第558話 口実。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
私達と同じく、余所から来たであろう王子様然としたその男性と周りの護衛達に対して、『発言の撤回と謝罪』を求めエアは突っかかってしまった。
まあ、エアからすると『ロムの悪口は聞き逃せない!』と言う怒りの感情に突き動かされたせいだとは思うのだが……エア、私はいいのだよ。戻っておいで──えっ?嫌だ?絶対に謝らせると?そ、そうか。
「…………」
何やら今回はいつも以上に頑固で、引く気がないという様子を見せている。
……どうやらこれは揉め事になるのは間違いない雰囲気であった。
当然、それにはレイオス達も直ぐに気づいている。
だが、彼らもどちらかと言えばエアの考えに賛成なのか、更に『これは学びにも丁度いい』とでも思っていそうで『ニヤニヤ』と静観の構えであった。
また、好奇心旺盛な双子達もそんなエアと王子様然とした集団の突然の衝突に、顔をキョロキョロと忙しそうに動かしては、わくわくしながら見つめている。
『──よし!ならば勝負をしようじゃないかっ!それで勝利した方が相手の要求を呑む!それでいかがかな?』
『いいよっ!剣技だけでの勝負ねっ!わたしが勝ったら貴方達にはロムに確りと謝って貰うからっ!』
『了解した。だが、逆にこちらが勝てば、貴女にはこちらに一緒に来てもらうぞ!』
『別になんでもいいよっ!勝つのはわたしだから──』
『──ほう、大した自信だな。それではいくぞっ!』
「…………」
──そしてそのまま何やら私の関係ない内にどうやら模擬戦をする事に決まったようで、その結果次第でエア達と彼らの言い争いに決着をつける事となったらしい。……そんな模擬戦が今、ちょうど始まりを告げた。
だから、どうやら私の出番ではないらしい。
……『止めたい』と思ったのは私だけで、お呼びではない事も分かったのだった。
──ただ、そんな戦いの様子を眺めながら、私はこの時間の意義を考え始めたのである。
……今、エア達はこの模擬戦に対して何の為に『力』を使おうとしているのだろうかと。
それとレイオス達は何の為の『学び』を双子達に教えようとしているのかを、ふと私は考えていた。
対して『王子様然とした集団』である彼らにしてもそうだ。
彼らが何者なのかはさて置き、彼らがエアの剣舞に魅せられた事で興味を持ったということは分かるのだが、それは良いとしても何故に私達へと近寄って来たのだろうか、その意味が私にはよく分からなかった。
彼らは何の為に『力』を使おうとしている?何を私達に伝えたいのだろうか?と。
恐らくはその『剣技』に拘りを見せていた事から、彼らも剣士達なのだろうとは思ったのだが、それがどうしたと言うのだろうか?と。
私の『剣』が『下手である事』など、どちらも認識している筈なのに、どうしてこういう状況になってしまうのだろうかと思ったのだ。……何でこんな揉め事にする意味があったのか?と。
勿論、『ロムが悪口を言われたから』と、エアが私を想ってくれて憤ってくれた事は嬉しいし、その気持ちは理解できたのだが、それがどうしてこんな争い(模擬戦での決着)になるのか、それが私にはいまいちよく分からなかったのだ。
「…………」
これを普通な事と捉えていいのだろうか?
相手側である彼らにしても、普段はあまり来ない場所へと今回偶々足を運んでしまっただけな雰囲気があるのだが、この場所の意義をちゃんと理解できていないのかもしれない。
なにしろ、私達が今居るこの場所は、本来女性や子供達でも和気あいあいと剣を振って楽しめる事を目的とした施設であり──そう言う『領域』なのである。
だから、ここでは別に『剣が下手でもいい筈の空間』なのだ。
それなのに何故、貶し貶されの言い争いになってしまうのだろう?
……ここは楽しむ場だった筈だ。誰かを元気にする為の場所なのである。
なのに、それにもかかわらず一切お構いなしなこの雰囲気はどうした事だ?
だから、皆が何をしているのかが分からな過ぎて……私は一人だけ取り残された気分がしていた……。
「…………」
彼らもエア達も血気盛んが過ぎる、とでも言えば良いのだろうか?
『剣』は武器であり、剣技は戦う術であり、剣士の矜持としてそれを巧みに扱う事と強さに誇りを持っていることは十分に理解できるのだが……何もそれを使って今ここで争わなくても良いとは思うのである。
それに、『剣』を活かし相手を倒す事に使いたい気持ちも分かるのだが……それは『力』の使い方として純粋にどうなのかとも思う。
なのに、その間違いを正す事も無く静観し続けていても良いのだろうか?
一緒になって楽しそうに眺めてはいるのだが……レイオスも、ティリアも、双子達にこの『教え』をしてしまっていいのか?
……結局、誰もが『剣』を、ただの『戦う道具』であるとしか見ていないという事なのだろうか。
これは別に『剣舞場』だから『剣舞』の美麗さで競い合えと言っている訳でもないのである。
そもそもの話、誰かと競い合ってその優劣に喜びや決着を見出す事の意が……私には少々理解に苦しむ話であった。
「…………」
……勿論、私だって誰かが頑張る姿を見るのは好きなのだ。
上手くなろうとする為に努力するエア達の姿は愛おしくてたまらなくなる程である。
……だが、こうしてただただ自分の意見を通すためだけに『力』を振り翳す事の意味が分からなかった。
その『力』はその為にあったのか?その為に努力したのか?と──思わずそう問いたくもなる。
……因みに、これはなにも綺麗事を言いたいわけではなかった。
そもそも、その模擬戦に勝つ事で得られる利とはなんだ?
『私が悪口を言われたから』その謝罪の為に必要だから?
……だが、別に私はそんな彼らの事などなんとも思っていないし、彼らがなんと言おうが少しも気にしていないのである。だから、謝られてもこれっぽっちも嬉しくない。
それにもし、彼らが考えを拗らせて面倒な敵として私達の前に立ちふさがってきたのならば、その時は消せば済む話なのだ。……その方が余程に早いし確実だと私は思うのである。
「…………」
……そんな私の考えも、間違っているのだろうか?
エア達は、命の取り合いまではしたくないからこそ、こうして穏便な方法を取っていると?
だが、その穏便な方法として互いの力を見せ合う事、競い合う事で済ませようとしている彼らは凄く歪ではないのか?
そんなもので簡単に変わる位の意見や、その勝敗で相手に強制させるだけの謝罪に……はたしてどんな意味があると?
それともただ、エアもまた自分の『力』を相手にひけらかし、自己満足に浸りたかったのだろうか?
私への悪口が許せなかったと言うのも……ただ単に争う為の口実が欲しかったからなのか?
──ならば、はたしてこの戦いで得られるものとは、いったい何なのであろう。
「…………」
……誰かを傷つける事で、満足を覚えるエアの姿は……正直見たくないと思った。
──ただ、そうして目の前で真剣に『剣』を交えている『人同士』の争いを見つめながらも、私はその無意味さを密かに思ってしまうのであった……。
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