第607話 合歓。
……それは突然の出来事だった。
『雪ハウス』の中で精霊達と話をしながら、エア達の冒険者活動が順調である事を喜ばしく感じていた私は、急に少しだけ『眠気を感じた』のである。
ただ、直前に胸がいっぱいになる様な嬉しい話もあった為に、個人的にはその『急な眠気』にあまり悪い気はしなかった。
……寧ろ、深い幸せも感じながら、心地良く自ら微睡みへと落ちていったのである。
『……だんな?』『どうしたのっ』『……疲労?』『──いえ、もしかすると眠たいのでは?』
「…………」
……うむ。実はそうだ。少しだけ眠たい。
傍には、こうして四精霊も居るし……。
その安心感も不思議と私を満たして、心地良さを増してくれていた。
周囲は完全に雪に包まれ、『雪ハウス』も既にその雪の一部と化し、私達の声以外は綺麗な静寂が広がっている。
……私達の眠りを妨げる様な邪魔な存在が、ここまで何も無いのは久々の事にも思えた。
だから、『眠る必要がないこの身体』でも、思わず眠ってしまうのもまあ仕方がないかと──そんなお馬鹿な感覚が私の身体を満たし、その『急な眠気』に対しても不安を感じる事など微塵も無かったのだ。
「…………」
……正直、私にとっては抗おうと思えばいつでも簡単に抗える位の感覚でもあった。
だから、抵抗するまでもないと思って──何となくそのまま素直にその感覚を受け入れてみたいと言う気持ちになっていたのである。
──すると、奥底にある『虚』からも『少しだけ休め……』と、何やら不思議な『音』が響いてきた様な気もして……。
『──と言うか、やはりお前が居ると世界のパワーバランスが崩れるから……寧ろちょっとだけ眠っていてくれないか?……えっ?嫌だと?だが、そこをどうか曲げてくれっ!何卒どうか、どうか頼むっ!』と。
何やらその『音』からもそんな風に頼まれた感覚があり……。
「…………」
……結果的に私は、その『音』にちょっとだけ『……失礼だな』とは思いながらも引き受ける事にしたのであった。
まあ、その頼み方があまりに必死だった事もあって──その必死さが誰かに重なって視えた私は──『そこまで頼むならば』と、その頼みを『依頼』としてならば受けても良いと返事をしたのである。
個人的には『数日』エア達に会えない時間もあった為、少し落ち着かない気持ちは否めないし、『お裁縫』も手に付かないしで、その位の時間であれば久々に『ちょっとだけ眠る』のも悪くは無いかと思ったのだった……。
『世界』が私に対して、そんなに『────』をして欲しいのであれば……。
『…………』を代償に、私はその『依頼』を引き受けても良いのではないか、と──。
『──分かった。ならば、その取引でいこう……』
「……うむ」
……了解したのである。
──ただ、それはきっと言うなれば一種の『トランス状態』……又は、部分的な『精神的変質』だったのかもしれないと、後々になって思った……。
その間の私はほぼ無意識で、何かしらの干渉を受けたが故の反応でもあったのかもしれない。
だが、その瞬間の私は確かにその微睡みの中で何かと『音のやり取り』をしていたと思うのである。
そして、これも後になって聞いた話なのだが、傍に居た四精霊曰く、その時の私はそうして微睡んでいる間はずっと『ぶつぶつ』と何かと話をしていたらしい……。
……まあ、傍から聞く限りでは、なんとも不気味な話でしかないとは思う。
「…………」
──ただ、その結果として、私は何らかの『依頼』を引き受ける事になり、それから『数日』の間……『眠る必要のない身体』を完全に眠らせる事になったのだ。
それは恐らく、言うなれば『封印』に近しい行為であったのだろうと、愚かな私は後々になって知る事になる。
『……だんなっ』『……起きてっ』『……寝坊』『……これは困りましたね』
……そして、その微睡みの間、時々そんな精霊達の声が聞こえた気もした。
「…………」
……だがしかし、『性質変化』をしてからずっと眠る事が無かった私は、久々のその『惰眠』を全力で味わってしまい──中々にその誘惑から離れる事が出来なかったのである。
『……すまぬ。だがまだまだ眠いのだ』と、沢山ゴロゴロしてしまったのだった。
──と言うか、そもそもの話として『数日』という曖昧な決め方をしてしまったせいによる弊害だったのだろう……。
結果的に、色々な言い訳を抜きにして語ると、私はとりあえず確かに『数日』後に目を覚ます事は出来たのだが──
「…………」
──しかし、その結果として、凡そその間に『二十年』という驚くべき月日が流れており……目を覚ましてからの私は唖然とする事しか出来なかったのだった……。
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