第596話 歩調。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『何の為にそれをするのだろうか』と思う行為は無いだろうか。
不必要だと思っているのに。または、それをする事が不本意なのに。
『それをしなければいけない何らかの理由がある』から、悶々としながらもやらざるを得ない状況になっている行為が……。
「…………」
内緒の話ではあるが……。
私の場合、友から言われた『人との繋がり』がまさにそれであった。
友二人は私が『孤独になる事』を案じて、そう言ってくれたのだろうが……私の傍には常に精霊達も居るし、『大樹の森』の中にはエアや双子達、バウや白い兎さん達までいる。
だから、『孤独になる』事の心配なんてもう要らないのでは?と思ってしまっているのだ。
そりゃ、一時期はエアの角が折れた事もあり、別れの予感もあった。
だが、それも双子達のおかげで解消した今となってはその心配は既に杞憂とも言えるのである。
……だからまあ、いずれまたそんな日が来るかもしれないし、ここで油断をしていい訳でもないとは思うのだが──『人との繋がり』を意識して、色々な者達と関わり合っていくことが本当に今の私に必要な事なのかと、依頼を受けている間に少しだけ考えてしまっていたのだ……。
「…………」
一般的な依頼をこなしながら、冒険者として困っている誰かを助け、その誰かを笑顔にしていく行為──それ自体はとても素敵な事だと思えるが、私に『必要か、必要じゃないか』を考えると、どうしても心の中の天秤は片側に傾いたまま動かなかった。
無論、先も話した通り、この依頼が『楽しくない』訳ではない。
寧ろ、私達は全力で楽しめている。
……ただ、私個人が『エア達と言う大事な存在さえいればいい』と……そんな風に想ってしまい。
その『心』が変わる事はまだ無かったのだ。
だが、それでも友の考えでは『そのままではダメだ』と思ったからこそ、私にそんな言葉を残してくれた訳で……。
だから、現状では少し納得がいっていない部分はあるけれども、その内『何か』が見つかるかもしれないと思い、私は今日も雪を溶かし道を整え、傷ついた家々の修繕を行なっているのであった。
「…………」
……正直、そんな小難しい事など考えずに、冒険者として依頼に集中すればいいとも思うのだが──ここ暫くの『心』についての色々があってから、私はこういう事を考える時間が増えてしまったようにも思う。
これは、果たして『成長』と言えるのだろうか。
それとも、単純に『衰え』てしまっただけなのだろうか。
……自分でもそれがよく分からないのだ。
ただまあ、『人をほぼ辞めた後』の方が、『人』についてあれこれ悩む事が多くなると言うのは思いもしなかったし、それはなんとも皮肉な話であった。
──日が昇り、私は今日も、寝る事も食べる事も無くなった身体で、街を歩いていく。
最近は、記憶も少し、曖昧だ……。
だが、食糧不足に陥らない様にと依頼を受けて周辺の土壌の改良と作物の強化などをちょっとだけ施し……。
精霊達の手を少しだけ借りながら、精霊達の身を削っていく者達の食料を作っていくのであった……。
「…………」
……いや、きっとそんな『精霊達』と『人』との関係性が念頭にあるからこそ、私は友の言う『人との繋がり』にこんなにも無意識的な忌避感を抱いてしまっているのかもしれない。
──だがまあ、それは分かっていても、もうどうしようもない部分でもあった。
そもそも、見えない相手に対して『人』が出来る事はとても少ない。
ただ、『人』の全てに精霊達の存在を認知させ、認識させるのは大変に難しい事だ。
どんな『まやかし』を使おうとも上手くはいかず、『差異』という壁は絶えず両者を隔て続ける。
自ら気づこうとする者以外に、それに気付けと言うのは土台無理な話で、本当に徒労の極みでもあった。
ならば最初から互いに干渉し合わずに、傷つけない距離感で居た方が幸せなのでは?と、そう考えてしまうのも自然な流れだと思うのである。
……だからまだ、私のこの『天秤』を動かす『何か』は、見つける事が叶わないのだ──。
「…………」
──ただ、そうした考え事をしながらも、いつもの様に依頼を受けていた私の方へと、とある『お楽しみの時間』がふと急にやって来たのであった。
『ラ~ラ~』
『ンフフ~』
『ア~~ァ』
……と言うのもそれは、依頼を受けて上機嫌なままハミングをするエアと双子達の『歌声』だったのである。
これもまた『エアの追憶』の影響と言ってしまっていいのかは分からないのだが……普通に冒険者活動を楽しんでいる三人は『上機嫌な時、誰かが無意識的に歌い出すと、残り二人もそれに合わせる』と言う行為にハマっているのか──最近ではこういう事がちょくちょく起こるのだ。
それに、あくまでも大きな声で盛大に歌っているわけではなく。ちょっとだけ口ずさむ様な小さな音色が響くだけなので、誰にも迷惑は掛かっていないのである。
寧ろ、運よく耳に出来た街の者達は思わず『うっとり』としながら聴き入っている様子であった。
三人共に声が高く、透き通るような響きで、『精霊の歌』を綺麗に奏でている。
その『喜びの歌』に、『ピョコピョコっ』と街中に居る綿毛の精霊達も顔を覗かせていた。
普段は『力』の損耗を避ける為に、街中の彼らはジッとしている事も多いのだが、この時だけは『ふわふわ、ゆらゆら』と身体を揺らして一緒に楽しんでいるのが分かるのである。
勿論、楽しんでいるのは綿毛達だけではなく、ほぼほぼいつも私達と一緒にいる四精霊達も同様で……この時間には彼らも私と一緒になって聴き入って──
「…………」
──いる筈なのだが……どうやら、この日はいつもと少しだけ違ったのだった。
と言うのも、背後へと目を向けると四精霊は珍しくまた凄い神妙な顔をしており、私の事をただただ『ジッ』と見つめていたのである。
……だが、彼らがそんな表情をしている時には『絶対に何かがある』と知っている私は、直ぐに問いかけたのだった。
『いったい何があったのだ?』と──。
『──旦那……』
──すると彼らは、その重い口を何とか開き、苦し気な表情を堪えながらもなんとか伝えてくれたのであった。
『今、この街で、精霊を材料に、実験が始まろうとしている』と……。
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