第591話 総角。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
深い眠りへとついたレイオスとティリアは、双子達の魔法によって『新たな身体』へと生まれ変わった。
白くなっていた頭髪もまた流れる様な金の髪へと戻り、友二人は明らかに若返っているのが見て分かる。
「……ここは?」
「…………?」
……ただ、そうして目を覚ました二人は『何も覚えていなかった』のだった。
ここがどこかも……。
自分達が何者なのかも……。
周りに居る私達とはどんな関係なのかもだ……。
目の前に居る双子達に対してさえ『あなた達はだれ?』という言葉を発した二人に……私達の心には深い影が落ちたのだった。
なにより、その言葉を聞いた双子達の表情を見ていると、それだけで酷く胸が痛んだ……。
『……おとうさん……』
『……おかあさん……』
……と、もう届かぬその呼びかけが、言葉に出来ない程に悲しく響く。
「…………」
それに、後々になってから分かった事ではあるが、双子達の魔法はなにも失敗した訳ではなかったのである……。
と言うのも、レイオスとティリアの身体を媒介にして『新しい身体』を生み出す事自体は成功していた。
だがその『新しい身体』には、『生まれ変わる前の記憶を引き継ぐ力』が無かったのである。
──要は、同じ見た目をしていても、それはただ『似通っているだけ』の存在であり、中身は全くの別人になっているのと変わらない程に真っ新な状態だった……。
私はそんな友二人の姿に少しだけ、出会った当初のエアの事が重なって見えたのだ。
……だがいや、流石にそれは気のせいだろうか。
「…………」
……ただ、元々友二人は『大樹の森』の外側から来てくれた存在だ。
その為、実力者であり『大樹の森』という魔力の濃い『魔境』であっても普通に生活する事はできたが、この環境に完全に『適応できている者達』とは若干の差もあったのだろう。
──だから、レイオスとティリアの身体は『大樹の森の素材』として考えるならば埒外であり、当然の様にその身体は『人体生成の素材』としては不適切だったのだ。
……双子達よりも長い時をこの場所で過ごしていても、友二人の身体はどうやら私の『領域』には完全に適してはいなかったらしい。
「…………」
……そして恐らくはその影響によって、『不適切な素材』を媒介に魔法で作られた事により──『目覚めた二人』は翌日には『力』を失い、また直ぐに深い眠りにつく事になってしまったのだった。
それも、その髪はまた透き通る程に真っ白になり、体躯は枯れたように萎れて、その後はもう二度と起き上がって来る事は無かったのだ……。
無論、その時はまだ何も分からなかった私達は──
『友二人が記憶を失ってても、今はまだ目覚めて直ぐだから記憶が思い出せていないだけかもしれない……』と。
『いずれは思い出すかもしれないし……それこそ明日になればもう思い出していて、いつのもレイオスとティリアに戻っているいるかもしれない』と。
──そんな『淡い希望』を抱いていた矢先の事であった。
……だから、翌朝に、枯れてしまった両親の姿を見た時……双子達は唖然としていた。
そして、『その意味』を理解すると、号泣してしまったのである。
「…………」
……あと、これもまた後々に分かった事だが、『素材』は私が生み出したものか『大樹の森』に『適応したもの』でないと『人体生成』の効果が安定せずに魔力が抜け落ちてしまうらしい。
そして、一度使った『素材』はもう、二度目は使えない事も分かったのである……。
『──なんでッ!!』
『──戻って来てッ!!!』
だから、双子達が号泣しながらも諦めきれず、両親を求め、幾度もレイオスとティリアの身体を媒介にして『人体生成』の魔法を使おうとしたのだが──その結果は先の通り、二人はもう二度と目を覚ます事は無かったのだった。
……そうして、最終的には何度失敗しても魔法を繰り返し続ける双子達を──泣きながらも諦めきれずにいたレティエとレティロを──私は抱き締めて止める以外になかったのだ。
『……もしかしたら、こんな風な事になるかもしれない』と予想していた友の頼みに副い──私は子供達に手を貸し、声をかけて、少しだけ叱ろうともした……。
「…………」
……だが、結局はまた私は上手い言葉が出て来なかった。
それどころか、内心では双子達と気持ちは一緒だ。
『何度もやれば上手くいくのでは?』と思いたい気持ちは痛い程に理解出来た。
上手くいかなかった事が心から残念でならない。
『成功してくれたら良かったのに』と、そう願わずにはいられなかった。
……だが、それでもいつまでもこのままでは居られないと、引き時は必要だと思い、足りない言葉の代わりに私は後ろから二人を抱き締め、魔法を使わないようにと助言をする事位しか出来なかったのだ。
当然、双子達としてはまだ諦めるつもりはなかった為に、私の腕の中で二人は振り払うように暴れに暴れていた。
『──邪魔をしないでっ』と。
『──父さん達を助けたいだけなんだっ』と。
……そんな風に泣き叫ばれもした。
「…………」
だが、私が『……もう二人を、ちゃんと眠らせてあげて欲しい』と頼むと、そこで双子は動きを止めて……。
それから静かに両親の顔を再び見つめ直すと、その後に膝を落として滂沱の涙で地面を濡らしたのだった……。
そして双子達が沢山の涙を流した後、私は双子を誘って一緒にレイオスとティリアが最後に眠りについた場所へ──『第五の大樹』の傍へと二人の墓を作ったのだ。
元は故郷の『里』があったその場所に、二人も帰したのである……。
「…………」
友二人が眠りについた墓を見つめながら『どうしてこう……ままならぬものなのだろうか』と、私は密かに心の中で愚痴をこぼした。……エアが未だ角を失っていた事もあって、友二人が去ってしまった事は尚更に辛く感じたのだ。
それに、『少し前まではあんなにも楽しい事ばかりだったのに……』と、逆に楽しかった時の事も急に頭に浮かんできたりして……自分の『心』が曖昧でよく分からなくなってもいた。
いつの間に、どうしてこうなってしまったのだろうかと……。
都合よく、皆が笑顔でのんびりと過ごしていくだけでは済まないものなのかと……。
まるで『何かに試されている』様な、そんな錯覚がまたも私の『心』を揺らしている様だった……。
「…………」
……ただ、暫く友二人の墓へと向かって内心で色々と話しているうちに、段々と気分は落ち着き──『生前にもっと伝えておけば良かったな』と思う事もいっぱい出て来て、それを後悔をしながら、伝えきれなかったそんな言葉達を今更になって友二人へと向けて沢山語っていたように思う……。
実際、ほぼ呆然としていた部分があった為に、その時の内容はあまり覚えていないが……。
それでも語ろうと思えばいつまでも語り続けられそうだった……。
『ロム……』
『ロム……』
……だが、そうしていると途中でまた友二人の声が聴こえた気がして──私はハッとしたのだ。
そして、自分の事よりも先ず、私以上に悲しみに沈んでいるであろう双子達の事を思い出し、『二人を支えなければ』と気づいてそちらへと顔を向けたのだった。
──ただ、そうすると……。
「……レティロ、エアお姉ちゃんは絶対に助けよう……」
「うん、もうぜったいに失敗はしない。父さん達の分まで……」
……と、既に私が気づいた前にはもう、双子達は溢れる涙を拭いきっており、互いで支え合いながら歩き始めようとしている所であった。
実際、その日を境にして双子達は『助けられなかった両親』の代わりとでも言うかのように『エアの角を復元する』為に全力を尽くしてくれる様になって──その結果はご存知の通り、見事に成功してエアを救ってくれたのである……。
「…………」
……皮肉な話ではあるが、この十年弱でエアと双子達が得た経験値はとても大きかった様に思う。
どちらも『人』として、凄く立派に成長したと私は感じるのだ。
寧ろ、結局最後まで役立たずのままで、アタフタとしていたのは私だけだったのかもしれない……。
この十年弱で、私だけ成果がほぼほぼ零に等しかった。
……それを思うと、まったくポンコツで情けない限りである。
「…………」
『……だが、友よ。こんな私だけれども、どうか任せて欲しい』と、私は心の中で友二人にそう告げたのだった。
君達がゆっくりと眠れるようにする為にも、この『大樹の森』は何があろうとも守り続けるからと。
そして双子の事も、エアの事も、『大樹の森』に住む他の皆の事もちゃんと見守っていきたいと思うと。
……あと、君達が心配してくれた事だから、出来るだけ忘れずに『人との繋がり』も意識していくつもりだと。
だから、今回の事が落ち着いて、エアの元気も戻ったならば、また今後双子達も誘って『冒険者』に戻ろうかとも私は思っているのだ。
……ここ暫くは当然の様に活動もしていなかったけれど、それをまた再開し今度は『ランク』でも上げてみようかと本気で考えていた。
「…………」
……無論、そんな心変わりがあったのはやはり友の言葉がきっかけなっている訳なのだが──私ももう少し自分の事を見つめ直して、これまで意固地になっていた部分を改め、『人』に歩み寄ってみようかと思ったのだ。
そして、私の中で最も『人との繋がり』を感じられたのが冒険者だったから……これ以外にないと思ったのである。
それに、一応『魔力生成』の方ももう少しで終わりの目処がついている為丁度良かった。
だから、エア達と一緒にまたのんびりと色々な場所を自由に巡って冒険を続けていけたらと思う。
……まあ、私達がその気になれば人付き合いも含めて『金石』だって余裕で取れてしまう事を、心配してそうなレイオスとティリアに自慢してやろうと思ったのだ。
『──うん、いいんじゃないか!』
『冒険者って、ほんとロムらしいわね!』
……すると心の中では、友二人のそんな楽し気な幻聴が聴こえた気もした──。
「…………」
『ありがとう、二人共──』。
……ここ暫く、ずっと悲しい出来事が続いてしまったけれども、これから先は良くなる様に、またいっぱい皆が笑える様にと、そんな想いも込めながら──また新たなる一歩を私達は踏み出していくのであった。
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