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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第58話 位。



「みなさん。かねてから問題となっていた人数不足に対処するためにギルドに依頼を出していたのですが、本日から二人の『白石』の新人さん達に来ていただける事になりました。ロムさんとエアさんです。よろしくお願いしますね」



「よろしく頼む」


「よろしくおねがいしますっ!」



 私達は翌日から、お針子さん達が集う仕事場の一つを斡旋してもらい、そこで働くことになった。

 因みに、『白石』とは冒険者のランクの一番下の事らしい。


 まあそんなわけで、いきなり仕事を任せられる様な事もなく、本日は彼女たちの身の回りや仕事周りの手伝いに終始するらしい。

 この仕事で高評価を貰うというのは、それこそ服を繕う仕事を任せて貰えるようになってからようやくと言う事らしいので、暫くは先の話となり、のんびりとした日々が続く事になるだろう。



「ロム、楽しみだねっ!」



 だが、それでもエアが楽しそうなので私も嬉しく思う。

 さあ冒険者としての全力を尽くそうじゃないか。キラーン(既に装着済みのモノクル)。



「──これはいったい、貴方達にはこの部屋の掃除をお願いしていた筈ですが……」



 お針子さん達の纏め役の女性が、私とエアを驚いた顔で見ている。



 私達の最初の仕事はお針子さん達の控室の片づけであったのだが、それは開始して五分程で終わってしまった。


 当然、直ぐに終了を告げたら、纏め役の女性は眉を吊り上げて反論してくる。

 『手を抜いた仕事をしていては、良い評価は与えられませんよ』とか、『新人の間は出来る事が少ない分、与えられた仕事にはどれも真剣に取り組まなければいけませんよ』とか、色々と訓示を与えてくれたのだが、実際に部屋を見てもらった瞬間に、彼女はそう言って固まってしまった。



 仕事道具に作りかけの服、その他生活用品に、個々の私物。長年この部屋を使用していることが分かる程、部屋の中は経年劣化による変色や目の届きにくい所の埃など、普通に掃除をしようと思うと中々に手強い相手であることが分かる。

 だが、そんなこの部屋にある物は一旦全部【空間魔法】で収納してしまって、部屋全体をエアに浄化して貰い、私は収納したものを全て浄化し、繕いが必要な物は全部裁縫技術を用いて修復した後、全部を元へと戻した。


 まるで何もかもが時間を巻き戻したかのように新品同然となってしまった部屋の中のその光景に、纏め役の女性は口をあんぐりと開けてしまっている。さもありなん。



「それで?キラーン(心なしかいつもより強く光るモノクル)」


「次はなにをすればいいですかっ?キラーン(欲しがったので予備のモノクルをエアに渡した)」



 その時の私達は、纏め役の女性に対して、さぞ良い顔でドヤっとしていたに違いない。



 ……纏め役の女性がその後しばらくして正気に戻ると、私とエアは引っ張りだこになって各部屋の掃除をお願いされた。まあそれもまた同じようにやるだけなので、結局は直ぐに終わってしまう。


 すると今度は、私達の掃除風景を一緒に見ていた事で私達が魔法を使える事と、私の冒険者流裁縫術に唖然として凝視していた纏め役の女性は、彼女たちが今やっている仕事を一緒に手伝って欲しいと言ってきたのであった。


 普通は一日でそこまで仕事を振る事はないらしいのだが、女性が私へと向かって『見た所、かなりの腕前とお見受けしました。ぜひとも私どもにご教授していただけませんでしょうか?』と言って来たのである。


 当然、私のは長く冒険者としてやってきただけの我流の技でしかないので、その頼みを断った。

 私の技術は良くも悪くも人に教えられるものではなく、手取足取り教えるつもりもない。

 そもそも技術というのはどの分野においても、軽々と教えていいような物ではなく、せめて見て盗むものであったり、だいたいが独自に試行錯誤して鍛えていくものであるべきなのである。


 もちろん、私は彼女達の技術が低いとも思わなかった。

 彼女たちがこれまで培ってきた技術はこの街で大切にしていくべき大事な宝であり、誇りでもある。

 私の技術が多少珍しく特別なものに見えたとしても、そこに異物を入れるべきではないと思うのだ。

 ただ、その新たな技術を取り入れようと考えた柔軟な発想と、私の技術に目を付けた観察力は素晴らしいと素直には思う。そして、彼女達ならこれからも──



「──それであの、これでいいんでしょうか?」


「ん?ああ、どれどれ。見せて見なさい。……ふむ、良く出来ている。冒険者の鎧下みたいなものは、激しい運動で直ぐに破れてしまう。ただ、破れる部分と言うのはだいたい決まっているので、少し縫製の仕方を変えてやるだけでも、かなり丈夫に長く使い続けていけるようになるだろう。覚えておくと良い」


「はいっ。ありがとうございます!」


「良い。こればかりは冒険者でないと中々分からない悩み事だったりする。私の経験が皆の糧になるならば、私も嬉しい」



 ……あれ?いつの間にか、私は気づいたらフルオープンで技術の開示をしていた。

 というのも、纏め役の女性が冒険者から受けた仕事について、悩んでいることがあると相談してきたからである。


 私の繕いの技術を一目見ただけで、彼女は私が冒険者用に特化して長年裁縫をやってきた事を見抜いたらしく『いや、それだけの腕前があれば流石に誰でもわかりますけど……』とは言っていたが、中々に抜け目ない女性であった。


 流石に私もそこまで見抜かれてはと、冒険者流裁縫術を最大限に活用できる分野の頼みとくれば尚更、冒険者達の為にもなるし多少のアドバイスくらいはと、ついつい教えてしまったのである。……まあ、元々隠す気は本当に無かったので問題もなかった。



「あ、あの、ここはどうやってやったら?」


「ん、そこか。どれ、貸して見なさい」


「あっ。はい。お願いします」



 手取足取りとまではいかないが、ほぼ手と手が触れる距離であり、私が今指導している女性も顔を赤らめて緊張しながら話を聞いている。女性ばかりの職場にいきなり男がくればそうもなろう。

 ただ、最初私達がここに来た時の彼女たちの視線は冷たかった。



 冒険者でも新人を表す『白石』──ギルドで登録した際に渡された一品で、自分のランクを示す銀板のネックレスとその中心に嵌まった丸くて白い石──を見せた時は、お針子さん達の反応は正直いってお世辞にも良くはなく、皆『お荷物が来たか』くらいの表情だったのだが、纏め役の女性から話をきいて情報が広まった途端に、彼女たちの手のひらが一気にクルっとひっくり返って一瞬で好反応へと変わったのである。……まあ、あるあるだ。



 そうして、私は冒険者達の装備品の繕い等を主にしている者達へと指導を兼ねたアドバイスをしていき、エアは比較的超ベテラン勢の女性たちの身の回りのフォローを熟していった。


 密かに隠し持った各種素材、素材毎の糸等の品揃えは、比較的まだ技術的に未熟で若いお針子さん達の興味を引くものだったらしく、彼女達は楽しそうに教わりながら一生懸命に裁縫をしている。


 一方、エアの方も超ベテラン勢のお姉様方(上限はない。いくつになってもお姉様)に、いつの間にか診察込みで手首や腰に【回復魔法】を施していた。



「あら、ほんとに痛くない。ありがとうねエアちゃん」


「もう無理しちゃダメだからね。適度に休憩して。あっ、そっちのお婆ちゃんは腰でしょ!ずっと座りっぱなしだと痛めちゃうから、みんな痛くなる前に姿勢を変えたりして気を付けてね。痛い時はしっかり言わなきゃダメだよ?」


「あ~良い気持ちだ。ありがとうね~エアちゃん」



 お姉様方からエアはすっかりと可愛がられている様子で、どこから出すのかお姉様方のおやつでエアも餌付けされながら楽しそうに仕事をしている。



 ……こうして私とエアの最初のお仕事は不思議な立ち位置のまま、楽しく初日を終えたのであった。



またのお越しをお待ちしております。

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