第559話 花車。
「…………」
『人の浅ましさ』について思いながら、私はエア達の戦いを眺め続けて居た。
だがそうしていると、その瞬間にふと先ほど聞いたばかりの友の言葉が、急に頭へと浮かんで来たのである……。
それは『人』ならば、誰でも持ち得ていておかしくない『闇』の部分なのだと。
だから、当然の様に愛しき存在にもその『闇』は存在するのだと。
そして、その『闇』はちゃんと見てあげるべきもので、受け止めきれるものであると──。
そもそも、その『闇』は私にも存在していたものだ。
……いや、『人』ではなくなった今でも、きっとそれは形を変えて残っているものだった。
自分では普通だと思っている事が、時に誰かを傷つけてしまう事がある。
ここで言う『闇』とはそんな些細なものなのだから……。
そして、相手とのそんな価値観の違いを知ったからと言って──愛しき存在の『闇』を感じたからと言って──それだけで相手の全てを嫌いになる事は流石に行き過ぎた想いである様に私には感じられた。
冷静になれたのである。
「…………」
そもそも私は、今までエアの何を見て来たのだろうか。
……彼女のどんな姿を見守り続けてきたのだろうか。
昔からあの子は無邪気だっただろう。
……そんな事まで失念しかけていたのかもしれない。
冒険者として旅へと出るまでの五年と言う月日の間に、エアは様々な話を私からせがんだ。
あの時からずっとエアは無邪気なままに、貪欲にそんな話の数々に目を輝かせ、胸を弾ませていたのである。
それは決して、誰かを傷つけて喜びを得ているという浅ましい話では無かった筈だ。
勿論、得た『力』を自由に振るう事の喜びみたいな感覚はあったかもしれないが──。
どちらかと言うと、純粋に戦闘を楽しみ、人と人の関係性を楽しんでいただけなのである。
「…………」
だから、友の言う通りなのだ。
なので私も、もっとちゃんと『闇を視なければいけない』と思うのである。
『闇を視る』と言うのはなにも誰かの『残虐な部分を見つける』という話ではないのだから……。
そして『無邪気である』という言葉も、悪い部分がないという意味ではないのだ。
……その言葉は『素直である』という意味なのである。
──そう。エアは昔からそうであった。
真直ぐで愛らしく、自分の心に貪欲で、自由に駆けていく存在だ。
それがエアとはそう言う『人』であり、そう言う彼女の姿に私も魅せられてきたのである。
「…………」
それなのに私は、なんで今更になってこんな事を考えてしまっているのだろうか。
……『グダグダ』と誰かの粗探しをする様な事ばかりを考えてしまっていた自分が、無性に恥ずかしくなった。
己にある矮小な価値観と感性だけで、そんなエア達の行動の善し悪しを決めつけ、為人の判断までしかけてしまっていたのだ。
……『この人はこんな行動をするから、こういう人なんだ』と、誰かの一面を見ただけで、それがその人の全てである様な誤認をしてしまっていたのである。
私は冷静になり、それについて深く反省しなければいけないと思った。
……勿論、先ほど言った通り『力』の在り方については少々思う所もあるが──。
だからと言っても、相手の行動が自分の思い描いていたものとは違うからといって、それだけで相手の全てを否定してしまう事はやはり極端が過ぎると、今になって改めるのであった。
自分にとって都合のいい者しか認めない世界──それはきっと歪なのである。
「…………」
だから、きっとそれは私にとっての『闇』に当たる部分……なのだろうとは思う。
ただ、私はいつからこんなにも、『グダグダ』と何かを思い悩む様になってしまったのかとも思った。
……なにしろ、昔はもっと『サバサバ』していた気がするのだが、ここ最近の私は酷く女々しくなっている気がするのである。
こんな事、かつて冒険者として独りで旅をしていた間には考えた事もなかったのに……。
エア達と長い時間を共にする間に『いつしか芽生え』、友二人やその子供達と一緒に行動する様になって『急に育まれ始めた新たな感情』……とでも言えば良いのか、そんな複雑な心境であった。
そして、それが今は無性に歯痒く、同時に胸に痛くもあるのである。
──なんだろう?これも、言わば私の『心』の成長とでも言えるのだろうか?
「…………」
──だが、『……私が?今更になって?』とも思った。
なにしろ、もう私だっていい歳なのだ……。
友曰く『私達は生まれてから千年を超えているらしい』が?
それなのに、そんな私の『心』は未だそんな成長を許す程に、未熟であるという事なのだろうか……?
友二人は、既に『余生』について考え始めているというのに。
それを比べて思うと『私はなんて……』と、心が悶えそうになってしまうのだった……。
「…………」
同時に、友二人は『いったいどこまでを考えて』あの話をしてくれたのだろうかともふと思う。
そうして、尚更に私は二人に対して『尊敬』を強めたのであった……。
──因みに、その後のエア達の『剣』のみでの模擬戦は相手の動きに適応したエアが普通に圧倒する様になり、結果的に見知らぬその王子様然とした集団から私は謝罪を受ける事となったのだった……。
──だがまあ、案の定と言えば良いのか、その後も彼らには諦める様子など微塵も無い訳で……、私達はなんとも厄介な存在に目を付けられてしまったのだった。
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