第578話 単簡。
『──どうしようもない』と分かっていても、時にはやらなければいけない事がある。
そして、『どうして、こうなっちまったんだろうなぁ──』と、そう呟いた『傭兵』もまた悲しげな表情を浮かべながらも、静かに私達に対して戦う構えをとったのだった……。
「──っ!?」
対して、当然の様にエアはそんな彼のいきなりな行動に驚きの表情を浮かべている。
……ただ、そんな状況でも身体の方はちゃんと反応しており、いつ戦いが始まってもいい様にと自然と雰囲気は移り変わっているのが私にまで伝わって来たのだった。
それは、言うなれば魔法使いとしての『圧』とでも言うのか『魔力の高まり』とでも言えるのだろうか……感情の高まりにも比例してか、緊張と共に段々とエアの額にある二本の美しい赤い角も『ギラギラ』と輝きを増しているのが見て取れる。
──ただ、エアの『心』はそれを否定したいのか……『傭兵』に対して驚きと怒りが入り混じった複雑な表情を向けてはいるが、彼に対して声をかけ始めるのだった。
……いつでも戦闘を行える状態にはなっているけれど、エアの冷静な部分は『傭兵を攻撃したくはない』と訴えかけているのだろう。
そして、それは『傭兵』においても思う所は近しいのか……彼もまた戦う構えを取ったまま、エアの問いかけにちゃんと受け答えている。
……両者共に、『戦う結末』が避けようのないものである事を理解しているのに、少しでもその時間が訪れるのを引き延ばそうとしている様に、私には視えたのだ。
「──いったいどういう事なのっ!?本当に敵になったのっ?」
「……ああ、そうだ。俺達は少し前から嬢ちゃん達の敵になった」
「だから、なんでっ!」
「……はぁ、教えたくねえが、そうもいかねえか──これまた馬鹿な話だからな。言い難いが『力』を得ようとして無理をした結果だ。そこで俺達は触れちゃいけねえものに触れ、見ちゃいけねえものを見てしまった。……そんでその先で、結んではいけない約束をしてしまった訳だ。──まあ、言える事はそれぐらいだな。でも、まさかその結果がこんな下らない結末になるだなんて、俺達は全く知らなかったんだよ。それだけは嘘じゃねえ……『敵』ってのが嬢ちゃん達だなんて全く聞かされてなかったんだ……」
「……それならっ、戦わなければいいよっ!ここにはわたしもロムも居る!あなた達がどんな状態だって、今からでもきっとわたし達がなんとかしてあげるからっ」
「いや、もう遅え──契約ってのをしちまったんだ。……それも重い奴で、そいつはいつ発動してもおかしくない状態になっていやがる。……既にあいつ(『聖女』)が薄れかけているのも、その証なんだよ」
「…………」
「──そりゃ、できる事なら俺達だって恩人であるあんた達とは戦いたくなんてねえ。……だが、俺がここでやらなきゃ、あいつが独りで『向こう』に行っちまうんだ。……そう言う約束になってんだよ。要は人質だな……」
「ならっ!そんな約束ごとわたし達が──」
「──だから、無理なんだって。そもそも、最初からあんた達を警戒していたのか、何かしら『干渉』された時点で発動する仕掛けになっているらしい。……それに俺達が『向こう』に反旗を翻すと意識しただけでも発動するんだとよ──だから、『最初の浅い企み』が上手くいかなかった時点で、俺達はここで戦うしかなかったのさ。……それに、嬢ちゃん達もまさか『敵』と分かっている俺達を自分達の『領域』に招く趣味は無いだろう?」
「…………」
……ああ、確かに嫌だ。流石にそれは私の方がお断りである。
そもそも、あの場所は基本的に『精霊達を守る為の場所』であり、それを傷つける可能性がある存在や、それに繋がりかねない枝先は切り払う以外にない。
当然それは『ほぼ人であることを辞めて』まで『大切な者達を守る』と決めた──私と言う『領域』の矜持に関わる話であるからだ。
……まあ、早い話が危険物は持ち込ませないし、『傭兵達』と『精霊達』の安全ならばどちらを取るのかなど言うまでもない話であった。
正直、彼らからしたら『酷い話』になってしまうのだろうが……私からすると既に彼らはそこまでの価値を見出せないのである。
『敵になった』と察した瞬間から、私の『心』は既に彼らを『排除』する方向へと傾いてすらいた。
勿論、エアがそれを望まずにいる事を理解している為に、私から先に手を出す事は無いけれども、敢えて無理して彼らを迎え入れるつもりも当然なかったのである……。
「…………」
……ただ、当然の様にそれはエアも理解していたのか──エアは私にそれを願ってくる事はなかったのだった。
『領域』を調整する為、私がどれだけ苦労を重ねてきたのかも、傍で見て来たエアは十分に知っているからだろうか……。
──内心、それがエアの選択で、本心からの願いであったならば、それを叶える為に何かしらの策を無理矢理にでも講じていたかもしれないとは思うのだが……現状、それは必要ではないらしい。
それに『ここは自分が何とかする』という強い意思をもっているからなのか、エアは最後まで自分で『対処する』つもりである様だ……。
『私と傭兵達』を天秤に乗せ、『私』を取りはするが──それでも尚、まだ何かしらの救う手立てがあるのではないかと苦悩するエアは本当に優しい『人』だと私は思った……。
「……このまま、こうして膠着状態で居る事もダメかなっ?時間があれば、まだ何かしらの対策が思い浮かぶ可能性だって──」
「……嬢ちゃん」
「それに、わたし達が本気で戦えば傷だってつくし、下手したら命にだってかかわるっ!そうなれば彼女を悲しませる事にもなるんだよ──」
「……嬢ちゃん、嬢ちゃん」
「──わたしは諦めたくないっ!可能性があるなら、それを探りたいっ!解決策はきっとまだどこかにある筈なんだっ!」
「……嬢ちゃんっ。解決策ならもうあるだろうが。一番分かり易いのが、目の前に……」
「…………」
「……俺達が戦えばいい。戦って俺達があんた達を倒せば、俺はあいつを連れていかれずに済む。まだまだ共に居られる──」
「……ぐッ……」
「それが一番分かり易くて、一番いい。……何も考えずにただ戦いに集中すればいいんだ。それに、俺だって勝算があるからこそ、こんな事を言っているんだぜ?──嬢ちゃんは初めから俺に勝つつもりでいるかもしれねえが、そうはいかねえ。何しろ俺には『秘密兵器』だってがあるんだからな……」
「…………」
──そうして、ただ一つの『分かり易い解決策』の為に、エアと『傭兵』は戦いの瞬間は段々と迫って来た。
それに、『傭兵』はエアに『勝つ秘策』がある事を告げると、懐から徐に何か『小さいもの』を一つだけ取りだし、私達の方へと向けて自慢げに掲げながら見せびらかしてきたのである……。
「…………」
──すると、それは小さな豆くらいの大きさしかなかったのだが……よく視てみれば、どこかで見た覚えのある不思議な『赤い石の欠片』だったのである……。
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