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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第56話 比。



 門が開き、人が列を成して、そこへと向かっていく。私とエアもそれに続いた。

 私達がこの街に来た目的は一つで、冒険者として登録する。ただそれだけである。

 今の所この周辺に危ない生き物がいる気配などはないので、冒険者としての登録が済んだらブラブラと散策しながら幾つか経験を積み、慣れたら次の場所に赴いてそこでまた狩りに励む。そんな生活をしていく予定である。



「楽しみだねっ!」



 エアは列に並んでいるこの瞬間も楽しそうだ。

 私はその言葉に頷きつつ、遥か昔の自分の姿とエアの事を重ねて見ていた。

 昔の私もこういう風に周りからは見えていたのだろうかと思うと、確かに忠告をしたくなる先輩冒険者達の気持ちも分かると言うもので、密かにその時の光景が胸の奥に蘇ってくる。


 『浮かれてんのは勝手だが、遊びに来てんじゃねえぞ?』と登録する前からそんな"潰し"を受けてしまった新人の私は、そこで固まった覚えがあるのだ。


 さて、この街にいる冒険者達は確りとエアに"潰し"を掛けてくれるだろうか。

 これは言わば冒険者としての洗礼や通過儀礼みたいなもので、ここで新人達は冒険者としての心得を最初に学ぶのである。

 この時、大体この役に選ばれるのは(いか)つい顔つきをした声の大きな大男というのが相場で、彼らは最大限に新人を威圧して冒険者の厳しさを教えてくれるのだ。

 因みに、彼らは自発的にやる場合もあれば、協会から密かに頼まれ任せられている者も居た。だが、私の時代では大体がみんなで適当にやっていたものである。なんせ自分達に迷惑をかける奴なのか、それとも肩を並べて戦う戦友になるのか、そのふるいにかけるのだから冒険者達もみな真剣にやるのである。



 まあ、もちろんエアには既に冒険者の心得は教えてあるので、その対処含めて間違える事はないだろう。この五年はそうした予習も含めて完璧である。まるである種の演劇の舞台に立つかのようなお決まりの台本を使っての寸劇、真剣にやり取りするからこそどこか面白いそんな一場面に、エアの足もどことなく逸っているように見えた。先ほどの『楽しみだね!』にはその意も含まれているのだろう。



 そうして私達は門に入る為に銀貨を払い、そのまま早速と街の中で冒険者の登録が出来る協会に向かう。今ではギルドなどと呼ぶらしいが、門にいる兵士達に粗方の場所を聞いていたのでそこまで迷うことなく私達は辿り着いた。



 時刻は夕方(・・)朝一(・・)に門を通過した事を考えれば、相対的に見て一日という範囲以内だし……まあそこまで迷ってはいないだろう。



「だから言ったでしょっ!あっちの道を曲がればもっと早く来れたのにっ!」



 そのまま門から直でギルドへと向かえば良かったのだが、エアは初めての街に興奮し、私は久々の街で買い足しておきたいものが幾つかあったので、二人であっちへフラフラこっちへフラフラしていたら、すっかり分からなくなってしまったのである。最終的には街の人に場所を何度も聞きながらこうして漸く辿り着いたという訳であった。


 ただ、着くのは遅れたが、その間に街の構造は頭に入ったので、宿屋や食事処などの位置は完璧である。現に、ギルドに来る前に今日の宿はもう押さえてあるので、夕方で焦って『早く宿を取らなければ、今夜寝る場所がない!』みたいなことにはならない。冒険者たるもの、その日の宿の確保は先にすべきであり、それをエアに教える為だったと思えば、この時間も決して無駄だったかと言えばそうとも言え──



「──いいから入ろっ!はやくっ!」



 そうして、私はエアに引っ張られるようにして冒険者ギルドの中へと入っていった。

 ただ、そこは見渡す限りどこも綺麗な場所で、一見したらどこかの商会かと私は思ってしまった。



「馬鹿な、床が汚くない……だと」



 冒険者の血や泥と飛交う酒瓶、良く分からない染みで最早どす黒くなり、微妙な油が浮かんでいてあれほど汚かった思い出の協会の床が、一面綺麗な灰色一色の石造りで統一されている。


 まさかと、あの一歩歩くだけで微妙な不快感を与えるヌチョッとした床じゃなく、一歩一歩が軽やかに足が進む事に私は驚きを覚えた。これを驚かずして何を驚く。……もしかして、上からなにかを塗って隠しているのでは?と疑ってしまい少し魔法で削ってみようかとも思ったが、エアはそんな事よりも登録の方がよっぽど大事だったらしく私は引っ張られてしまった。



「本日はどの様なご用件でしょうか?」



 見目麗しい若い女性の受付嬢がいる。おかしい。なんでこんな所に若い女性がいるのだろう。

 身内贔屓としてエアの可憐さには到底かなわないとは言え、美人な女性をこんなケダモノ達の巣窟に放り込むなど、いつから協会は人の心を失くしたのだろうか。

 まあ本人の希望という場合もあるし、早合点は良くない。今は経過観察に留めて登録を進める事にしよう。



 登録料として、数枚の銀貨を支払い、必要事項の記入が必要だとかで書類に自分の名前等を書きこんでいく。私の隣でエアも同じように五年で鍛えた学習能力を遺憾なく発揮し問題なく進めていった。


 ただ、私はその書類を書きながら、今居る受付のこの窓口に酷く違和感があった。

 今、私達が居るのは『新人用窓口』という場所なのだが、昔はこんなもの無かったのだ。

 昔は同じ窓口が幾つか並び、そこへ冒険者達は押し合いへし合い、時に隙を見て順番を割り込みながら、如何に早く窓口でやり取りをするかという戦いをよくしていたものだが、今はどの窓口にもそんな様子が見られない。

 みな番号札みたいなものを配られて、大人しく静かに呼ばれるまで建物内のソファーに座っていたり、仲間達と立って待っているのである。



 そもそも協会内に酒場が無い事にまず驚く。あのひたすら漂う酒の匂いと、誰かの吐しゃ音と濁声。怒鳴り声が絶えず鳴りやまないあの懐かしき協会内の光景は、いったいどこに行ってしまったのだろうか。

 昔は散々五月蠅くて嫌だと思っていたものだが、ないとなるとそれはそれで何となく寂しく感じてしまうものである。私も知らない間に、少し毒されていたと言う事なのだろうか。……んーむ、不思議なものだ。



「あの、すみませんが、得意な技術の欄が空白のままなのですけれど、本当にこのままで宜しいのですか?」



 受付の女性が私達の提出した書類を眺めながらそう尋ねて来たので、それに対して私達は頷きを返した。

 まあ、考えるまでもなく当たり前の事であろう。どこの世界に自分の飯のタネの技をひけらかす冒険者が居るのだと、昔ならその質問を聞いた瞬間に怒鳴り返す者がいてもおかしくない話だ。



 冒険者はそれぞれ切り札やあまり人に言えない特技などを隠し持つ者が多かった。そういう面から、冒険者はこういう時『得意な事はなんですか?』と聞かれても絶対に誰も答えないし、書類においては空白のまま提出するのがお約束なのである。



「……そ、そうですか。そうしますと新人の方々に斡旋させていただく仕事の内容には大部制限が課せられてしまいますが、それでも宜しいでしょうか?……それとも、先に専門的な施設で技術を学んでいただき、そこで資格を取って頂きますと以降ご紹介できるお仕事の幅が広くなりますので、先にそちら専門的な施設へとお進みになりますか?」



「…………」



 ……はい?あれ?もしかしてと思うが、今冒険者は仕事をここで斡旋されてからでないと働けないようになっているのだろうか?狩りをしてもその仕事に就いていなければ買取等も行ってくれないとか?

 私は受付嬢の言葉に多少の冷汗を感じた。冒険者の形態が少し変わったぐらいだとは思っていたが、まさか内容までもが私の知っているものとかなりかけ離れてしまっている可能性が出てきたのである。



「あ、いえ、魔物の素材等の買い取り等は別の窓口にて行っておりますし、狩りの仕事に就いていなくても買い取り自体は行えますが、……あの、見た所お二人とも武器ももっておられず、見た目も美しいので街中でのお仕事をご希望なのかと思ったのですが……違いましたか?」



 受付嬢にそう言われて、私達は確かに自分たちの格好を見てみた。……ビバ日常服やっほい!

 エアはおへその空いた普通の鬼人族の民族衣装だし、私も一応白いローブを着てはいるものの、その下は普通に街中を歩くような普段着である。……なるほど、見た目で判断されたのか。これはこちらが悪かったと言える。



「……すまなかった。このような格好だが、私達は二人とも狩りで生計を立てようと思っている。資格等も必要ない。仕事の斡旋も現状は大して興味がないからしないでいい。登録が済んだら買い取り用の窓口の場所だけ、教えて貰えると助かる」



 と私は受付嬢にそう告げた。危ない危ない。最低限買取がやっているのなら私の頃と同じように活動していけるだろう。それすらもダメだったら、エアに申し訳がたたないところであった。『この五年の意味は?』とか言われて泣かれていたかもしれない。……良かった。とりあえずは、ここは予定通り登録だけを済ませて、私達は狩りに向かうことにしよう。



「……あの、それなのですが、大変申し訳ございませんが、出来かねます」



「…………」



 ……ふむ???




またのお越しをお待ちしております。

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