第593話 身言。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
吹雪の大陸は年中雪に包まれた寒い土地だ。
だから、『人』が暮らしていくには互いに身を寄せ合い、火を蓄える以外に方法が無かった。
資源に乏しく、食糧も少ない。
その土地に生きる動物達はその土地に負けない強靭な存在ばかりで、『人』はその環境においては弱者に位置していた。
『生きていく』という事の難しさをここほど実感する場所もそうはないだろう。
「…………」
……だが、そんな雪と氷に包まれた場所を一人の魔法使いが変えた。
今もとある学園の『学長』をしていると思われるその『耳長族』の女性は、街を『巨大な魔法陣』で包んで『人』が暮らしやすい場所へと変えたのである。
そして、彼女が作ったその場所には段々と人が集まる様になり、大きな街へとなった。
その街の中では植物も良く育ち、唯一ある大きな魔法学園では日夜魔法技術の研鑽や研究が行われている。
そこで培われた魔法技術や研究を礎にし、この街は日々豊かになっていると言えるだろう。
確か、(私には効かなかったが)『まじっくじゃまー?』『まじっくきゃんせらー?』とか言う、魔法の効果を打ち消す魔法道具を作り出したのもここだった筈……。
そんな技術力は、他の大陸では中々見られないここ独自の強みであると私は思った。
……因みに、その魔法学園の地下にあたる場所には『第四の大樹の森』があり、そこから涌き出る温泉は精霊達も集う憩いの場所となっているのである。
「…………」
……ただ、私が知るその街の様子はこの十年以上でまた姿を変えていた様で、単純に以前よりも遥かに街の大きさが広がっていたのであった。
そして、私とエアと双子達は今、四人揃ってその広がった方の街である『新市街』と呼ばれる地区へと訪れており、そこの冒険者ギルドで新たなる一歩を踏み出そうとしていたのである。
正直、冒険者活動をするだけならば他の大陸に移った方が環境が良い事は確かなのだけれども……その、前回の『狂戦士と聖女』の件で『かの国』に赴いた際に、エアの事ばかりが頭にあってその国と『約束』も結ばずに帰ってしまった為、私と言う『危険な存在がいる』という情報が向こうの大陸で広まってしまったので、少々面倒な事になっているのである。
──だからまあ、百年程はほとぼりが冷めるまでは余所でゆっくりして居ればその内面倒事も治まるだろうと思い……こうして今回の『冒険者活動の出発点』はこの街を選んだと言う訳だった。
エアや双子達には迷惑をかける事になるが、『人との繋がり』を感じる上でも何かと色々な困りごとや資源不足が問題となっているこの場所であれば、必然として『人』と関わる事も多いだろうというそんな思惑もあったのだ。
「あのぉ……そろそろあちらの的を何か得意の魔法で攻撃してみて頂けませんか?魔力量と簡単な実力調査をしてからではないと、この地では依頼の斡旋が出来ない事になっておりまして──」
「……あ」
──おっと、気づけばこの街のギルド職員が困った表情で私の事を見つめている。
私の後ろでは、エアと双子達も順番待ちをしており、『ジトーっ』とした視線を向けていた。
その顔を見れば『はやくー』っといいたいのが問うまでもなく理解できる。
……すまんすまん。少しだけ考えごとをしていたのだ。許して欲しい。
という訳で、早速私は少しだけ意識を向けると、ギルド職員が言った目標である──『宙に浮かぶ黒いブニブニした水球』へと向かって魔法を使う事にしたのであった。
──シュンッ!
「──へっ!?」
「…………」
──すると、その『宙に浮かぶ黒いブニブニした水球』を一瞬で消失したのである。
昔、私がエアの魔法訓練をする為に水球を浮かべて的にしていた事があったが、それに近しいものなのだろう。……なんとも懐かしく感じるものだ。
「ちょっ、えっ!?うそっ!!なんで、どうしてっ!?きえった??」
「……??」
だが、私が魔法を使って標的を消すと、ギルド職員は零れ落ちそうな程に目を見開いてアタフタとしているのが視えたのである。……どうしたのだろうか?
もしかして、『壊したら駄目なもの』だったのだろうか?凄い困惑しているのである。
でも、それならそうと初めから言っておいて欲しかったのだが……まあでも、そのアタフタとする様子を見ていると恐らくはそんな気がしたので──私はその『宙に浮かぶ黒いブニブニした水球』の代わりになる様な『似たもの』を一つ咄嗟に作り出し、同じ様に浮かべてみたのだった。
──ふにょん。
「──あれッ!!!もどったッ!!そんなことあるっ!?どうしてっ!?!?」
「…………」
……だが、これは。戻したら戻したで更なる混乱を招いてしまったらしい。
「ちょっとロム。ダメでしょ誤魔化しちゃ。……あの人も困ってるよ?」
「…………」
……ふむ。確かにそうなのだ。エアにも怒られてしまったのである。
という訳で、私は『申し訳なさ』をアピールする為、数センチ程『会釈』気味で頭を下げておく事にした。
『……すまない。壊す気など無かったのだ。ごめん』と、言いたい気持ちを体現してみたのである。
『人』との付き合い方を改めて考えていく中で、やはり私は『コミュニケーション能力』というのは必要不可欠であると感じたのだ。
ただ、私の場合『言葉』の方はもう……なんと言うのか、『正直ごめん。』としか言いようがなかった。
数十年意識しても、これだけ改善できてないので、いっそ私も別の方法を探った方が良いと一度開き直ってみる事にしたのである。
──つまりは、そこで私が辿り着いた『答え』と言うのが、『会釈』だったのだ。
……そう。私は気づいた。この魔法に匹敵しかねない『万能の体術』の有効性を……。
こうして『申し訳なく感じた時』に少しだけ頭を下げる事により、それだけで相手に『何となく』気持ちが伝える事ができる秘術を……。
今まで、精霊達の様に『魔力で想いを伝える』事とか、なんとか自分なりの言葉を絞り出そうとした事とかあったが、それらと比べればこれ(『会釈』)のなんと単純で明快で素晴らしい事か──衝撃が全身を突き抜けるかのような発見を得た感覚であった。
──そう。だから時代はつまり、『会釈』なのである。
『コミュニケーション能力』の第一歩は『会釈』から始まると言っても過言ではないと、勝手に私は思い込み実践してみる事にした。
……あとついでだが、エアからも怒られたので先ほど出した『宙に浮かぶ黒ブニ水』の偽物は消しておく事にしたのである。
「──ふぉっ!?またきえっ!!……あ、あのっ、もしかして、あなたがこれをやってるんですか?」
「……ん?」
……えっとー、まあ、そうだな。申し訳ないのである。
なので私は、そう問いかけて来るギルド職員へと向けて少しだけ頭を下げつつも頷きを一つ『コクリ』と返したのだった。
すると──
「──大発見ですっ!!!これは革命的なことですよっ!今すぐに、ギルドマスターを呼んで参りますのですみませんが少々ここでおまちをぉぉぉぉーー……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
──急に、そんな言葉を残してギルド職員は走り去ってしまったのだった。
……なんだろう。この胸騒ぎは。またなんか騒ぎが広がりそうな気がしてならないのだが?
それに、なによりも背後からはエアと双子達の視線が『チクチク』と突き刺さってくる感覚がして痛い私なのであった──。
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