第562話 潰堤。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
「…………」
「…………」
断られるはずがないと思っていた場面で思わぬ否定を受け、驚愕している男達。
そんな『筋骨隆々』と『ぽい男』は、正常に戻るまでに数秒を要していた……。
ただ、そうして正常へと戻ると、今度はその表情をより苦々しく変化させてエアへと苦言を呈し始めるのである。
「『嫌だけど?』か……なんだこいつ、随分と生意気で、めんどくせえなこりゃあ……」
「……また貴女は、その様な事をっ!正当な評価を受けるだけの話なんだ。これは貴女にとっても良い話の筈でしょう!『白石』のままで居るよりも、ちゃんと適したランクになった方がぜったいに──」
「──あーもう。さっきも言ったけどっ、必要ないってばっ。わたしは今の所『白石』のままでいいの……」
「……だから、そう言う訳にはいかないから言っているんだっ!『力無き者』が『金石』だと偽る事と同じ位に、『力在る者』が『白石』だと偽る事もまた等しく罪深いとなぜわからないっ!そしてその偽りが周りの者達へとどれだけの迷惑を及ぼすのかをっ!……『助けを求める民衆』は、俺達のランクを見て判断し、その実力に応じた依頼をしてくるんだぞ。
だからその『白石』の中に大きな力の差が生じてしまうと、依頼する側も誰に頼むのが正解なのかと困惑してしまうのが何故わからないんだ!分かる筈だろう!
……冒険者ギルドと言う組織の中で、その一員となった以上、また『人』が生きる社会の中で共に暮らしていくつもりであるならばそれ相応に!このルールには従うべきだッ!
──寧ろ、こんな些細な秩序すら守れないならば、冒険者と言う存在はただの荒くれ者と変わらなくなってしまう。だから、そんな者ならば冒険者を名乗るべきじゃない。
……でも、違うだろう?
貴女も俺達も、誇りある存在だ。
冒険者とは誰かを助ける為に、知恵と勇気と力を鍛えて来た誇り高き戦士の集まりだ。
この『剣』に掛かる重みは一人分だけの命では済まないっ!
だから、そんな貴女の自分勝手な思想と行動を、俺は看過できないんだっ!
……例え、その結果に不本意を感じたとしても『力在る者の責任を果たせ!』。
そして、正当な評価と称賛を受けいれろっ!これは貴女一人だけの問題じゃないッ!──」
『…………』
──そうして、いつしかギルドの中に居た者は皆、その『王子』の言葉に耳を澄ませていた。
彼のその言葉は、周りに居る『高位冒険者達』だけではなく、ギルドマスターの胸にも響いたのだろうか、隣にいる『筋骨隆々』の表情もまた『王子』の姿に感心している様に見える。
また周囲の彼に対する表情も等しく彼を好意的に見ているのが私からも見て取れた。
……このような光景を視ると、彼が人気者だと言う話も少し分かる気がする。
これは私には出来ない技だと思った。
その偉容はまさに為政者のそれであり、いずれは王に至ろうとする者の言葉でもある。
彼がどうして今、冒険者をしていているのかは分からないものの、彼が思う描く冒険者像は今の時代の冒険者達に沿ったものでもあって、皆の『心』へとよく響いているようだった……。
「…………」
──だがしかし、冒険者についての理想を語らせれば、並々ならぬ熱い想いを寄せる存在がもう一人居たのだ……。
「……はぁー、小さいねっ」
「──はっ?」
「貴方達の見てる世界は狭すぎるとわたしは思うっ。それに、そんな考えで冒険者をしている貴方達は皆可哀想だし、格好が悪いと思っただけっ!」
「…………」
『王子』の言葉に対して、そう返したエアの言葉は、ギルドマスターや周囲の高位冒険者達、そして当然の様に『王子』本人をもムッとさせるに十分過ぎる程の効力があった。
『誇りをかけて冒険者をしている者達』からすると、それは侮辱以外のなにものでもないと感じた筈だ。
実際、『筋骨隆々』などは『ふざけてんのかこの小娘!白石が何をッ……』と今にも激昂しそうな雰囲気である。
だが、そんな者達に対してエアはそのまま機先を制した──
「──そもそも、いつから冒険者は人助けをするだけの集団になったの?」
「……?」
「冒険者ってね、冒険をする生き物でしょ?……様々な場所へと行き、未知なる道を歩み続ける者の事を言うんだよ?そりゃ時には人を助ける為に行動する事もあるけど、本質はそうじゃないんだ。……なのに、何を勘違いしているの?冒険者がどういうものなのか理解していないのはどっち!礼儀と常識を失っているのはどっちよっ?分を弁えなさいっ!」
「──!?」
「……それに、ギルドマスターともあろうものが、ギルド内に子供が入って来ただけで喚くなんて何事なの?ここは危ないから入って来るなと?遊び場じゃないって言いたかったの?ちゃんとギルドの規約は理解している?……冒険者にいつから年齢制限が出来たの?わたし、一時期はギルド職員もしていたからそんな規約が無い事は知ってるけど?……もしかして貴方、そんな事も知らないの?」
「──なっ!?」
「……それに、何が『力在る者の責任を果たせ』よ。馬鹿馬鹿しい」
「──馬鹿馬鹿しいっ!?」
「……だってそうでしょ?力があるから『金石』?正当な評価?称賛?……なにそれ。いつから冒険者はそんな目先の利益に拘るようになったの?冒険者はそんなものを得たいが為になるもの?誰かから言われたからなるの?……違うでしょ。なりたいからなるんでしょ?それこそが真の誇りでしょっ!!荒くれ者がなんだっ!自分がやりたいから冒険者は冒険をするんだっ!多少荒々しくたって何が悪いっ!かつての、遥か昔の冒険者達は全員が荒々しくてカッコよかったっ!皆がそうして自らの道を歩んでいたんだっ──」
「…………」
──そうしてエアが語ったのは、私がこれまでに話続けて来たかつての戦友達の雄姿の一部だった。
……今でこそ『異形と化した神兵達』という脅威を身近に感じる事になったが、私達が昔冒険者として積極的に活動して泥に塗れていた時分には『ドラゴン達』という大きな障害がもっといつも身近にあったのである。
あの時代は特にドラゴン達も活発で、数も多く、街に攻め込んでくる事なども常であった。
それこそ冒険者達は、毎日誰かしらが死んだ……。大人も子供も。たくさんが死んだ。
幼子の手を借りたいほどに余裕がなかった。
だから、そもそもの話、年齢制限などもありはしなかったのだ。
皆が生きる為に必死で足掻き続け、『力』を鍛え続けてきたのである。
だから、その時代と比べてしまえば、確かに今の冒険者達はかなり安全にはなったのだろう。
それこそ『ランク』を上げる楽しみすらあるようだ。
……それはきっと喜ばしい事だし、そんな安全を作り出す為に、散っていったかつての戦友達の戦いにもちゃんと意味があったのだと思うと感慨深くもなる。
──だが、同時にどうしても当時を知っている者からすると、冒険者としての『差』を感じてしまうのもまた仕方のない話だったのだ。
そして、私から沢山の話を聞いて、昔の冒険者達の姿に強い憧れを持っていたエアもまた、同様の悲しみをずっと感じていたのだと思う……。
「──社会?組織?そんなものを意識し過ぎているから、貴方たちはそんな半端な『力』しかないっ!もっと広くをみなさい!そして鍛えなさい!……それに、わたしの『剣』がどうだこうだと言ってこんな状況になっているけどっ、そもそもわたしは『剣士』じゃないっ!『魔法使い』なんだっ!」
『──えッ!?』
「貴方達は……いや特にあなた(『ぽい男』)は、そんな魔法使いの『剣』に負けた事を、先ずは反省しその未熟さと不甲斐なさを改めなさい!秩序がどうのこうのとか正直、貴方が言える事じゃないでしょっ!そんなに未熟なんだからっ!……誰かを褒めてそれを評価してあげようとする姿勢だけは立派かも知れないけど、そもそも『力』に対する判断が盲目過ぎますっ!──ええもう、この際だからはっきりと言いますけどっ、あなたとその隣にいる『ギルドマスターだ』とふんぞり返っている貴方、その両方ともまだ正当に誰かを判断できる程の『力』があるとは思えませんっ!──要は、誰かの評価をしていいレベルじゃないっ!先ずは自分達の『力』の研鑽を考えるべきですっ!……正直、わたし達からすると貴方達ももう一度『白石』からやり直した方がいいと思うっ!」
「……てめぇ、この小娘が。よくぞそこまで吠えてくれたなぁ──」
「……流石に、俺もその言葉には──」
「──よし、ならばかかって来なさいっ!全員でっ!!」
『……ん?全員?』
「ええっ!(ロム達を除いて)周りで視ていた『自称』高位冒険者達にも教えてあげます!この際ですから『力』の差ってやつをねっ!わたしの言葉が、決して口だけのものではないとその身体に教えてあげましょうっ!──それとも、あれっ?なんですか?たかだか十数人の『高位冒険者』が揃っただけでは、わたし一人にも勝てませんかっ?武器も魔法も好きな物を好きなだけ使って構いませんよ?それでも逃げますかっ?わたしは一向に構いませんがっ?」
──バキッ!!!
……すると、エアのそんな『潰し』を聞いたギルド内の冒険者達は皆一様に殺気立ってしまった。
『あまり調子に乗るなよ……』と。
『吐いた唾は吞めぬぞ……』と。
……彼らの表情からはそんな言葉が今にも聞こえてきそうな程、本気になっているのが分かる。
特に、『筋骨隆々』や『ぽい男』に至っては既に怒りが頂点にき過ぎているのか、余計な言葉を発する事すらなくなっていた……。
「…………」
そうして、最終的にはエアが『──さて、それじゃあ、早速やりましょうかっ!』と言いながら美しく微笑むと、彼らは全員一人また一人と武器を携えながらギルド内にあるという訓練場へと入って行くのであった──。
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