第581話 適。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
「…………」
私は『狂戦士』と言うその呼び名の響きに、彼の『生き様』を感じながら戦いの行方を粛々と見つめていた。
……同時に、この国の者達が彼を『狂戦士』と呼んでいた事にもようやく理解が追いついたのだ。
と言うのも、あれはなにも『蔑み』の感情ばかりで放たれた言葉ではなかったのだと……。
言わば、手に届かぬものを持つ者に対する『憧れ』に近しい感情も恐らくは含まれていたのだろうと……。
要は、素直に彼の『力』と『生き様』を認めたくない者達や、他に言い表す言葉が見当たらなかった者達がその名を呼んだだけの話であり──それは内心で、彼と言う『英雄』の『強さ』を誰もが認めていたからこそ出てきた言葉なのだと。
『弱くて見向きもされない相手』ならば、そんな名がつく筈がないのだ。
「…………」
……考えてみれば、どこの世界に自分達の国が化け物から襲撃を受けている様な状況の中で、その対応を『独りの戦士』へと任せようと判断できるのか。
そんなの、彼に『信頼』が無ければ到底不可能な話なのである。
『信頼無き者』に、その様な大役を任せられる筈などない……。
彼の境遇や言葉、それから『聖女』の状態なども視て──勝手に変な色眼鏡で見てしまっていたのは私達の方だったのだ。
「──うぐっ!!があッ!!」
『狂戦士』の攻撃を受ける度、エアの軽い身体はいとも簡単に部屋の壁へと吹き飛ばされてしまっていた。
そして、追撃として凄まじい速さで襲い掛かってくる彼の攻撃をなんとか紙一重で躱しながらエアは逃げ続けている状況である。
逃げながらもエアは魔法による攻撃を何度も試している様だが、案の定と言うのか──彼の思惑通り室内だとそこまで高い威力の魔法も使えずに困っている様だ。
それも、室内で使える範囲の魔法の威力では『狂戦士』の『肉体強度』を超えられないらしい。
……いや、本来ならば魔法の使い方さえ工夫すればその威力でも十分に狙い所によって彼を無効化する事は可能なのだろうが、それをさせる隙を『狂戦士』はエアに与えてくれなかった。
『狂戦士』の追い足はそれほどまでに速く、その一撃一撃は恐ろしい程に重い。
……かつて、エアと共に一日中走りぬいたその脚力は確りと相応に強化されており、その瞳はエアの隙を絶対に見逃さないと強く睨みつけ続けている。
二人の戦いの流れは最初からずっと『狂戦士』の思い描く通りであった。
そうして『狂戦士』はエアをひたすらに追いかけ続け、殴り蹴りで吹き飛ばし、魔法を弾いては逃げるエアを攻撃し続けている。
……この広くはない部屋の中で、二人はひたすらに円を描く様に戦い続けていた。
「…………」
「──クソッ!!」
「……はぁ……はぁ……ふぅ……」
──だがしかし、そうして何度も何度も壁際まで追い詰めておきながらも、『狂戦士』はあと一歩が届かず、どうしても最後の止めだけがエアへと当たらずにいた。
……いや、ある意味でそれは、『それだけは何としても避けられる様に』と、エアが巧みに防いでいるからだとも言える。
ただ、もっと言うならば、それこそがエアと『狂戦士』との本来の『自力の差』が出ているとも言えるだろう。
……と言うのもエアは、『狂戦士』の速度が幾ら速いとは言えどもその速度での戦いに決してついていけてない訳ではなかったからである。
寧ろ、広々とした戦場であれば、エアは普段から『狂戦士』以上の速度で戦う事が出来るだろう。
よって、この室内と言う限定された空間での戦闘に慣れておらず、その経験の薄さから『狂戦士』に押されている状況な訳だが、元々の『力の差』が完全に埋まった訳ではないと言う話であった。
そして、薄々『狂戦士』もそれに気づいたのか……その表情には段々と焦りが募っていく様子にも視えたのである。
「…………」
……すると、彼のその焦りは確かな結果として段々と現れ始め、エアは呼吸も整えだし『狂戦士』の攻撃を少しずつ受け流したり、弾く様になっていった。
それは誰の目にも『狂戦士』の攻撃がエアへと通じ難くなっているのが分かる光景である。
……実際、そうして悪態をつきたくなる『狂戦士』の心情に、私は同感すらした。
──だがしかし、彼自身ももう理解している所だろう。
己が少しずつエアへと『攻略されかかっている事』を……。
もっと言うのであらば、『その力に適応されてしまっている事』を……。
「…………」
……そう。それこそが『鬼人族』という種族であるエアに元々備わる素晴らしき『才能の一つ』であり──『天元』という『力』の真の恐ろしさなのである。
そして、私が知る限りにおいて……エア程その『力』に愛された者はいない──。
またのお越しをお待ちしております。




