第61話 密。
『旦那、やっぱもう帰って来てはもらえませんか?居ないと、なんか変な感じで……』
エアの話を聞いてある程度満足した精霊達は、話疲れて眠そうにするエアの姿を見ると帰り支度を始めた。彼らの性質と領域の関係から、元々あまり長時間離れる事が出来ないらしく、こっちに泊まっていく事はしないそうだ。
だがその際、帰る直前になって突然火の精霊がそんな事を言って来た。その発言には他の精霊達も驚いている上に、思わず口から零れてしまったのか言った本人である火の精霊でさえも少し驚いている様子である。
普段はこんな事を言って来ない火の精霊にしては珍しいと私は思った。何か私の居ない間、森で何かあったのだろうか?また落ちた肉でも食べたか?虐められでもしたのだろうか?
『あっ、いや!今のは別に旅の邪魔をしたいとかそういう意味じゃないんだ!……ただ、いつ帰って来るのか、みたいな話が俺たちの中でもあってさ。もしかしたら今回はエアちゃんもいるし、長い事、いや下手したらそれ以上で、帰って来ない事もあるんじゃないか、なんて心配するやつもいて。たった数日だけどさ、やっぱ森が変わって見えちまうとか、そんな感じで……』
話をしている間に段々としどろもどろになってくる火の精霊のそんな姿に、周りの精霊達は『あちゃー。言ってしまったかー』と、どこか同情する顔で眺め続けていた。秘密にしていたことが一つバレてしまった時の様な、そんな微妙な緊張を含んだ空気感の中、私は内心で彼らの気持ちを慮る。
今ここにいる者達は私が大樹周辺に暮らし始めた頃から居た者達だ。
最初は綿毛の姿だったのに、いつの間にかこんなに大きくなって、立派になった。偉い。
その成長を私はずっと見守って来る事が出来たのだ。その想い入れも強い。
ただ、これまで何度か家を空けた際、その時はなにも言ってこなかったから大丈夫だとは思っていたが、内心では彼らはいつも不安な気持ちがあったのかもしれない。
その上、なおさら今回はエアに引き摺られて、彼らからしたらまるで逃げるように私達は旅立ってしまった。それを見送る彼らの側は、エアが待ちきれずに急かしていただけだとは理解していても、その光景はきっといつも以上に寂しさを煽るものになってしまったに違いない。
『もう帰って来ないのでは?もう会えなくなってしまうのでは?そんなのは嫌だな』と彼らが密かに思い悩んでいるとは思わなかった。そう思って貰えるほどに彼らと良好な関係を築けていた事には幸いを感じるが、一昨年も彼らは泣いてしまったのだから【家】の魔法を作ったとは言え、もっと私もフォローをしておくべきだったと再び反省をする。
彼らはいつも我慢をすることに慣れてしまって、そんな内心を中々見せてくれないものだから、私はまたもや見過ごしてしまう所だった。
「おいで」
……だが、それにしたって、まったくもう。君達もいつからそんなに甘えん坊な思考になったのだ?エアを甘やかしてあげるうちに、自分達もそうなってしまったのだろうか。
──だとしたら、そんな彼らを甘やかしてあげられるのは、私しかおるまい。
『へっ?いや、旦那、そんな腕なんか広げても』
『胸に飛び込んで来いと言われても、飛び込むわけないぜ?』と言っている火の精霊の正論を無視し、私は自分から火の精霊に近付いて、ハグしてやった。
……何をいまさら。先ほど帰って来て欲しいと言って来た時の君は、エアが幼子に見えるよりも更に小さな子供の様に見えた。まるで最初合った時の綿毛の頃の様な、そんな弱々しさしかなかったのだ。
だから、そんな顔で言っていた奴が今更強がったところで、いくら鈍い私でももうちゃんと気付ける。
だから、あの頃の君達に触れる時の様に優しく丁寧に、私は火の精霊の背をポンポンと叩き、気持ちを込めて魔力を分け与えていった。
『私は君達と共に在る。だから好きな時に会いに来ていい。この家を手にするまで遠慮して出てこなかったのだろう?居たいなら街中だろうが遠慮はいらない。君達にとって私は家でもあるのだから。寂しくなったら、気兼ねなく帰って来なさい』
私は何度も『好きな時に会いに来て良い』という想いを魔力で送った。
火の精霊だけでなく周りの水や風や土の精霊にも、それどころか大樹を通じてあちらに居る全ての精霊達にも同じように送った。みんなに、届けこの想い。
……君達、私がなんの為に【家】の魔法を作ったのか分かっているのだろうか。私も君達がいると嬉しいから、会いたいから、作ったのだ。現状君達しか通り抜けられないその空間転移を遠慮して使わずに寂しがってないで、ちゃんと使って会いに来て一緒に笑い合おうとそう言っているのである。
そうして言葉では中々通じていなかった事でも、魔力で直接心を、想いを、伝えた方が精霊達には良く響いたようで、結局は周りで見ていた火の精霊以外の三人もギュッと私に抱き付いて来たのだった。
やはり私は言葉下手だと言う事を、こういう時に強く感じる。魔力で伝えれば一発なのに、なんでこうも上手くも説明できなかったのか、こう言う所が配慮に欠けていると言われる所以である。
まあ折角だしと、追加で大樹を通じて栄養増強魔力シャワーを向こうに降り注いでおいた。
『こっちは変わりない。みんなも変わりはないか。しばらくは冒険者として活動するが、必ず帰るから心配しないで欲しい。約束する。あと、寂しくなった者達が早速こっちにやって来て今私に抱き付いているが、君達も気が向いたらいつでも来て欲しい。領域関係なく気分転換に他の景色を実際に見てみるのもたまには良いだろう。いつでも待っている』という想いも送っておく。
帰ったら『あれは旦那の方から抱き付いて来たんだぞ!』と反論する火の精霊の顔が思い浮かぶが、それぐらいは許して欲しいと思う。恥ずかしさで悶え、明日文句を言いにまたやって来るかも知れないが、それはそれで私は君達に会えるのを楽しみに待っているよ。
『クンクン』『くんくん』『くんくん』『くんくん』
……ただ、君達もエアも、抱き付いてきた時に私のにおいを嗅いでいくのはやめて欲しい。次に魔力で想いを伝える時には、その事も忘れずに注意しておこうと私は密かに心に決めた。
またのお越しをお待ちしております。




