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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第574話 足踏。





 『聖女』が眠る部屋の中で女中達が彼女の世話をしているのを遠目に、壁に寄りかかりながら私と『傭兵』は話をしていたのだが……。



 悲し気に『聖女』を見つめる彼は、弱々しくもこんな事を言って来たのだ──



 『──もう、あいつがもたない気がする』と。

 『……最近になって『聖女』が『浄化』を使う度に、彼女の身体が時々霞の様に消えそうになる(・・・・・・・)事があるのだ』と。



「…………」



 本来なら彼自身も『異形化』だったり、国に対して酷い扱いを受けている事だったり、他にも心配事は沢山あるとは思うのだが……彼が最も心を痛めているのは当然の様に『聖女の異変』についてであった。



 それに『聖女の異変』は現状この国の権力者達にとっても放っておける問題ではないらしく……彼らが『聖女』に対して異様な執着を見せているのも、実はその影響がかなり大きいのだとか。



 ──と言うのも、『浄化』の強さにもよるらしいのだが、『聖女』が『浄化』を使うと彼女の身体はその魔法の対象者も含めて光へと包まれ、この世のものとは思えない多幸感を相手に与える事が出来るらしい。



 曰く『その光はどんな苦痛も和らげ、人をあるべき姿へと戻してくれるのだ』と。



 なのでその時の光景はまるで神々しき女神の様で、周りの者達の目からは『悪い異変』だとは思えない状況になっていると言うのである。



 ……要は、彼女の見目の麗しさも相まってか、この国の権力者達──特に『稟聖教会』とかいう宗教的に『マテリアル』を受け入れているここの国教の主だった者達は、彼女のそんな『異変』を『何か善い事が起きる前触なのではないか?』という風に考えているのだと。



 だから、『傭兵』がいくら『あれは危険な状態かも知れない!彼女に何かあったら大変だ!心配なんだ!』と訴えかけても、その言葉は周りに全く理解されないのだと言う。



「…………」



 だが、それならば『聖女』本人に『浄化』をあまり使わない様にと説得もしてみたらしいのだが……それはまた別の理由からあまり上手くいかず、彼女の理解を得る事は出来なかったらしい。



 そもそも、『聖女』からするとその『力』は『傭兵を生かす為』、『彼の苦痛を取り除く為』に必須な『力』なのだと。


 だから、いくら使うなと言っても、それには『聖女』の方が頷いてはくれなかったそうだ。


 『──これはあなたを救う為に必要な『力』だから……』と、頑なに断られてしまったらしい……。




「…………」




 それならばと、いっその事『この国から去る事』なども彼は考えたそうだが。


 そうすると今度は『傭兵団』の事が頭に浮かんできてしまうと言う。


 少々複雑にも聞こえるが、そもそも『傭兵団』を作ったのは『傭兵と修道女』であり、そこには当然責任が生じるのだと。



 だから、そんな自分達について来てくれた傭兵団の皆を、今更になって見捨てて二人だけで逃げる事など絶対にできないと言う葛藤があったそうだ……。



「…………」




 ……それに『見捨てるのが嫌ならば、他の皆も連れて国を出ればいい』と考える者がいるかもしれないけれども、実際にはそれも他の問題があって出来なかったのだとか。



 元々『淀みの力』を利用するに近しい力である『マテリアル』は、人体に悪影響を及ぼす危険性が高いのは周知の事実であり、それを咎める立場である『浄化教会』からは中々に理解がされ難いのは分かる話ではある。



 だが、話で理解できている以上に、実際には『浄化教会』の影響力と言うのはもっと大きく、どこの街においても定住しようと思えば『マテリアル使い』は誰もが肩身の狭い思いをしなくてはいけなくなるらしいのだ。



 時には『マテリアル』を使うだけでも、『マテリアルの暴走』を疑われて罰せられる事や、責められる事もあるのだと聞けば……その窮屈さは想像に易いだろう。



 どこの街でも『マテリアル使い』とは渋々と従うのが普通であり、『暴走する危険性』を孕んでいる以上は慎ましく生き、周りに迷惑をかけない様にと我慢していきるのが当然なのだと……。



「…………」



 ──だが、当然の様に『傭兵』はそれを普通だとは思いたくなかったし、そんな我慢をしないで済む様にしたかったらしい。



 『マテリアル』を使う事自体を我慢したり、責められるなんておかしいだろうと。

 そんな肩身の狭い思いをせずに、気に病む事もなく、普通に暮らせるようになりたいと。




 ……『マテリアル使い』の中には彼の様に『マテリアルを使わないと生きていけない者達』だっているのだから、その想いは切実だったそうだ。



 『マテリアルがないと、そもそも生命維持がままならぬ者の為』

 『マテリアルに適応し過ぎるがあまりに苦しむ者の為』

 『マテリアルの使い方をそもそも誤っている者の為』



 『マテリアル使いでも、人並みに生きる為に……』



 ……そんな色々な問題を抱える者達を救う為にも、『傭兵と修道女』は強い願いを込めてその『傭兵団』を作った。



 実際、大陸中を回る『傭兵団』によって救われた者達は沢山居たらしい。


 ……ただ、思ったよりもその数は多かったのか、一気に『傭兵団』の人数は増えていってそうだ。



 救われる者が増える事自体は喜ばしい事だが……そうなると今度は人数が増え過ぎると皆で移動する事が困難になる為、どうしても定住できる場所が必要になって来たらしいのである。



 大人数での放浪の旅と言うのは不用意な危険を招く可能性がとても高い。

 ……それこそ下手したら、様々な国から危険視されて襲われる事だって考えられるだろう。



 だから、そうはならないようにと二人は、『傭兵団』が安心して暮らせるための場所を早く見つけなければと考え、漸くその場所をこの国にて発見したと言うのであった。


 ……正直、この国でも色々と不満に思う事はあるらしいが、他と比べれば段違いに住みやすい国であるらしい。



 ──なので、『今またそれを捨てて、放浪の旅へと皆を付き合わせるのか……』と考えると、彼も踏み止まらざるを得なかったのだと言う。



「…………」




 それに、中には普通に『この国から出たくない!』と考える傭兵団の仲間も大勢いるだろうと。


 ……だから、そうなった時に、残された傭兵団の仲間達がどんな扱いを受ける事になるのかも考えてしまうのだと。



 余所の国で暮らす以上に肩身が狭くなってしまうのは間違いなく……もしかしたら逃げ出した事を『罪』とされて、彼らが身代わりに罰せられる可能性だってあるかもしれないと。




 基本的に、『浄化教会』を敵対視しがちな『稟聖教会』が、そこまでの非情な行いを『マテリアル使い』に行うとは思いたくないが……。


 今は彼らの象徴になり得そうな『聖女』という存在が居る為に、それが決して有り得ない事だとは言いきれなくなってしまってもいるらしい。



「…………」




 だから、それらを理解しながら、今更ほっぽり出すような無責任な事は彼には出来なかったそうだ……。




「……馬鹿な話だろ?自分達で始めた事だってのに、気づけばもう二進も三進もいかなくなっちまってた。──このままだと、間違いなく足を踏み外すだけだと分かっていながらも、どっちに歩けばいいのかすらわからなくなってた……俺もあいつも……」



 その上、日々襲い来る敵を我武者羅に払い続けるしかない状況によって、彼は段々と精神的にも追い詰められ、いつしか『狂う様に戦う事』しか出来なくなっていたらしい。


 ……そうして戦う内にいつしか『狂戦士』とまで呼ばれるようになっていたのだとか。



 実際、戦いの間は下手したら周りを巻き込む可能性もある程に荒れ狂うらしく、ここ最近は彼が『独り』で敵の多くを排除した後に、国の兵士達が残党処理を行う流れになっていた。


 『異形化』についても、そんな戦いを続けていたら気づけばいつの間にかそうなっていたのだと言う。



「…………」



 ……ただ、そんな状況に対してまたも『聖女』だけは決して彼の事を諦めなかったらしい。


 『傭兵』が傷を負えばその度に癒し、甲斐甲斐しく『浄化』し、何度となく異形となりかけた彼を元に戻し続けたのだと。



 そして、きっと彼女にとってはそんな毎日が緊張の連続だったとは思うのだが、皮肉にもその経験が『聖女』の『力』を見る見るうちに成長させてしまったようだ。



 ……気付けば、彼女の姿は霞む様に薄れてしまっていたらしい。

 そして、そんな彼女の変化に国の者達は感動し、尚更彼女の事を『聖女』としての崇める様になっていったのだとか……。




「──あんなにも霞んでいるのに、周りは不思議とその変化に喜んでいる。……俺にはそれが信じられない。もういつ消えてもおかしくない様にしか思えるのに……」


「…………」




 ……実際、『力』を使い果たしてベットで休んでいる『聖女』の姿は、一見して存在感が薄くなっている感じはした。



 ──ただまあ、その状態を経験した(・・・・)覚えがある私としては、彼女が薄くなっている原因がなんとなくだが分かったのである。



 なので、私は隣で心配そうに眺めて居る『傭兵』の肩をポンポンと叩くと、私は一言だけ彼にこう告げたのだった……。



 『……彼女を治したいなら、私がその状態からの戻り方を知っているが』──と。



 ……ん?前にも同じような事があった気がするが、恐らく間違いなく治せると私は思うのである。



「…………」


「…………」


「…………」


「……え?」



 ──ただ、『傭兵』はそもそも『駄目元』で私に話をしていた部分があったのか、半信半疑のままこちらを弱々しく見つめてくると、その視線は『……どうせ冗談だろう?気休めはやめてくれ』と言わんばかりに『ジトーっ』としながら私の顔を見つめて来るのであった。



 ……ただ、それに対して暫く私がそのまま視線を逸らさずに見つめ返していると、次第に彼もそれが冗談ではない事を理解したのか、少しずつ光明が差すかのような表情に変わってきたのである。



「……ほ、本気か?信じていいのか?」



 そう尋ねて来る彼に私は深い頷きを返すと、『……うむ。まじなのだ。信じていいぞ』と魔力で想いも込めるのだった……。




またのお越しをお待ちしております。

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