうにしていたんだ。『ロムの事は逆にわたし達が守ってあげなきゃっ!』って──」
『──ああ、旦那はずっとそうだったんだ……』
『でもね!それがやっと変わって来たんだよっ!』
『……遠い道のりだった』
『──このお方は、わたし達に色々なものを分け与えてくれましたが、そのせいで『干渉に関する制限』を、最初にその身に引き受けてしまったんです』
「…………」
「なるほどっ。ロムの凄い部分を沢山見て来て、同時にダメな部分もいっぱい見てきたけど……ずっとその『歪さ』が不思議に思えてしかたなかった。──けど、その不器用さにも意味がちゃんとあったんだねっ。……という事は、元々ロムはそれらをちゃんと持っていたという事?」
『──ああ、その通りだ。……誰かに対する激しい怒りも』
『色々な人に接する喜びもねっ』
『……無常に対する哀みも』
『生きる事の楽しみもです』
「ロムは表情を含めて、色々なものを失う代わりに、精霊達に分け与えたかったんだね」
「…………」
『……ああ。俺達は元々、ただ自然と共に在るだけの存在だった』
『そんなまるで道具の様に存在するだけだったわたし達に、喜びを与えてくれたんだよっ』
『……わたし達に、ここに居てもいいんだって言ってくれた』
『──今では信じられないかもしれませんが、元々のこの御方は凄くお喋りなんですよ。……でも、わたし達に沢山話しかけて干渉して、言葉も与えてくれたんです。……魔法使いとして、最初に『詠唱』を考え出して体系立てたのも実はこの御方です。……ただ、ご本人はもうそれらを殆ど覚える事ができていないだけなんです。──先ほども言いましたが『干渉に関する制限』のせいで、ですね』
「……それはどうにもならないの?そもそも、誰がロムに──」
「…………」
『──俺達では全く干渉できない存在が元凶だな』
『寧ろ、わたし達は一方的に干渉されちゃうだけなんだっ』
『……エアちゃんも経験した事があったかもしれない』
『──誰もが本当は知っているけれど、それを認識できないのです。無論、世間一般的に知られる『神々』等とは明らかに格が異なる存在でしょう。……あっちの『自称の方』は、わたし達と同じく『そういう役割』をただ強いられているだけでしょうから』
「……それは、ロムでも勝てない存在なの?」
「…………」
『──いいや、本来の旦那なら負けない筈だ。普通に干渉もできていたとは思う。……現に、またそれを成したからこそ、エアちゃんが俺達とこういう話が出来ているんだ』
『そもそも精霊達同士じゃないと、こんな話もできないんだよっ!そう言う決まりになってるのっ!』
『……でも、最初にわたし達を守る為、そして色々なものを与える為に』
『この御方はそのせいで、その存在と『干渉』に関する取引をしてしまっているのです。そして今回、エアちゃんをご自身の『領域』に引き受ける為にも、きっとまた何らかの『代償』を支払ってしまったのだと思います』
「そんなっ、それじゃあロムはまた何かを──」
「…………」
『──いや、エアちゃん。旦那に何かの変化が急激に起こる事だけはないと思う。急な変化は『世界』にも大きな影響を残すらしいからな。だから、今はまだこれまで通りだろう。それだけは安心していい』
『逆に、色々なものを少しずつ取り戻していってるから大丈夫だよっ!それに、今はエアちゃんが傍に居るからっ!』
『……わたし達の為に拙くなってしまったその『心』も、少しずつ戻って来ている』
『それらは全てエアちゃんの影響のおかげです。……正直、わたし達は最初からずっとこの日が来るのを期待していました。この御方の『孤高』を癒し、愛してくれるのは貴女なんじゃないかと──この御方の隣りに寄添って、真の意味で肩を並べ、その愛を受け取るだけではなく、守られるだけではなく、その愛をこの御方に返してあげられる存在になってくれるんじゃないかと。……わたし達『精霊の父』とも呼べるこの御方を、本当に救ってくれるのは──』
「────」
「…………」
──するとその瞬間、またも急に何かの『音』が聞こえた気がした。
……そのせいで、途中からエア達の『声』も急に聞こえなくなってしまったのが、酷く残念に思えたのである。
『……まあまあ、あまりノイズは耳にしない方がいいぞ。雑音は邪魔だ。そうだろう?』
……そうなのだろうか。
……ふむ、まあ、そうなのかもしれない。
『そうそう。それでいいんだ。これから先が重要なんだから……だからここであまり余計な邪魔を入れられたくは──』
……でも、何となくだが、それなら『この音』も邪魔に思えてしまった私は、途中でそれも一緒に遮り、切断する事にしてしまった。
すると同時に、何やら『くぐもった音』が鳴り響いた気がしなくもないが……暫くすると『その音』は元に戻り、渋々と遠ざかって行く感覚がある。
……どうやら『虚』へと帰っていくらしい。
『また来るからな……』
「…………」
……最後に、そんな風な『言葉』が聞こえた気がしたが、何となく『もう来なくてもいいのに』と思ってしまう私なのであった──。
またのお越しをお待ちしております。




