第576話 綺語。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
向こうの話し合いは終わったのか、エアは意気揚々と一人で部屋へと入って来た。
そして、エアは私達の方へと顔を向けると『ニコリ』と微笑み──
「ロムっ!みんなを『大樹の森』に連れて行っちゃおうよっ!」
──と、言い出したのである。
それは、私が『傭兵』に『聖女の異変』の対処法をとして話していた『信仰対象の移譲』よりも、『傭兵達を全員大樹の森へと誘ってしまおう!』という計画の提案であった……。
「…………」
……現状、『聖女』が薄れて消えかけてしまっている状態でもある為、『信仰の対象』を他に作るよりも『聖女』本人から人々の目を遠ざける方が良いだろうと。
そして、これ以上彼女に信仰が集まるのを阻止し、消失を食い止める事が先決だろうという考えたそうだ。
実際、これから『聖女』と同等の『浄化の力』を持つ存在を教育し、その相手に押し付ける事の大変さまでをも考えれば、エアが提案した考えの方が余程に確実性は高い様に私も思えた。
「そうだな。確かに……俺も嬢ちゃんの案の方がいいと思う」
……すると、これには『傭兵』も同意である様だ。
教育にどれだけの時間がかかるか不確かである以上、その間に『聖女』の状態が此処から更に悪化する事も当然予想される為に出来るだけ対処は急いだ方がいいと言う判断だろう。
ならば、先ずは優先的に『聖女の身の安全』を第一に考え、次いで『傭兵団』の安住の地を確保する意味でも、皆を『大樹の森』へと逃がす事はかなり賢い選択であると。
勿論、『国』という形態こそないものの、『人』が生きていくだけならば充分に『大樹の森』は暮らしやすい場所だと私も思う。
それに、『空飛ぶ大陸』の方には私達の故郷を模した『土ハウス』も沢山用意してある為、レイオス達と一緒にそちらに住むのが一番の現実的な解決策ではあるのだ。
人手が入る事によって、あの地が更に発展するならば『人』が住む環境としてはより便利になっていくと言う利点もある。……なのでこれは私達にとっても良き提案だろう。
なので、私が『精霊達の避難所』として『精霊達の別荘』を作ったように、『人の避難所』として『人の別荘』となる様な場所を『第五の大樹の森』に作れば良いと言うエアのその考えはとても理に適っていたのだった──。
「…………」
──それに、一応は『崩壊城』もある訳であるし?見ようによっては城下町にも見えなくはない?
……ちょっと無理があるかな?まあ、気分的にはそこまでの違いはないと私は思う。
人が増えればそれだけ賑やかにもなるだろうし、それだけでも十分に意味があり価値が生まれると私も思ったのだった。
そもそも、『傭兵団』としても他国と比べて過ごし易いからという理由だけでこの国に拘るのならば、別に『大樹の森』でも問題はない筈である。
……と言うか、一度逃げてしまえば私を倒さない限り追われる心配も無い為、その選択肢は十分に有りだと思えた。
──まあ、多少は文明的な部分では大きな街などには劣るかもしれないけれど、食糧的な心配も私達が支える分には全くしなくて済むし、人手があれば『ゴーレムくん軍団』だけでは出来なかった農作業等も捗るかもしれない。
あの場所の活用法としては、その考えはかなり有意義であると思う。
現状、家はあるが人のいないあの場所は、どちらかと言えば少しだけ寂しげでもあった。
……だから、人が増えればそう言う『土地はあるけれども人がいない』みたいな状態も解消されるだろうと。
それに、きっとあそこで普段から警備に勤しんでいる『ゴーレムくん軍団』も喜ぶのではないだろうか……。
そうと言うのも、レイオスの話では『あのゴーレム達は不思議と人と共に在る事を喜ぶんだ』と、彼も感じたらしいので、そう言う面でもきっとこれは良き考えであると思うのである。
……私はそんな機能を付けた覚えは全くないのだが、ゴーレムくん軍団にはきっと『心』があるのだ。
だから、そんな彼らが喜ぶのであれば新たな住人達をそこに招く事は、きっとより良い結果を生んでくれる筈。
よって、それらも踏まえて考えると、これ以外の選択肢はない様に思えるほどにエアのその提案は一番良き考えであり、誰もが納得できる提案であると私も思うのだった。
……まあ、この国の者達からすると『聖女』に逃げられる事は見過ごせないだろうが、そこは一旦横に置いておくとしよう──
「…………」
──ただまあ、敢えて言うならば、逆にそんな『一番良き考え』だったからこそ、私には『酷く怪しく思えてしまった』訳なのだが……。
「……ロム、だめかな?わたし、これが一番いい考えだと思ったんだけど……。結局、この国の人達も普段ロムが言う通りで『権力』とかの事しか頭に無さそうだし、二人を救う事を第一に考えた方が良いと思って──」
「…………」
「──嬢ちゃん!毎回毎回、俺達がピンチの時には助けに来てくれて本当にありがとうな。重ね重ね申し訳ねえ」
「えっ?いやまあ、偶々だからっ。気にしないでよっ!でも、今回も間に合って本当に良かったねっ!」
「……ああ、俺達も本当にギリギリだったからな。危なかったぜ。いつ終わるか本当に分からなかったからな。……でも、それも嬢ちゃん達のおかげでまた何とかなりそうだ。ようやくこの状況からも逃げ出せそうで、正直ホッとするぜ」
「うんっ!『大樹の森』は良い場所だからね。きっと気に入ると思うよっ」
「そうかっ!嬢ちゃんがそう言うなら余程にいい場所なんだろうな……楽しみだ」
「うんうんっ!あの場所が賑やかになるなら、わたし達も嬉しいから──」
「…………」
……うむ、やはりだ。微妙にだが、私は違和感を得てしまっている。これは酷く歪だった。
正直、これはただの勘でしかないのだけれども──上手くいきすぎている気がしてならないのである。
もっと噛み砕いて言うならば『……そういう流れになる様にと操作されかけている』──と、言いたくなる感覚だった。
『──そもそも、どうして彼らはギリギリで堪える事が出来ていたのだろうか』と、そんな疑問も再度頭に浮かび上がる。
『……何度も何度も、毎回危険な場面に救いの手が差し伸べられただけだ』と?
──馬鹿な。それこそ、そんな『都合のいい奇跡』などは仕組まれた物語の中の『都合の良い話』の中でしかあり得ないと私は思ってしまうのだ。
……寧ろ、私はこれまでに何度も何度も、その救いの手が間に合わなかった事の方が多かった立場であった。
だから、そんな『現実』をよく見て経験してきた私からすると、今回の事は酷く作為的に感じてしまったのである。
──もっと言うならば、これらはまた何らかの存在による『思惑の内』だと感じざるを得なかったのだ……。
「…………」
「……それで、実際逃げるとするならば何時が良いんだ?あいつの状態を考えるならば今直ぐにでも逃げ出したい所なんだが──」
「うん、そうだよねっ。早い方が良いとわたしも思うっ。……でも、『傭兵団』の人達を集める為には時間がまだ必要になるでしょ?」
「ああ、確かにな。──まあでも、優先順位を考えるならば先に俺とあいつだけそちらの中に入らせて貰って、それであいつの事を森で休ませてあげたいと思うんだが……それはだめか?……正直『団の仲間達』を集めるだけならば、後で俺だけが戻してもらってからでもいい気がしてな」
「…………」
「んー、確かにねっ。大人数を集めるならば時間もかかるし……んっ?ロム?どうしたの?」
「──ん?なんだ?」
壁に寄りかかりながら、私を間にしてベット側に『傭兵』が、部屋の扉側に『エア』がいる状況で、そんな話をしていた訳なのだが──
『違和』は感じていたものの、確信が持てずにいた私は静聴するしかなかったのだが……運良く(?)彼が『ボロを出してくれた』事で思わず安堵してしまったのであった。
……同時に、内心では『……なるほど、そっち側だったのか』とも思う。
──すると、そんな私の雰囲気の変化を敏感に感じ取ったのか、エアもそうして尋ねて来ている。
……が、個人的には『毒』寄りかと思っていた為に、彼の『答え』が少しだけ意外でもあり、私の意識はエアよりも『傭兵』へと向いていたのだ。
それに、その『答え』に少しだけ哀しくもあった──。
「『狂戦士』か……変わってしまったのだな……」
「……んっ?それは、どういう意味だ?」
「ロム……?」
──む?エアならばもう気づいていてもおかしくないとは思ったのだが……。
いや、前々から『傭兵』の事は結構気に入っている節もあった為に、もしかしたら彼らが『敵対するわけがない』と言う思い込みがあったのかもしれないとは思う。
ただ、恐らく私のその勘は外れてはいないのだろう。
……そして、彼もきっと言い間違いをした訳ではない筈だ。
と言うのも、彼の先の一言には、彼では知り得ぬはずの情報が含まれていたのである。
……なにしろ、『大樹の森』が私の中にある事など限られた者しか知らない筈の情報だからだ。
それを久々に会った彼が知っているのは、どう考えてもおかしいのである。
……いや、恐らくは『傭兵』としても『森の中』と言いたかっただけなのかもしれないが、『そちらの中』と言うのは、私の中に『大樹の森』がある事を知っている者にしかまず出て来ない言葉だろうと、私は直感で感じ取った。
無論そこで『言い間違いをしただけだ!』と、とぼける事も可能だろうし、この後に彼がそうする可能性もまだ十分にある訳なのだが……数百年(約千年)を生きた『耳長族』としての勘がこう告げているのである。
──彼は『黒だ』と。
……『敵側』なのだと。
いっそ『カマかけ』でもいいから、もう少し突っ込んだ話をしてみたいとも思った。
それに、現に彼は今とぼけた表情を浮かべているのだが、元々真っ直ぐな性根の男なのである。
……だから、続ければ更に『ボロ』は出そうだ。この手の腹芸が当然の様に苦手な事も直ぐに分かったのである。余計な事を言わない様にと、警戒しているのも伝わってくるのだった……。
「……『聖女』の為だろうか?──それに、そもそも本当は、私達は間に合わなかったのだな?」
「…………」
……そして、案の定と言っていいのか、私が彼の目を見つめながらそう尋ねてみると──途端に『傭兵』は冷めた様な表情へと変わり、私の事を睨みつけ始めるのであった。
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