第571話 連理。
街を囲む『異形と化した神兵達』は……数万程は居るだろうか……。
……それもまるで黒い波が街に押し寄せようとしているかの如く、酷く歪に蠢いているのが遠くからも視えたのだった。
だがしかし、どうやら周囲を完全に取り囲まれながらも、街の壁は厚く、簡単に破れる様子はないようだ……。
「…………」
……それに、その黒い波の中には『ただ独りの戦士』が激闘を繰り広げているのが分かった。
そして、本来ならば街を攻めるであろう『神兵達』は、先にその戦士を排除しようと躍起になっているのも分かる。
そもそも、『人を倒す性質』を強く持っている『異形と化した神兵達』からすれば、街の外壁を攻撃するよりも先ず脅威となりそうな戦士を倒す事を優先するのは当然だったのかもしれない。
そして、街に居る者達はそんな性質をある程度は理解しているのか、その戦士以外の者達は敢えて外壁から顔を出さないように徹底しているのが『探知』からも窺えた。
……ただ、それはまるで『かの戦士独りに注目が集まるように』しているかの様である。
それを『作戦』として考えるのであれば、一応上手くはいっている様にも思えるかもしれない。
……だが、それをまさか本当に行うとは、正気の沙汰ではない様にしか私には思えなかった。
「……あの『狂戦士』は、まだ生きているのか……」
──すると、同じ馬車に乗っていた『王子の護衛達』の一人からも、その戦士をそんな風に呼ぶ声が聞こえてくる。
……当然私達からすれば、その呼び方と声色はどう考えても好意的なものには思えなかった。
寧ろその声音からは『居なくなればいいのに……』と言うそんな『闇』さえ窺えてくる……。
「……どうして……あんな事にっ!?……なんでっ──」
そして、その光景を見たエアからも、そんな唖然とする声が聞こえて来たのだ。
『──なんで、他の者達は戦わないのか』と、言いたいのだろうか。
それとも、『──なんで、あんな非情な行いができるのか』と、問い質したいのだろうか。
……ただ、そこにどんな理由があろうとも、普通ならば数万もの敵に対し『独り』で戦う事の利点など、理解できる筈もなかった──
「…………」
──ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!
……だがしかし、その『傭兵』は最早、それらの敵を圧倒できるだけの『力』を『マテリアル』から引き出し、『独り』で戦い抜く事が出来てしまっていたのであった。
──それも、自身は『異形の姿』になってまでである……。
「…………」
今の『傭兵』は、足はまだ二本あるものの、腕の方はもう何本か増えているようだった……。
身長も、以前見た時よりも倍以上は軽くあるだろう。
その上、その顔や首回りだと思われる部分は最早傷を負い過ぎて潰れており、表情を普通に判断できる様な状態ではなくなってしまっていたのだった。
視界すらも、もう開いているのか怪しい位……。
「…………」
……だが、そうであっても、私とエアにはあの『異形の戦士』が『かの傭兵』だと、一目で理解出来たのである。
既に意識があるのかないのか、戦い方は力任せの一辺倒で、絶えず叫びながら戦う様はまるで獣のようにも見えてしまうが──あれは間違いなく『彼の声』であった。
……だが、そんな『傭兵』に向けられる街の者達からの雰囲気は酷く冷たいものである事を同時に私は感じていたのである。
分かり易く言えば、彼は明らかに街の者達から怯えられていたのだ。
街を守ってくれている事は分かるのだが、彼の持つ『力』とその脅威は皆から受け入れられていないようであった。
街の住人達の中には、『化け物と化け物』が戦っているとでも思っていそうな者さえ居る……。
それに、『互いに潰し合ってくれれば儲けものだ』くらいに考えていそうな者も……。
『彼』はあんなにも必死に街を守る為に戦い続けていると言うのに──。
そんな理解すら得られる事はなかったのである……。
「…………」
──そして、『探知』で街中をよくよく視てみれば、この街の中心部にある王城らしき場所の一室にて、『彼女』もまた必死になっているのが私にはよく分かったのだった。
『修道女』はずっと『彼を想い支え続けている』様だ……。
『彼』を失わぬようにと、その『痛み』を少しでも減らそうと、全力で『浄化』を施し続けているのが視えたのである……。
「──ロム、わたし、行くね……」
……すると、そんな光景をエアも同様に『探知』で視たのだろうか。
最初はその光景のあまりの酷さに絶句をしていたエアではあったが──気づけばその表情には既に『何をするべきか、何が最善なのか』の理解が灯っている様に視えた。
「ああ」
……当然、それに対して私はすぐさま頷きを返した。
内心、私も動きたい衝動には駆られていたのだが──今は全てをエアに任せる事にしたのである。
寧ろ、『好きなだけやってしまえ──』と、そんな私の想いも伝わったのだろうか──。
『──全部、潰してくる』と。
……そんな一言を残して、エアは空を疾駆していくのであった──。
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