第604話 雪泥。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
いつの間にか千を超えていたらしい私の歳と比べるのはどうかとは思ったが──
『学長』は私などよりもだいぶ若い女性であった筈だ……。
「…………」
だがしかし、目の前の淑女はどう見ても私以上に歳を召した姿であり、『老女』と言える風貌に変わっていたのである。
……どうしてそうなってしまったのか、詳しくは私にも分からない。
ただ、恐らくはきっと彼女も無理をしてしまったのだろうと思う。
それに、彼女が『まやかし』を使って来たと感じた時から、幾つかの疑念にも答えを得る事ができたのだ。
そもそも『精霊達』は仲間同士で独自の繋がりを持ち、瞬時に情報の共有にが出来る存在である。
それなのに、精霊達が『実験の材料にされかけている』という話が私達にまで伝わってくるのはとても遅かった。
それはつまり、『何者かが邪魔していた』からであると……。
そして、それは彼女のその『まやかし』の仕業だったのだろうと……。
「…………」
……この地は少し特殊だ。
だから、彼女が何を求めたかったのかは、少しだけ私にも分かる気はした。
街の頭上にある『巨大な魔法陣』を筆頭に、この地には『第四の大樹の森』もある。
それらの影響もあってか『人』も『精霊』もその多くが周辺へと集まってくるし、同時にそれらの『力』に触れやすい環境でもあった。
──要は、そんな『精霊の力』の有用性に気づけば、それを活用したくなる気持ちもわからなくもないのである。
『人』にない自然に強い影響を与える偉大な『力』──その『精霊の力』を使いたいと思う『欲望』を彼女達は抑えれきなかったのだろうと……。
「…………」
その為の方法を求め、彼女達は『精霊』を使役し操る為の『技術』でも編み出していたのかもしれない……。
『まやかし』を使う事によって、精霊達との協力関係も『約束』し結べた可能性もある。
そうして、それをきっかけにすれば裏切れなくなった精霊達を思うがままに出来るのだ……。
それこそ、その方法を上手く確立できれば、他の者達も『精霊の力』を扱える様になるのではないかと。
精霊達を使役し、従順になった精霊達を僕の様に扱う未来……この地で豊かに暮らすにはそれが必要なのだと言う幻想を彼女達は見てしまったのだろう……。
「…………」
……だが、何においても言える事だが、『人』には得手不得手があり、当然合う合わないもある。
また、それぞれにはそれぞれの役割とも言うべき『領域』があるのだ。
そもそもの話をするならば、『人』と『精霊』には大きな隔たりもあり、それを超えて無理をすれば──その『力』に触れすぎれば──当然の様にその跳ね返りが身を蝕む事もあるだろう。
つまりはそれによって、かつての私が『表情』を失ったのと同様に──。
『学長』もまた残りの時間を大きく失ってしまったのだろう……。
より隔たりが大ければ、より大きな『資源』を支払う事も通りだと感じた……。
「…………」
となると、『学長』の様に『まやかし』を使える魔法使いはそう多くないのかもしれない……。
大きな『資源』を払う事になった『学長』だが、まだ『成功』した方なのかもしれないと思った。
……『失敗』した者達は、そもそも生き残っては居ないのかもしれない。
彼女達はなんとか『精霊の力とマテリアル』を組み合わせ、より強い『増幅』を得る術を見つけたと言っていた。
恐らくはそれによって、この寒冷な地でも負けない作物を作り、負けない人を育て、より強い魔法を生み出していったのだとは思う。
……だが、そんな『技術』が簡単に得られる訳も非ず。
また、それに応じた『資源』の消費も容赦がない。
要は、目に見えない所で確実にこの土地は弱まっていったのではないだろうか……。
街の所々に雪や路面の凍結が見られたのが今更ながらにその前兆だったのではと思う。
それ故に彼女達は『成果』を急がねばならなくなったのだろうと私は思ったのだ……。
「…………」
『学長』はきっと……
『自分が居る間に、なんとか形にしておかねばならない』と。
『もし自分が居なくなった後もこの街や学園が上手くやっていけるように』と。
……そんな事を思っていたのかもしれない。
己の子供や孫の様に感じる学園の者達や街の住人達。
そんな愛しき者達の為に一つでも多くの財産を。
少しでも皆が豊かに暮らしていけるだけの遺産を残したいと。
『人』の欲に限りは無い様に──彼女もまたその例に漏れず、より強い『力』があればと欲したのではないだろうか。
『実験』の対象として『明鏡止水』を選んでしまったのも、そんな理由からだったのかもしれない……。
「…………」
だがその結果としてこの街には精霊の災いだけが残った……。
この吹雪の大地で、雪と氷の怖さを最も知っている筈の者達が、不用意にその恐れに触れた結果が今であり、『明鏡止水』の慟哭はさぞかしこの街の者達の心胆を寒からしめた事だろう。
「──貴方が悪いんだ……あなたが……」
……彼女はそれを受け入れる事が出来ないのだろう。
「『学長』落ち着いてくださいっ!ギルド内での魔法は……」
「……黙ってッ、よく見てみなさいこの人をっ!これ位では死なないっ!殺せないっ!この人は正真正銘の化け物なのですっ!この街の多くを凍り付かせ、各地に災いを振り撒く生きる伝説なのですよっ!──ギルドマスターッ、貴方にも『あの話』は伝わってきているでしょう!生き残りたいならば高位冒険者達を集めて早くわたしに協力しなさいッ!この地を、街を、生きる全ての人々を守る為には、この人をここで倒しておかねばならないっ……静観する事など最初から無理な話だったのです!」
「……いや、だが……しかし……」
『学長』のそんな言葉を聞くと、ギルドマスターは苦悶に近しい表情を浮かべながらギルドの一角で炎に巻かれている私を見た。
だが、こんな状態でも静かに佇んでいる私の姿を見て、彼はどうすれば良いのかと判断を決めあぐねている様にも見える。
敵わないと思う相手に無策で攻撃を仕掛けるのは愚者だが、『学長』の話にも理解があり、その愚者になる必要があるのかと考えているのかもしれない……。
……『あの話』というのがどんな内容なのかはわからぬけれども、少なくとも最初から彼らは私の情報を持っていたようだ。
以前の『狂戦士と聖女』の国からか、それともあの『自称神々』から伝わったのかは分からぬけれども、私にとってはきっと良くない情報である事だけは確かだろう……。
「…………」
……ただこれは、完全に敵対になる流れだと私は察する。
『学長』だけではなく、冒険者達も敵になるのだろうか……。
それを思うと憂鬱は深まる。私の内心では更に溜息が増していく気がした……。
──なあ、友よ。これでもまだ私は『人との繋がり』を忘れてはいけないだろうか……。
この思いは果たして必要なものなのか、それとも切り捨ててしまって良いものなのか、それが私にはよく分からなかった……。
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