第606話 激昂。
『泥の魔獣の撃退』──私が去った後の街では、そんな噂が流れたらしい。
いつの間にか入り込んでいたその魔獣により、街は三割以上が雪の被害にあった。
噂では、それらは全て泥の魔獣によるものであり、各地の施設に被害を受けた事によって上空にある『巨大な魔方陣』にも不備が起きたそうだ。
近年徐々に街の至る所にて路面の凍結や積雪が見られたのも、全部はその『泥の魔獣』による暗躍であり、かの魔獣が街に訪れた事で災いが降りかかった影響なのだと。
そして、そんな『泥の魔獣』をこの度『魔法学園の学長』と冒険者ギルドのマスター及び多くの冒険者達の活躍によって見事に撃退する事に成功したらしい。
生憎と討伐する事は叶わなかったが、かの魔獣はなんと『人の姿』に擬態もしていたそうで追跡する事はかなり困難な状況であり、今後は二度と街に入り込めない様にと『魔法学園』と『冒険者ギルド』が連携して対策を講じる予定であるとか。
『マジックジャマ―』と『マジックキャンセラー』の更なる運用を──
「…………」
──とまあ、どうやらそんな感じの事になったらしい。
私はそんな情報を精霊達から教えて貰ったのだった。
……因みに、エアと双子達に対しては不思議な事に特に大した追及は無かったらしい。
『学長』やギルドマスターならば、私とエア達が一緒に行動していた事も知っている筈なのだが……何やら私の与り知らぬ思惑でもあるのか……未だエア達は普通に冒険者活動を続けているそうである。
……正直、なんとも不穏な策略が裏で密かに進行していそうで、全く油断がならない。
その為、今の内から何かしらの対策をこちらも用意しておいた方が良いかとも思ったのだが──
『──あー、それは……旦那、旦那っ』
「……ん?」
──そうすると、『雪ハウス』の中で精霊達とそんな話をしている途中で突然『火の精霊』が私に向かって『それはきっと心配いらないぜ』と言って来たのである。
だが、何故だろうか……。
下手したら私と同様にエア達にも何かしらのちょっかいがある可能性は高いと思う。
だから警戒していた方が良いとは思うのだが……。
『いや、それについてなんだが……』
……と言うのも、精霊達曰く『暗躍したのは逆にエアの方』だと言うのである。
それも本当は、私にはあまり知られたく無さそうにしていたらしいのだが、精霊達は私が何か動き出しそうとしたら『大丈夫だからゆっくりしてて……あと、直ぐに助けに行けなくてごめんね』とエアから伝えて欲しいと頼まれていたらしい。
そもそも、私がソロで『学長』達から一方的な攻撃を受けていた頃、エア達は普通に冒険者活動をしていたのだが──その後双子達と一緒にいつも通りの依頼を終えてギルドへと戻ってみると、いつも通りではない雰囲気を感じて直ぐに何があったのかをエアは調べ始めたのだそうだ。
冒険者のランクを表す首元の石の色はまだ『緑石』ながらも、流石は長年一流の冒険者としてやってきたエアだから、その経験から優れた情報収集能力(物理)を遺憾なく発揮し、直ぐにギルドマスターや『学長』の所に辿り着いて、力業で聞き出したらしいのである。
そして、彼らの口から語られる全ての勘違いに対して、エアは実演付きで全部『潰して』しまったそうだ。
──その中でも、特に酷い勘違いとして挙げるならば、『学長』やギルドマスター側からすると、私が何の抵抗もせずに一方的に攻撃を受けていたのは『マジックジャマ―』や『マジックキャンセラー』の効力が著しかったのだと思っていたらしいのだが……。
エアはそれに対してハッキリと彼らに告げたらしい──『そんなものがロムに効く訳が無いだろうがッ!!』と。
同時に、エア自身にもそれが全く効かない事をちゃんと証明もしたのだとか……。
「…………」
……それ以外にも、『学長』の私に対する逆恨みや、『秘された施設』を潰した事などについても、精霊についての話を交えながら、エアは彼らに沢山説教してくれたと言うのである。
『全部、自業自得だろう』と。
『無知を恥じて、愚を正せ』と。
『力に驕らず、溺れるな』と。
『無理をすれば、必ずそれは己の身に返って来るぞ』と。
無論、その頃には既に『学長』やギルドマスターはエアにほどほどにボコボコにされた後だったらしく……『学長』の姿が老いていた事なども無関係に、ちゃんと同様の対処もしたらしいのだ。
『どれだけ年を取ろうとも、『力』を得て偉くなろうとも、己の過ちを省みる事を忘れてはいけないのだ』と──。
『……と言うか、エアちゃんは変わらず、旦那の事になると本気で怒っていたよ。説教を受けた者達は皆、恐怖でガタガタと震えてたらしい。──当然、双子達もそんなエアちゃんの姿を見るのは初めてだったからか、吃驚し過ぎて一緒に震えてたってさ……』
……と、そんな話を伝え聞く限りでは、周りで視ていた精霊達でさえ、『この世でこれ以上に恐いと思う時間はなかった!』と感じた程に、その時のエアは恐ろしかったそうだ。
「…………」
……私は、その話を聞いて……もう、なんと言えばいいのか──言葉に詰まる程に、素直に胸がいっぱいになっていた。
そして、いっぱいになり過ぎて、恥ずかしながらも無性にまたエアに逢いたくて堪らなくなったのである……。
会えないこの『数日』という時間が……まるで『永遠』にも近しく感じる程に……。
本来ならば、『雪ハウス』の中でのんびりと休むつもりで行っていた筈の『お裁縫』も……この時ばかりは思う様に手に付かなかったのだった──。
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