第585話 同甘。
『角』を失ったエアは、それと同時に『痛み』も薄まったのか、『すぅー』と眠るように気を失ってしまった。
……ただ、『天元』の動きが弱体化し『適応しようとする力』が喪失した事によって『痛み』は無くなったけれども、今度は『高マテリアル(淀み)』とも呼べる『神の恩恵』がエアの身体の中で悪さをしようとし始めたのだ。
だがしかし、『適応しようとする力』がなくなった事で、身体もそれを『悪いもの』だと認識する様になった為、今度は私の『浄化と回復』が確りと効いて、エアの身体から異常な部分を直ぐに消し去る事が出来たのだった。
……要は、『エアの命』は助かったのである。
「…………」
だが、結果的にそこまでしなければ『天元の過剰反応』が止められなかったからとは言え、エアから切り落とした二本の赤い角を見ると、私は途端に泣きたい気持ちになった。
……上手く言葉に出来ないが、言葉に出来ない程に悲しかったのである。
不愛想なこの顔でなければ、みっともなく泣き喚いていたかもしれないと思う程に。
「…………」
──ただ、きっとエアは私以上に悲しむ事になるだろう。
……それを想うだけでも、更に私の胸は痛んだ。
だがこの先、一番傷つくのはエアだから……私はここであまり悲しんでも居られないのである。
私は眠りに落ちたエアを『大樹の森』の中へ──『内側の私』の腕の中へと移すと、『大樹』の家の中へとエアを運んで行った。
私は自分勝手な判断で彼女の大切な『角』を切り落とした……。
そこにどんな理由があろうとも──命を助ける為だとしても──エアからしたらその選択は私の考えを押し付けただけのものなのだ……。
仕方がなかったと理性では分かっていても、奥底にある感情はまた別の話である……。
今のエアは、『魔法の使えない魔法使い』に等しく、『天元の使えない鬼人族』でもあった。
……だからエアはきっと、自身が失ったものの大きさを、これから背負う事になるだろう。
その『才能』が優れていれば優れているほどに、それを失った時の衝撃も大きい筈だ。
……もしかしたら、エアはエアではなくなってしまうかもしれない。
私は、それが少しだけ怖かったのだった──
「…………」
「見てみてロムッ!ほら、ロムに頭グリグリしても『角』が無いから引っ掛からないよっ!バウ達みたいにするのが夢だったんだ。それに寝る時も楽だし、お洋風着る時も簡単っ!ロムが気に入ってくれてるのは知ってたけど、わたし的には無い方が色々と日常生活は楽なんだよっ!うんっ!全然平気っ!」
──だがしかし、それから数日『内側』で眠り続けていたエアは、ある日急に目を覚ましベット傍に私と『エアの角』がある事を目にすると、一瞬でにぱっと微笑んで私に抱き付いて来たのであった。
そしてエアは、今まで『角があったから出来なかった事』と言うのを一つ一つ確かめていったのである。
バウや『白い兎さん』が私に甘えたい時に頭からグリグリしてくるのも、エアは『角』が私に刺さるといけないからと、ほっぺで我慢していたとか。
寝返り打つ時とか、普通に服を着る時、森の中とか木々の間を飛び交う時も、意外と『角』が引っ掛かったりぶつかったり、『イラ』っとする時があったのだとか。
戦いの時も、『対人戦』の時などは特に相手からの頭上攻撃に対して躱す時は『角』の分も余計に注意が必要だったからとか──そんな、『角がなくなったから良かったと思える事』を探しながら話をして笑みを浮かべていた。
「…………」
そして、『狂戦士』との戦いにおいても、『相手の策を卑怯と責める』訳でも、『恨む』訳でも無く、『相手を救いたい』と思いながら戦っていた自分自身の『驕り』があったとして、『反省して次はこうならない様にしよう!』と、自分から言い出したのであった。
だから……私は、そんなエアの事を、気づけばまた強く抱きしめていたのだ。
「──ろむっ!?」
「……すまない」
……驚くエアへと私はそんな言葉しかかけられなかった。
『次は気を付けよう』だなんて、口が裂けようとも口には出来なかった。
「ううん。……ロムは何も悪くない。ロムはいつだって助けてくれた。わたしを守ってくれた。だからねっ?お願い、謝らないで──」
「…………」
「──それに、悪いのはわたしでしょ?……わたしが最初からちゃんと戦っていれば……こんなことにはならなかった……。なのに、わ、わたしは……いつから自分がロムみたいになれてると勘違いしてたのかなぁ。誰かを助けたいだなんて、まだそんな『力』もない癖に、調子に乗っていたんだよね。……一番の馬鹿はわたしだった──」
「…………」
「……でも、また一から、はじめれば、いいでしょ?ぜんぜん、『まりょく』も『てんげんの力』もかんじないけど……また鍛えれば、どうにかなるよね?……わたしはまだ、ロムと一緒に、ぼうけんでき、るよ、ね?──っ」
「…………」
「……あれっ、どうしようっ、なみ、だが止まんないっ、……ぅっぐ、でも、そっかーっ、ろむが、また、とおくなっちゃったねっ……ぇっぐ、どうしよぅ……」
「…………」
……きっと、抱きしめる前からエアの『心』は泣いていたのだろう。
そして、いつしかそれは溢れて、遂にはエアはわんわん泣きだしてしまったのだった。
失ったものがどれだけ大きいのか、目覚めてすぐに悟ったのだろう。
エアは、いつもの様に微笑もうとしながら堪えていた──だが、堪えようとしても遂には私の白いローブに顔と額を押し付けて、失った『力』がそこにはもうない事を意識するかの様に涙を零したのだ。
『角がなくなって良かった』なんて『心』から言う訳もなかった……。
その涙は、『角』があった時との差が大きい分だけ流れ落ちているかのようだ……。
「…………」
当然、エアの涙はずっと続いた。
……一度止まっても、また少しでも思い出し、頭を過ぎる瞬間に勝手に出て来てしまうのである。
エア本人にも、もうどうしようもない程だった。
……それ程までに、エアは心の底から『後悔』していたのである。
三十年以上研鑽に費やした大事な『力』が──大切で、彼女の誇りで、最早存在の『幹』と言っても過言ではなかったものが──目が覚めた時には消えてしまっていたのだから。
今でも『感覚』ではそこにある筈なのに、あった気がするのに……それがもうないのである。
その喪失感が、『心の隙間』が、ひたすらにエアは悲しかったのだと思う……。
「…………」
『……わたしはもう……魔法使いじゃないんだ……』と、終いにはそんな呟きすらも零すエアに、私はひたすら寄添い続ける事しかできなかったのだ──。
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