第568話 導。
『分かった……そう言う事ならいいよっ!わたし達を連行してっ!──罰を受けようっ!』
……と、最終的にエアが出した『答え』と言うのは、私の予想を飛び越えるものであった。
それもまさか『普通に連行される事を選ぶ』とは思いもしなかったのである。
と言うのも、その『答え』とはどうやら私が予想していた様に黒幕に対する『潰し』等を目的としたものではなく、どちらかと言うと『協力的』なものであったからだ。その上、『答え』を出したエア本人は柔らかな微笑みを浮かべており、不思議と嬉しそうな雰囲気さえある。
『……えっ?』
ただ、先ほどまで『あなたの国に勝つ!』と豪語していた者が、いきなり『あなたの国に協力します!』といって意見を翻せば流石に誰でも驚くだろう。当然の様にエアのその一瞬の心変わりには周り者達からも驚きの声が出ていた。
……特に、『王子の護衛達』においてはその声も大きく、言わずもがな懐疑的である。
因みに私も、どうしてエアがそんな『答え』に至ったのか、その時点では考えを読みきる事は全くできなかった。
「…………」
……ただ、そんな私に対してのエアからの信頼は厚かったらしく──『ロム、分かってると思うけど、この流れで行くからねっ!』と、『私達なら理解し合っている伝わるよねっ!』的な表情で視線を向けられてしまっている。
その為、私は『……う、うん。そうだな。その流れだな』と、曖昧なままで頷きを返す事しか出来なかった。……正直、その流れと言うのが何なのか分かっていないとは問い返せない雰囲気だったのだ。すまない、エア。
「…………」
──だが、エアには既に何かしらの良き考えが浮かんでいる事だけは分かったので……。
ならば後は、私としてはそれを全力で支持するだけだと、単純な思考に切り替える事にしたのだ。
流れに乗るだけしか出来ないけれども、その為に全力を尽くす所存。
そうすれば、実際はある意味当初の予定通りである。
……うむ。だからこれは『思考放棄』をしたとかではなく、『適応した』のだと、そう言う感じで良き方で捉える事にした。そう、何事も前向きに前向きに。
全ての表現とは常に、捉え方一つでどんな色にも姿を変えるのだと、そう思う事にした私なのであった。
「…………」
訝しんだままでいる『王子の護衛達』に向かって、『ほらっ!早く連行してよっ!あなた達の国に行くんでしょっ!』と、急かし始める快活なエアの姿を見守りつつ……私達はそうして彼らの国へと向かう事になったのである。
……因みに、その際には『拘束されるのは嫌だから』と、素直について行くから拘束される事を拒んだエアに対して『王子の護衛達』が当然の様に反発する場面もあったのだが。
結局はエアの『強い説得』により『彼らの方が拘束される』状態に至ると、エアが手に負えない存在である事を彼らが十二分に理解し、下手に抵抗されるよりはましかと判断したのか彼らは大人しくなって私達と共に国に帰る事を選択したのであった──。
彼らの思惑としては私達を『犯罪者』として扱いたかったのだろうが……それは諦めて欲しい。
「…………」
──とまあ、そんな訳で『はじめてのたび』の途中ではあったのだが、私とエアは今彼らの国へと向かう為に馬車の中で揺られている最中なのである。
因みに、『第三の大樹の森』がある『白銀の館』の街まで旅する予定であった双子達との『はじめてのたび』だが、一応は未だ継続する予定ではあった。
ただ、それが今回の『連行』によって一時的な中断をする事に決まり、そちらが終わった後にまた再開する話になったのである。
その為、友二人と双子達は一度私の『領域』である『大樹の森』へと戻って貰ったのだった。
……今頃は親子でのんびりと森で過ごしている頃だろう。
双子達に『人』の世界を見せておきたいと、色々な処世術などを教える事を目的としていたレイオスとティリアではあったが、流石に今回の事に関してはあまり深入りしない方が良いと判断したのか、一度戻る決断をしたのであった。……なので、この間は休日扱いで、実家に帰省した感じである。
双子達の方はもう少しこのまま同行したいと思っていたようだが……。
流石に『犯罪者』として連行される事までは教育上必要ないだろうと言う判断の下、危険性も考慮した上で、私達からの後程の報告(お話)を楽しみに我慢する事になったのだった。
子供達にとっては色々な経験が出来て楽しい旅ではあるのだろうが、長い旅においては時に身体を休める事も重要だという事で、それをこの際に学んで欲しいと私達は思ったのである。
レイオス達も何気に意外と疲れている様子だったので、彼ら親子にはのんびりして貰いたいと思ったのだ……。
「──ねえロムっ!なんか馬車で移動するって新鮮だねっ!偶にはいいかもっ」
「……ああ、そうだな」
……そして、何気に今までずっと歩いて来た私達にとっても、意外と馬車に揺られて進む旅というのはエアが言う通り新鮮に感じられて意外と楽しかったのだ。今まで乗った事が無い訳ではないと思うのだが、基本的には使わない為に特にそう感じてしまう。
『連行される』と言う雰囲気も全くなく、私達の間には緊張感は皆無で、のんびりとした旅をしている感覚だった。……因みに、私の『魔力生成』などに関しては『はじめてのたび』同様に『言祝の里』から再開する予定なので、今は中断している状態である。
ただ、そのおかげで余裕が出た私は、久々に『探知』の範囲なども大きく広げて、エアと共に色々なものを感じ取りながら、馬車での旅を満喫するのであった……。
「…………」
「…………」
だがまあその一方で、同じ馬車の中には『王子の護衛達』から数人、『監視者』として同乗している者達がいるのだけれども……どうやらそんな彼らは全く楽しそうではなく、『むーっ』とした表情でこちらを睨みつけて来ていたりもする。
……ただ、そんな彼らは決まってエアが彼らの方へと顔を向けると、『──サッ』とエアから視線を逸らす為に、なんとも滑稽な様相を呈しているのであった。
彼らとしては本当は私達を『犯罪者』として扱いたいのだろうが、エアにはそう言い出せない様子なので、何ともままならぬ感じである。
……まあ、彼らの国に着くまでの間、ほんの僅かばかりだろうからその間彼らには我慢して欲しいと私は思うのだった。
──それに、どうやらこれはエアからすると『協力的な連行』でもあるらしい。
だから、きっと彼らの国にとっても悪い事にはならないと思うので、どうか受け入れて欲しいと思うのだった……。
「…………」
……そもそも、この馬車での旅の間も何度か彼らの会話の中から『聖女』と言う言葉を私も耳にしたので、途中からはどうやらその存在が恐らく今回の事に関わっているのだろうと私も察しがついたのである。
それも、どうやら『エアを連れてきて欲しい』と願ったのも、その『聖女』であったらしい。
……まあ、『連れて来て』と『連行』では、だいぶ意味が異なる気もするけれども、どうせよくあるただの『上意下達の問題』だろうし、それか私達を『犯罪者』に仕立て上げてでも連れてきて欲しいと願う位に緊急を要する話だったのかもしれないと私は思うのだった。
因みに、個人的には前者が濃厚だと思っている。
そして、恐らくだがエアもそれを気付いたからこそ、今回彼らについて行く事を選んだのだろうと私は思ったのだ。
『見ず知らずの聖女』が困っていると察し、それを助けようと思って行動できるエアは本当に優しい子だと私は思う。
恐らくだが、エアの事はもうそろそろ『慈愛の女神』と普段から呼んでも差し支えがないかと──
「──えっ?『見ず知らずの人』を助ける為?……ううん、違うよ?」
「……ん?」
──束の間の馬車での旅、その夜営の一時に私はエアへとそんな話をふってみたのだが……おや?どうやら違ったらしい。
「──あれっ?ロムは気づかなかった?きっと、『聖女』さんはわたし達の知り合いだと思うよ?……だからね、『あの人達』が緊急の助けを求めてるって思ったから、わたしは行った方が良いかなって思ったんだっ」
「……ほう」
……どうやらそう言う事であったらしい。
それも、エアの考えを深く聞いてみると……エアは既に『聖女』が誰であるのかも予想がついていると言うのである。正直、私としては全く見当もついていなかった話であった為、聞いて素直に驚いてしまったのだ。
と言うか、その驚きはそれだけに止まらず、エアの考察はより進んだ場所にあり──
──エア曰く、その『聖女』とはかつて『白銀の館』にて一時一緒に生活していた事もある『修道女』の事であり、そしてそんな彼女が助けを求めると言うのは『傭兵』に関する話なのだろうと。
また、その二人の間にある問題だとすれば恐らく『マテリアル』と『浄化』に関するものなのではないかと言う……そんな所にまでエアは考え付いていたのであった──。
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