第561話 愕。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『──おいお前っ!こんな場所にガキ連れで来んじゃねえっ!!』
──と、ギルドに入った途端聞こえて来たその野太い怒声の方へと顔を向けてみれば、私達の目には『筋骨隆々の大男』がこちらを『クワっ』と睨みつけて仁王立ちしている姿が映った。
それも、よく見ればその『筋骨隆々大男』の隣りには件の『王子様ぽい男』の姿もある。
……ただ、その時の『ぽい男』に関しては少しだけ苦々しい表情をしていた。
「──見ろっ!分かるな?幾ら武力があろうが上手く『剣』が扱えようが関係ねえんだ!冒険者としての礼儀と常識がなってねえ。そんな奴のランクは上げらんねえ。知識もねえ。やる気もねえ。貢献も足りてねえ。そんな奴に『金』なんて以ての外だ。軽いもんじゃねえんだぞ?……そもそも、おい『白石』の鬼女!お前今まで冒険者としてやってきたことを軽く説明してみろっ!何か功績があんなら多少のランク昇格も考えてやってもいい!」
──すると、その『筋骨隆々』はいきなりそんな失礼な言葉を大声でエアへと吐き出したのだった。
まあ、何故に子供を連れて来ては行けないのかと、私としては首を傾げたくなる所ではあるが、ある意味では冒険者らしい判断とも言えるかもしれない為、敢えて言及はしないでおこう。……ただ、口はあまり良くないらしい。
何となくだが、現場からのたたき上げとでも言えばよく聞こえるかもしれないが、ギルド職員と言うよりかは現役の冒険者そのままの荒々しさを彼からは感じたのだ。
それも、どうやら周りの様子とその発言内容から察するに、彼はどうやらギルドの職員側であり、尚且つかなり立ち位置も高い存在ではあるらしい。
誰も反論を挟まない所か、『ぽい男』も黙ってその言葉を聞いているので……もしかしたらその太々しさから考えても、ここの『ギルドマスター』である可能性は高かった。
「……功績?んー、わたしは特にないけど?」
「じゃあ、お前のランクは『白石』のままだな!ランク昇格は出来んぞっ!」
「うんっ、別に構わないよ」
「……んっ?お前がこいつにランク昇格を頼んだんじゃねえのか?」
「……ううん。まったく?」
「はあっ!?なんだそりゃ。……おい、どういう事だ?あいつらを正当に評価しろとかどうとかって言う話は──」
……すると、エアのそんな返答を聞いた『筋骨隆々』は首を大きく傾げると、隣にいる『ぽい男』へ何かを尋ねている。
それに対し、『ぽい男』は最初から苦々しい表情をしていたけれども、更にその表情を険しくして何かを答えていた。
……なにやら、両者の間で思い違いがあったらしい。
「…………」
だがまあ、私にはあまり関係ない事なので黙っておく事にする。
それに私だけではなくエアも、彼らと話すよりも双子達と話した方が大事だと判断したのか──好奇心旺盛な双子達が冒険者ギルドの内部で気になったあれこれに対して、『あれはこういうものなんだよ』とか『あっちは冒険者達が依頼を受ける時にね──』とか、子供達の質問に優しく答えている。
……エアからすると『ランクは白石のままでいいっ』という想いがその様子からも伝わって来たのだ。
ただ、周りにいる『高位冒険者達』からすると、そんなエアの様子や筋骨隆々とぽい男のやり取りは興味を引かれる光景であるのか、皆こちらへと楽しそうな視線を向けているのが分かった。
『ランクなどどうでもいい』と思っているエアと、『エアのランクを上げたい』ぽい男、『ぽい男の突飛な要求に頭を悩ませる』筋骨隆々という……そんなおかしな三者三様が見られて、確かに周りから見ている分には楽しいのかもしれないとは思う。
……まあ、現状は私としてもそんな彼らと立ち位置的には大差がなく、ボーっと眺めて居るだけであった。もしもエアが対処に困るような事があれば、その時にはちょっとだけ踏み込むつもりだ。
「…………」
その一方、レイオスとティリアは受付の方へといつの間にか足を運んでおり、双子達が冒険者登録できるのかを密かに相談し始めていた。……あの二人も、本当に抜け目がないのである。流石だ。
「……はぁー、そう言う事かょ。……めんどくせぇなぁ……」
ただ、そうしていると筋骨隆々達の方はどうやら進展があった様で、筋骨隆々はボソッと呟くと深いため息を大きく吐きだした。……ぽい男との相談は終わったらしい。
でもどうやらその雰囲気から察すると不本意なのか、渋々とぽい男の要求をのんだように私には聞こえた……。
──因みに、私の耳には周りで興味深そうに眺めている『高位冒険者達』のコソコソ話も勝手に聞こえてしまっている為、『ボーっ』としていただけだが彼らの関係性やら事情やらもちょっとだけ分かってしまっていたりする……。
「…………」
……と言うのも、なんでその『ぽい男』に対してギルドマスターらしい『筋骨隆々』が面倒を感じながらも確りと話を聞いているのかと言えば──
かの『王子様然としたぽい男』は、本当にどこぞの国の王子様であったらしく……。
それも『金石冒険者』であり、『高位の剣闘士』でもあり、どこぞの宗教においては、そこの教皇の血縁者でもあるとかなんとか──更にはその上でその宗教国家においての正当なる王子様なのだと言う……。
だから、当然の様に、彼の影響力と言うのは軽々しいものではないらしいのだ。
それも、彼自身も滅多に面倒な事を言わない所か『ルールを順守する側の者』であり、顔も性格も素晴らしく、かなりの人格者かつ人気者であるとかなんとか……。
よって冒険者ギルドとしては、彼の要求があまりにも酷い場合を除き、決して無下には扱う事が出来ない状況であり──そんな彼の今回の要求も『エアと言う冒険者のランクがどう考えても低すぎるから、その実力に見合ったランクへと正して欲しい』と言う至極真面かつ正当な話でもあったからこそ、断るに断れない状態なのだと分かったのだった。
「…………」
ただまあ、ギルド側としてはそれでもいきなり『白石冒険者』を『金石冒険者』に上げる事は無理だと伝えたのだろう。それはギルドの理念に反するし、その様な不正は出来ないと。
そもそも、こういうランクなどの制度は上がるに応じて責任が伴うものばかりであり、最適な判断をしてからでなンクは上げるべきではないというのが筋骨隆々の考えにもあるようで、それもまた正当な判断ではあった。
だから、それに見合う者かどうかを判断する材料として、本来は時間をかけてその相手の頑張りを探りながら、本人の為人なども見極めていき、ちゃんと功績を積み上げていく事を目安としているのだろうと。
『強いから成れる』と言うそんな単純な話ではないのだというその考えは十分に理解できる話であった。……一時期、私もギルド職員を経験していたから、その考えにはとても同意できたのである。
誰かの要求一つで簡単にポンポンとランクを上げていっては『ランク制度』そのものに意味がなくなるのだと。
ただ、逆にぽい男からすると、エアの様な存在が何故『白石』であるのかが信じられないのだろう。
それは『正当な評価をギルド側がしていないからだ。怠慢をしているからだ。』と思えてしまったのかもしれないという、そんな話であった。
だからまあ、両者の話は当初食い違っていた訳なのだが……。
両者は相談していく内に『実際に、筋骨隆々もエアの事を判断してみればいい』という方向で話をまとめたようで、突然こう言い出したのである──
「わーった。じゃあ、そのなんだ。そこの『白石』の鬼女。ちょっとこっちの訓練場に『剣』持って来い。俺が直々に相手してやる。それで判断し直しせばいい──」
──と。実質、ここで大事なのは『正当な評価をする事』であって、必ずしもランクを『金石』に上げなければいけないという話ではないのである。
なので、『筋骨隆々も戦ってみて判断する』と言うのであれば『ぽい男』も一応は納得できたのか、その表情には微笑みも浮かぶのであった……。
「──えっ?嫌だけどっ?」
「…………」
「…………」
……だがしかし、当然の様にその話には『エアの気持ち』が考慮されていなかった為、エアはきっぱりと否定を告げたのである。
──すると、そんな返答が来るとは想像もしていなかったのだろう。『筋骨隆々』と『ぽい男』は揃って口を開け、ちょっとだけ面白い感じに愕然とした表情を浮かべてしまうのであった……。
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