第586話 宝玉。
それから凡そ五年から十年程……いや、下手したらもっと時間がかかっていたかもしれないが、『外側の私』はまた一人で『魔力生成』をする旅に戻っていた。
……因みに、気づけばいつの間にか『狂戦士』も『聖女』も消え去っており、その後城の者達と多少のいざこざがあったりはしたのだが、私の歩みを止める事が出来る者は残って居なかった為、無視して歩きで『言祝の森』まで戻ってきてしまったのである。
私はまたその『里』から『魔力生成』をし始め、時に襲撃されたり追いかけられたりを繰り返しながらも大陸を巡りきって、また別の大陸を目指して海を渡っている最中であった……。
「…………」
……そして、その間『内側の私』の方はずっとエアに付き添い続けていたのである。
ただ、私達が思っていたよりも『角が無い』という状態がエアに及ぼす影響は大きかったらしく──エアはよく風邪をひく様になった。
元々の鬼人族の特徴的な服装であったお臍が開いている服も、あれからは体が冷えるからとエアはあまり着なくもなっていた。
周囲に『適応する力』である『天元』がないと、鬼人族とはここまで弱くなれるのかとエア本人も驚くばかりの虚弱さである……。
……だが、そんな辛い状態であってもエアは、出来るだけ『笑顔』であることを心掛けていた。
私を責める事もなく、周りにあたる事もなく、エアは常にエアで居続けたのだ。
『自分らしさ』を忘れない為にも、『大樹の森』で暮らす友二人や双子達にも心配をかけない為にも、エアは虚勢でもいいからと微笑む事を絶やさなかったのである。
そして、少しずつでも元の自分に戻れるように、『諦めず』に時間さえあればまた訓練に没頭する様になっていたのだった……。
「…………」
……しかし、体力的にも魔力的にも今のエアには日常生活を送る以上の余裕など全く無く──訓練は数分もすれば息切れを起こしてしまう様な状態であった。
それも、そこで少しでも無理をすれば直ぐに熱が出て倒れてしまう程の繊細さである。
……すると、『熱が出て寝込めば、訓練した分が無駄になる』と、一度長く寝込んでからは自分の『心』を抑える様になり、エアは『訓練したい欲』を我慢をしながら訓練を続けるようになった。
『今の自分に出来る最善を……』と──ひたすら地道でも、途方もなく感じる遠い道のりであろうとも、一つずつ積み上げ続ける道を選んだのである。
その選択は、長命の種族であるからこそ出来たものかもしれないが、それを体現するだけの精神的な強さをエアが併せ持っていたからこそだと私は思った。
時々、眠っている間だけは涙を零す事はあれど……普段は決して弱音を零すことはなかったのである……。
「…………」
……そして『内側の私』はそんなエアに付き添いながら、『エアの角の復元』に着手し始めていた。
『ダンジョンコアの淀み』に微妙に汚染された状態のまま切り落としてしまった影響なのか、『微妙に黒ずんだ赤色』をしたままの『エアの角』なのだが、これをどうにか『浄化』した後エアの『角』として元に戻せないかと試行錯誤の毎日なのだ。
まあ……現状は未だ『巨大な樹木の魔獣』と化してしまった『喫茶店店主』の現象と同様に、解決策は見つかっていないけれども──私も『私にできる最善』をやるのみであった。当然『諦める気』など皆無である。
──それに、エアを『助けたい』と願う気持ちは既に『大樹の森』の総意となっており、友二人や双子達は勿論の事、精霊達やゴーレムくん軍団も含めて皆で解決策を探す様になっていたのだ。
時間がかかる事になったとしても、必ず全員でまたエアの『無邪気な笑顔』を取り戻そうと……。
「…………」
……だが、それが一年過ぎ、二年過ぎ……五年程が過ぎた頃からか、私の時間感覚は前以上に曖昧になってくるのを感じていた。──まあ、それだけ集中していたせいだと思う。あっという間だ。
ただ、その間もエアは同様に訓練を地道に積み重ねてきた訳なのだが、それだけの年月をかけてエアが手にできたのは……訓練時間が『数分ほど延びる』という事実だけであった。
そして、その頃になると、毎夜エアは泣きながら私に抱き付きつつ、腕の中に顔を埋めながら『挫けそうになる心』を少しずつ吐露するようになったのである……。
……同時に、『力』を得る事、訓練する事、何かを学び、自由に駆け回る事……そのなんと尊い事だろうかと、そのなんと難しい事だろうかと、久々に少しだけ無理をしてしまい熱を出して倒れた後に、瞳を潤ませながらエアはそう呟いたのだった。
「…………」
……だが、そうして沢山泣いてしまったりはしたが、やはり『諦めたくない!』と翌日には微笑みを浮かべるエアを私は立派に思うのだった。
そして、そんなエアの姿に前よりももっとエアの事が愛しくなったのである。
……あの微笑みがまた自然と浮かべられる様にする為にも、私も『より一層頑張らねば!』と強く想えたのだった。
ただ、そうして『自由に生きる』事の難しさを知ったエアは、その頃から少しだけ訓練の内容を見直す様になったのである。
……と言うのも、今までは『諦めない』という強い意志の下、五年以上の時間を費やし『魔法使いのエア』や『剣闘士のエア』に戻る為、魔法の訓練や肉体の訓練を限られた時間の中で地道にしてきた訳なのだが──その日からは『歌うエア』になる為の訓練を急に始めたのであった……。
「……思い出したんだっ。わたしの『初心』はどこにあったのかって──」
ただ、その選択についてはそこまで深く何かを考えた訳ではなかったらしい。
その訓練が『凄く効果的だと思ったから』とか、何か大きな意味があるから始めた訳ではない、とエアは語るのである。
それこそ『身体が上手く動かせないとしても、口は動くから──』と、きっかけはただそれだけだったそうだ。
……そして、魔法が使えなくなってからと言うもの、私との思い出をよく思い返すようにもなったのだとか。
「──だから、折角だしロムとの思い出を『今だからこそ』残しておきたいなって思ったんだ。歌もつけて、お話と一緒に『雷石改』にまとめて残したら、きっといつでも見返せて楽しいと思ったのっ。落ち込んだ時にも見返せば直ぐに元気になれるからっ」
……要は、その方が『楽しそうだから』という理由であった。
『それに、一見無駄だと思える行為にも、もしかしたら何かしらの意味がある……かもしれないよ?』と、そう言って微笑むエアはお気に入りの古かばんを引き寄せると、早速その中から『雷石』を沢山取りだして自分が覚えている限りの『宝物』をその中へと記録し始めるのであった──
「…………」
──そうして、エアの持つお気に入りの古かばん(『被褐懐玉』)には……その日から『追憶』という名の『宝物』が沢山増えていくことになったのである。
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