第59話 整。
悪くはない気分だった。
今まで冒険者生活と言えば血生臭いものばかりであったが、それとは全く無縁である『お裁縫』の仕事は心落ち着くものであった。
エアも初めての仕事に嬉しそうに笑う。こんなことがあったよ。色々な話をしたよ。褒められたよ。そんな些細な報告を全部私にしてくれる。その一つ一つ全てに私は相槌を打ち、時に質問しながら、私達は二人夕方の街の中を宿へと向かって歩き出した。
纏め役の女性からは『住み込みで働いて行かないのですか?』と尋ねられた。どうやら『白石』の新人冒険者を雇い入れる事が多い職場の大体は従業員宿舎的な物を各々持っており、従業員達含めてみんなそこで生活する事が多いらしい。最初はお金が無い者が多く、その為の措置でもあるのだとか。
ただ、今までここに男の冒険者が来た事がなく、私達も既に宿をとっていてしまった為に結局は断る事にした。女性の生活空間に男が混ざる事で余計な波を立たせたくないとの思いもある。
纏め役の女性からは『いや、私達からしたら逆にエアさんさえ良ければみんなでロムさんをシェアしても全然かまわな──』……ちょっとその先は何を言っているのか分からなかったので、とりあえず私は早々お暇してきた。
まあ、色々とあるのだろうが、私にはその気は全くない。
一言だけ説明するとしたら、この街では比較的にそう言う事にオープンな人は多いらしい。
私はその後、エアと話をして、早めにこの街に家を持とうかと相談した。他意はない。
活動拠点として、暫く逗留が必要な時は、冒険者は借家を借りたり、時には家を購入したりする。
そうする事で、結局は毎日宿で生活するよりも結局は安上がりになる場合が多い。見極めが必要ではあるが、今後の為にも早めに選択しておいた方が良いと判断した。
今回は比較的に長期間に渡って時間がかかりそうなので、エアもその方がいいと同意している。……明日、仕事の都合を見て早速探しに行くことにしよう。
「どのような物件をお探しでしょうか?」
という訳で、翌日は仕事を早々に切り上げさせてもらい、私達は不動産を扱う商会へと足を運んだ。
「ねえロム、家って大樹の家みたいに大きい所を買うの?」
エアにとって家とはあそこが一番に浮かぶのだろうが、街中であれほどの物件は早々ないだろう。
外見は大樹に扉が付いただけにしか見えないけれど、その中身はまやかしによって王都にある城よりも広く部屋数も多いのだ。流石にそこまで広いスペースは必要ないだろうと私は思い首を横に振った。
エアと二人で最低限生活できるスペースだけ確保できればいいし、足りなくなればまやかしで大樹と同様に【空間拡張】して己の領域を広げればいいと考えているので、ここでは小さい家を買うつもりだと答えた。
「へえーー。小さい家かーー」
『可愛い家だと良いね』と笑って話すエアに、私はその発想は無かったと思った。家の可愛い可愛くないというのはどこで判断するのだろう。……形か?色か?それとも内装だろうか?もしや外装?
「雰囲気だよっ!」
雰囲気らしい。なるほど。覚えておくことにしよう。
「あのー、それで本日はどのような物件をお探しでしょうか?」
「ああ。すまない。こちらでの意見調整が不十分だったようで待たせてしまった。……えーと、それでだな、雰囲気可愛めで小さめの家はあるだろうか?」
「はぁ……ふんいきかわいめで、ちいさないえ、でございますね」
商人の顔から、そんなものはありませんという雰囲気を感じる。言葉にも覇気が無い。
いや、ないならないで構わない。とりあえず、可愛いは気にせずに小さな家を紹介して貰う事にした。
「こちらが元はとある商家が店舗としていた物件でして、比較的にご要望にそった物件になるかと思われますが、如何でしょうか?」
商人に連れられて来た場所には、一階建ての確かに小さい建物があり、中は部屋数が二つ、一つが通りに面したカウンターがあり商売スペースになっていて、もう一つがそこで売る物を作る為の調理スペースとなっていた。調理スペース……それはつまり元は私の天敵である『お料理』をして販売していた商会だったようだ。
なるほど、だがこれは値段も手頃だし、悪くはないかもしれない。別に私達が商売をするつもりはないのだから、『お料理』スペースがあろうとも大した問題でも無い。『うんっ!可愛いかも!』とエアにとっても悪くない雰囲気であるようだった。私達は視線を交わして合意を得る。
「それではここに決めたいと思う。購入で頼む」
「よろしいので?それはありがとうございます。あっ、ただ一点ご注意いただきたいのですが、ここの商売権は既に商業ギルドに返還されておりますので、商売をしたい場合は一度商業ギルドの方で新規に登録し直す必要が御座います。もしそれを忘れて勝手に商売を始めた場合には多額の違反金を払わなければいけませんので、一応はお気を付けください」
「ああ。商売をするつもりはないのでその心配はない。だが、教えて貰った事には感謝を」
商人は私達が家を購入する事になった途端に素直な笑顔を見せて、追加の情報を教えてくれた。そんな情報を小出しにして伝えてくる所に、私は彼の商人らしさを感じた。
商人とは現金なものであるとは思うが、その判断はとても正しい。情報も金になる。渋れるなら渋るべきだし、いつの世も余計な事は喋らない方が物事は上手くいくと聞く。ペラペラと口の軽い商人ほど、商人としてやっていくのには信用が足りず嫌われるものなのだ。彼くらいが丁度いいのだろうと私は思う。
購入した家は本日から使っても構わないと言う事だったので、私達はそのまま家の中へと入っていき、商人の男は金貨を受け取ると一枚の契約書とこの土地の権利書を置いて帰っていった。
家の中は、数か月人が入っていない様な雰囲気を感じさせる埃の積もり方をしており、私達は一緒に浄化を掛けていく。二部屋しかないので、それもあっという間であったが、仕事場を綺麗にするよりもエアは嬉しそうに励んでいた。
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