第567話 燕石。
『あなた達の国と戦いになっても、わたし達は余裕で勝てるっ!』と──。
エアのその言葉は、彼らからすれば侮辱以外のなにものでもなかっただろう。
……当然、それを耳にした『王子の護衛達』からすれば『国を貶された』と感じずにはいられな
筈だ。
現に、その聞き逃せない発言を耳にした途端、彼らの表情からは感情が消え去り、今では酷い冷たさを帯びている。
それを殺気だと言うのであれば、まさに彼らは今、私達に対して殺意を向けている状態だろう。
『犯罪者』を捕まえる為と言う大義名分と、国の誇りを守る為に、まさに今彼らは私達に襲い掛かろうとする寸前であった……。
「…………」
……だがしかし、毎度の事とは思いながらも、この手の輩というのはどうしてこうも『自分達本位の正義感』を正当化して他者を攻撃するの上手なのかと、私は不思議でならなかった。
そもそも今回の事にしても──何の理由があるのかは知らぬが『エアを最初に狙って来た』のは彼らの方なのだ。
そして、『何故かエアのランクを上げる話』になり、それを拒否しただけでこの様な状態になっているという訳なのである。
──元々ギルドのランクの話にしたって、『適した評価をするべきで、それを称賛するべきだ』と言うあの話も、何も『王子達』が主張する事柄ではないにも関わらずだ。
それなのに、どうしてそうも出しゃばりが過ぎるのだろうかと、私は自然と思ってしまった。
……因みに、先に言っておくが、それを『善意だ』などと勘違いしてはいけない。
なにしろ、それをエアは全く望んではいないからである。
それに、そもそもの話だが、エアがそれを断った事に関しても『ランクに関する取り決めとルール』において、何も抵触する話ではなかったのだ。
もっと言えば、任される依頼内容においてランクでその難度が上昇するのであれば、どうしたって責任も上がるのは自明な事。ならば、それに付随して、本人のやる気や意思の確認をする事は至極当然の話なのである。
──要は、元々誰かに強制される様な話ではないのだ。
『これだけの実績を重ねたから』という基準があったとしても、それが絶対だと言える訳もない。
その上、本人にやる気が無いならば無理にランクを上げる必要もない筈。……それは当たり前の事であり、実はギルドの『ランクに関する取り決め』にもそうなっているのである。
「…………」
……それなのに、彼らは何を思ったか『民衆の為』とか『正当な評価が』とか、そんな綺麗事を並べて『自分達が金石であるから』それを倒した『エアも上位のランクでなければおかしい』と言ってきたのだ。そんな無理な考え方を、私達に不当に押し付けようとしてきたのである。
『強い者が正当な評価をされなければおかしい』とか。
『あなただけの問題じゃない!そうした方が皆の為になるのだ!』とか。
そんな聞こえのいい話し方をしていたけれども──その実、彼らの思惑の裏にあったのは『彼らの実力が本当に金石なのか?』と周りに疑念を抱かれたくなかっただけの話なのではないかと私は思った。
そんな考え方を他者へと抱かせない為、『面子』を気にして自分達の印象を悪くしない為に、無理を通そうとした結果が現状なのである。
そして彼らは、尚もこちらへと無理を押し通そうとしてくる上に、上手くいかないからと今度は『国』と言う『力』を見せつけながら脅迫しに迫って来た訳なのだ。こうする事で揉み消そうと躍起になっていると思うのである。
『……都合の悪い事は有耶無耶に。それか都合の悪い者は排除すべし』という精神が彼らの裏側には透けているのが、私達からすれば丸わかりであった──。
「…………」
だから、敢えてエアも彼らに強めな挑発をしていたのだと思う。
そもそも、全力で『力比べ』をしても一切の問題はないのだが、エアは優しく、そんな彼らに対しても一石を投じた訳なのだ。
『そっちがやる気ならこっちもやるけど?本気なの?』と、そんな『冒険者用語』を用いてエアは問い掛けていた。……まあ、残念ながら彼らにはそんな冒険者の矜持は通じなかったらしく、狼狽えるのみであったが……。
──ただ、そんな裏側の顔を隠したまま、彼らはまるで自分達は『正義の味方』であるかのような立ち位置で振る舞い、私達を罰しようとする太々しさまであった。それだけは流石に凄いと私も思ってしまったのである。
そんな彼らの姿に『よくもまあ……そこまでやるものだ』と。
無理に通す為に色々と動いているのは分かるのだが、よくもまあ臆面もなく相手を悪し様に攻め続けられるものだと感心しかけてしまった。
「…………」
……恐らくだけれども、この後はエアに対して『国を侮辱した』とか言いだして、『国力』を笠に着て更なる罪の上乗せしながら責めてくるのではないだろうか。
その上で、連行しようとして私達が抵抗すれば、その途端に声を張り上げて暴れだすかもしれないのである──。
「……あなた方は今、我らが国へと対し宣戦布告に近しい発言を──」
……ほらほら、案の定そんな展開に近しい。
まあ、ここらへんは私としても冒険者として各地を旅する中で何度も経験した面倒事だったので、簡単に予想がついてしまった。
と言うか、悲しくも予想通り過ぎて読め過ぎてしまっている。既に溜息しか出ないのだ。
「…………」
……ただ、エアからするとこの状況はもう『にやにや』が止まらない状態ではあるのだろう。
なにしろ、予習してきたことが『ピッタリ』と嵌まる展開であった。
言わば、既にこの後の展開はエアの思い通りだ。
話の持って行き方次第で如何様にもできる状態である。
なので、後はここで彼らへと再度『力の差』を見せつける事によって争う気がなくなる程に『潰す』でも良いし、時間はかかるが敢えて態と連行される事によって後程彼らの国で『潰す』でも良い──。
今回の事の黒幕として『王子』の他にも何かが居る可能性もあり、面倒事を根から断ち切りたいのであれば対処法として後者を選べばいいだろう。
個人的には、そんな黒幕に対して『約束を結ぶ』のが魔法使いとしての『力の秘匿』も含めて確実な気がするのであった……。
「…………」
……さてさて。私が咄嗟に思い浮かぶのはそれ位しかないのだが、果してエアは最終的にどんな選択をするのだろうか。少々気になる所ではある。勿論、それが例えどんな選択であろうとも私はエアを支えるのみだと思った。
隣にいるエアは、『王子の護衛達』の話に『ウンウン』と頷きを返しながら、絶えず微笑みを浮かべており、未だ話をちゃんと聞き続けている。
そして不思議な事に、暫くはそのまま彼らの身勝手な話にもちゃんと耳を傾け続けたエアは、途中から何かを考え込み始めたのであった……。
「──まさか、こんな一冒険者にここまで舐められるとは……もう、このままいっそここで処刑した方が良いのではないか?」
「いいえ、それはなりません。『王子』や『聖女様方』は必ず『連行してくる様に』との事でした」
「……まったく。あの方々にも困ったものだ。こんな面倒な話、罰を与えるだけでいいならば、ここで処しても構わぬだろうに。……そもそも、どうしてこんな小娘がそこまで必要に──」
「──まってっ」
……だが、そんな彼らの語りの最中に、エアは突然何らかの『答え』を出したのか、そう言っていきなり『護衛達』の話を遮るのであった──。
またのお越しをお待ちしております。




