第603話 装飾。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『技術の進歩』は素晴らしいものだ。
『人』の持つ、根気や知恵、知識、発想……そんな幾つもの能力を用いて作り出される『努力と知力の結晶』は、文明の権化、文化の主柱とも言える様な『特別な力』になり得るものだと私は思う。
「…………」
……ただ、その『力』もまた他の『力』と同様に、必ずしも手放しで『良きものだ!』と喜ぶ事が出来ないものでもあった。
魔法にとっての『魔力』や、マテリアルにとっての『淀み』同様、『技術』にもまたそれに準じる『資源』が必要となる。
そして、その扱い方には注意が必要なのは勿論の事──より高く、より強く、より素晴らしいものを作ろうと思えば……相応に何かを失う事もまた忘れてはいけないのだ。
やがて『人』が天にまで届く塔を建てられるとしても、天を超え夜空を掛ける船を生み出そうとしても、それには相応の『資源』が必要になる。
そして、その『資源』を『人』は自ら生み出す事が出来ない為に、どこからか持ってくるしかない……。
『技術の進歩』により、塔を作り、船を作り、様々な物を手に入れた時──『人』の文明は確かに豊かになっているのかもしれないが……その逆に相応の『何か』を失っているのである。
その『力』はそう──言うなれば、『代替の力』とでも言えるのかもしれない……。
「…………」
……そして、天を目指しうず高く聳え立った塔の土台も、気づけば意外と『ボロボロ』になっているものである。
『諸刃の刃』とも言うべきその『力』は、見えていない所で誰かを傷つけているのかもしれない……。
「──『マジックジャマ―』も、『マジックキャンセラー』も、かつてはここまでの『力』は出せ無かった……。でも、わたし達は諦めず『技術』を高め、『精霊達』の協力の下『マテリアル』によってより強い『増幅』する術を編み出す事ができた。『精霊の力とマテリアル』……これらの組み合わせによって生み出される巨大な『力』さえあれば、『人』はもっと豊かになれる。この厳しい吹雪の大地もやがては笑顔が咲き乱れる素敵な場所に変われる。……この街も『学園』もこれからなの。ようやく、その『成果』が実る所だったのっ──それなのにッ!!貴方のせいでッ!!」
「…………」
……絶えず巨大な火球を私へと飛ばし続けながら、目の前に居る淑女は怒りのままに声を荒げだした。
『誰かを幸せにする為の力』が、他の誰かを傷つける可能性がある事を知らないのだろうか。
……いや、もしくはその光景が視界に入っていながらも、それに気付きたくないだけ、なのかもしれない。
彼女にはきっと、私のやった事は無意味に彼女達の秩序を崩壊させるだけで、大事な者達をただただ理不尽に葬った様にしか見えていないのだ。
『精霊達に協力をして貰った』と彼女達が宣うその実験により、一人の心優しい精霊が沢山の涙を流して消えてしまった事など、当然知らないのだろう……。
『人を愛する事』を恐らくは利用されたであろうその精霊の慟哭が、君達のその身に災いとして振り返っている事なども、当然気づかないのだろう……。
「…………」
……結局、如何に高度な文明を築こうとしても、『人』の作る社会は『獣』の作る縄張りと言う枠からは大きく外れる事が出来ないのかもしれないとも私は思う。
理性ありしと高尚な法や秩序を生み出した所で、結局はやる事が『力』ある者が『群れ』を率いる事しか出来ていないのだ。
きっと『人』は、この先もそれ以外の生き方はできないのだと思う。
……そして、もしも別の生き方があると分かっていても、それを上手く変えられないのだ。
『人』とはそんな哀れで、愚かな、獣に過ぎないのかもしれない……。
「…………」
より『力』を得る為に無理をし、より誰かを傷つけてばかり……。
賢らに『大義名分』を掲げ、身勝手に少数を犠牲に出来てしまう……。
平和を望みながらも、争いの為に『力』を備え、間違った使い方をする……。
大きな『力』を生み出して何を得るのか、何を失っているのかにも気づかない……。
もっと『人』は、『力の在り方』を考えるべきなのだ……。
「──邪魔はさせない。もう許さない。絶対に貴方を倒す!ここでわたしが貴方を殺すっ!……そもそもの元凶は貴方だ!貴方が悪い!貴方がッ!全部あなたが悪いんだッ!!貴方なんかがいなければ良かったっ!知らなければ良かったッ!出会わなければ良かった!目指さなければ良かったっ!手を出さなければ良かった……そうすれば、わたしも、あの子達もみんな……こんな事には……ならなかった……」
「…………」
私を業火に焼べ続けた目の前の淑女は、怒りのままに魔法を使い続けた。
……それも、淑女は杖を振るって魔法を使っている。
それに杖の他にも様々な装飾品を身に着けているようであった。
……恐らく、その淑女が身に着けている装備品によって、私は今よく分からない不快感に襲われているのではないかと思う。
なので、もし最悪の状況に陥りそうだった場合には、それの前に装備品を壊せば状況の改善にはなる様な気がしていた。
……ただまあ、生憎と炎に包まれてはいるが、私と言う『領域』に未だ傷はない。
まだまだ余裕で耐えきれるので問題もなかった。
知りたい事は、こうしているだけで勝手に相手が話してくれる気もするので、もう暫くはこのまま観察し続けているだけでもいいのかもしれない……とも私は考える。
「…………」
……それに、流石に目の前の淑女も魔力量の消費が激しい魔法を使い過ぎたのだろう。
段々と魔力切れに近い症状があり──浅く息切れを伴い始め、肩が上下するに合わせて威力が弱まっているのも私は感じたのだ。
──だから、きっと、このままいけばその老女も勝手に自滅をするだろう……。
未だ私はギルドの一角で炎に巻かれ、その中心にいた。
……客観的に見て、どう見ても苦しそうなのは私だが、私の目には目の前にいる淑女の方が辛そうに見える。
だが、私も……素直に話せば……もう気づきかけては居たのだ……。
目の前で杖を支えにしつつ、私に攻撃をし続ける淑女(老女)の正体が誰なのかを……。
「──『学長』!ギルドの中で一体なにをしているんですかっ!!今すぐに魔法を止めてくださいッ!!」
……すると、ギルド職員に呼ばれた後、急いでやってきたであろうギルドマスターのその言葉を耳にして……私は内心で深いため息を吐いたのだった──。
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