第57話 拘。
「それはいったいどういう訳だ?」
話の流れ的には問題が無かったと思うのだが、いったい何がいけないのだろうか。
隣でエアも心配そうに私を見ている気がする。……大丈夫だ、任せて欲しい。どんな障害が来ようとも、あれだけ楽しみにしていたエアを、絶対に冒険者にして見せる。
「あのですね、冒険者にはランクと言うものが御座いまして、それに応じてこちらでお仕事を斡旋させて頂いているのですが、新人の方々にはまず何らかの形で街中での斡旋を受けて貰いまして、そのお仕事の成果をもってその方の為人や能力を判断させてもらいます。そして、その結果次第で初期のランクは決まるのですが、余程の高評価を得られた冒険者の方でないと、その狩りをお任せできるランクをお渡し出来ません。それらの判断はこちらでさせてもらっているのですが、冒険者の方々にはランクが足り無い方への狩りをそもそも推奨しておりませんので……」
……ふむ、それはつまり。
私達には斡旋は必要ないと言っても、斡旋を受けなければ自分達で勝手に狩りをする事すら、ダメだという事だろうか?
「はい。冒険者として活動されるつもりならば、その通りでございます」
「何故だ?」
「それはですね。冒険者として登録されたからにはその瞬間から冒険者の方々は、ギルドの協会員と言う立場になりまして、ギルドにも責任が発生するのです。私達は管理下にいる冒険者さんみなさん方を他の不利益から守る事を仕事にしてはいますが、それは冒険者さん達がギルドのルールに従ってくれている限りという条件が付きますので……」
「なるほど。勝手な事をされて、迷惑を掛けられては困る。だから推奨以外の事をするつもりならば、そもそもの登録自体を認めない……そう言う事で合っているか?」
「はい……その通りでございます」
……なるほど。理にかなっている。基本的には私が冒険者をやっていた頃と何も変わらない。冒険者として相応しくないと思う者の"潰し"をしているだけだ。冒険者達が主導になって排除するか、協会側が主導となって排除するかの違いでしかない。
「時代が変わったか……」
思わず、私は心の声を漏らしていた。
この調子だと、今はもう冒険者同士での"潰し"はしていないようにも思う。
やるきがるのか、能力があるのか、わきまえているか、そのルールを協会の下に定め、その管理下に冒険者達を置いてやっていると言う事であろう。
嘗て冒険者達が自分達だけでやっていた事を組織立ってやっていこうと考えた者がいたのだろう。
……私は一応の納得を得た。そして同時に、私が知るかつての冒険者らしさは残っていない事を悟る。
いい意味でも悪い意味でも自由だった我々は、もうどこにもいないのかもしれない。
まだ、その規則の中にいるわけではないが、話を聞く限りでは息苦しさを感じてしまって、既に忌避感を抱いている私が居た。……そんなものを冒険者と呼べるのかと、心が告げる。
彼らが判断し斡旋する。その事がどうしても私には気に食わない。そんな考えが思い浮かぶのは歳を食って意固地になっている証拠なのだろうか。どうにも柔軟性に欠けた思考にばかり偏ってしまっている気がする。
だが、私がエアに見せたかった冒険者の姿はこれではないのだ。
私はその自由な冒険者の世界で、エアが自由に駆けまわる姿を見たいと思った。
でも、もうその姿を見せられないのなら、ここまできた意味もない。そう考えると……。
「じゃあ、『お裁縫』の仕事にしよっ!"えふ"……じゃなかった!"ロム"にはそれが絶対に合ってると思う!!狩りはその後でいいねっ!」
そんな風に、私がなんだかんだと考えている横で、話を聞いていたエアは突然そう言った。
私が今と昔を比較し囚われているうちに、彼女は確りと前を見ていたのだ。
私達は冒険者になって、狩りで生計を立てる予定ではいた。
ただ、その狩りをするのは、ある意味ではその序ででしかなく、手段であって目的ではない。
そんなの『冒険者になるなら、なんだって構わないじゃないか』と、エアは言っているのだ。
それに、その狩りをする為には街中で何かしらの仕事をしてからじゃないと受けられない?
なら、受ければ良いじゃないっ!
あっちが判断して良い評価を貰わないと狩りに適したランクが貰えない?
なら、最高の評価を貰えば良いじゃないっ!
──私達になら、それぐらい簡単でしょ?
無邪気に微笑むエアの顔はそう言っている様な気がした。
……ああ、そうだな。エアの言うとおりだ。私は何を難しく考えていたのか。目が曇っていたらしい。
その真っ直ぐさと無邪気さはエアの長所だ。私もそれを見習おう。郷に入っては郷に従えとも言う。
私の知る冒険者とは少し違うかもしれないが、これはこれで良さがあるのかもしれない。そう考えれば救われる気がした。
きっと今はもう泥を啜り這いずる必要もないのだろう。そんな事は二度と来ない。
有難い様な少し寂しい様な、そんな気持ちを抱かずには居られないが、過去を美化するばかりでは辿り着けなかった未来に、私は今進もうとしている。
そんな教えを私はエアから受けた。そんな不思議な心持ちであった。
……分かった。やれるところまでやってやろう。私達は負けず嫌いだからな。ここまで来て何もせずに帰るなど、諦めるなど、元々らしく無いのだ。前を向こう。それが冒険者である。
だが、最後に何点か確認しておかなければいけない事があるので、私はそれを受付の女性へと尋ねてみた。
「冒険者を不利益から守ると言ったが、それは本当の事か?」
「はい。本当の事です。時に不当な依頼者などがいる場合がございますので、その際はギルドが責任をもって対処にあたらせて頂きます」
「なるほど。そう言えば、冒険者になった場合、辞めるとなった時に、何か問題があったりするのか?」
「いえ、そう言うのは一切ございません。ただ、冒険者を辞めた時点でギルドからの援助や保護の一切が無くなる事。強いて言えばそれくらいでしょうか」
「……なるほど、了解した。君は若い上に随分としっかりとしていると見える」
「いえ、そんなことは──」
「──そんな君だからこそ再度、確認させて欲しい。君の先ほどの言葉は、君個人からの言葉ではなく、嘘偽りなくギルドの理念であり、ギルドからの言葉だと私は認識してもいいのかな?」
「……え?あ、はい、構いませんが」
「そうか。それでは先ほど彼女。エアが言った通り、私達は少々裁縫に関してはそこそこの腕を持っていると自負している。冒険者として登録して貰ったら、何かそれに関係する仕事でお願いできないだろうか」
「はい、畏まりました。これからはよろしくお願いします。えっと、ロムさんにエアさん」
「ああ、よろしく頼む」
「よろしくねっ!」
……そうして。私達は冒険者となった。
思っていたものとは少し違う始まり方だが、なんにしても冒険者には違いない。
五年練習した"潰し"の対処方をエアにやって貰えなくて残念だったが、それでもエアは冒険者になれる事だけで充分楽しそうに笑っている。その笑顔を見て私も救われる思いを得た。
一応、もしもの事があってたとしても保険はかけた。
この世の中が正しい事ばかりだと鵜呑みにする程、私は優しくはない。
だが、エアを見習って今の時代の冒険者と言うのを、精一杯楽しんでやってみようとも私は思ったのだった。
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