第556話 内疎。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
エアが『聖人ではない』と語ったレイオスの話は……正直、ポンコツ気味な私には微妙に分かり難い話ではあった。
なにしろ、冒険者として活動する上で『生きる事』とは綺麗事ばかりではない事を知っているのだ。
散々泥を這いずり回りながら生きながらえて来た訳で、そこには綺麗事ばかりでは済まない事など沢山あったのである。
それはもう当たり前過ぎた話でもあり、そんな大変だった話はちゃんとエアにも共有してきたし、既に私達は十分にそれを理解出来ていると思ったからであった。
だから、最初は『何を今更……』と首を傾げながら彼の話を聞いていた訳なのだが……。
「…………」
……だが、どうやら彼の本当に伝えたい事は、それとはまた少し違う所にあるのかもしれないと、その途中で私は気付けたのだった。
──と言うのも、レイオスは私に『力』とは使い方次第である事と、そして『物の見方』を変えるとその『力』には別の活かし方が見つかるかもしれない事、それから『人』に対して『物の見方』を変えるとそこには『別の力』が存在するかもしれない事を、伝えたかったのではないかと私は思ったのである。
それはつまり、彼が『人』の色々な側面を身近で見て来たからこそ言える話であり、『人』にある基本的な浅ましさや『人』が妬んだり羨んだりする感情もまた在って然るべきの一面に過ぎないのだと言いたかったのではないだろうか。
そして、その側面は誰にでも当てはまる事なので当然エアにも双子達にも該当する訳である。
──だから要は、幾らあの子達が賢くて、愛らしくて、眩く見えても、暗い部分もまたその中にはちゃんと存在する事を忘れないようにしようと彼は言っているのだ。
そして、それは『人』の一面に過ぎないのだから嫌わないであげて欲しいと。
絶対に暗い部分があるとは言わないが、あって当然なのだからと。
そんな『理想と現実の話』とでも言えばいいのだろうか。
私がエアの綺麗な部分ばかりを見ていて、それを彼女の全てである様に感じているかもしれないが、それはきっと彼女の一面にしか過ぎないのだと。
だから、ちゃんと他の一面にも目を向け、気付ける様になっていこうと。
そもそも、お前はあまりにも美化し過ぎていると。
彼女にも嫌な部分はちゃんとあるんだぞと。
そして、そんな彼女にもまたお前のそんな嫌な部分、ダメな部分をちゃんと見せておけと。
そんな一面に対して、余所見や無視をしないで、ちゃんと見つめ合う事も時には大事なんだと。
その上でもしも、実際に彼女のそんな嫌な姿と向き合った時にも、受け入れてあげられる様になれと。
……押し潰されそうになっている時には、すぐに助けに入れるようにと。
「…………」
……恐らくでしかないけれど、そんな『想い』がそこには込められていたんじゃないかと私は思ったのだ。まあ、言わば妄想に近しい事である。
だが、不器用な私としては、人一倍の時間をかけて少しずつそれを察していくしかなかった。
──それにもしかしたら、彼から見えているエアと、私から見えているエアにはそれだけの違いがあるのかもしれないと思ったのだ。
……いや、もしかしたらここ暫くのエアの鬼気迫る頑張る姿を見ていて、レイオス達には密かに思う所があったのだろう。
兎にも角にも、凄く心配してくれていた事が今更ながらに凄く伝わって来たのである。
それに、その心配をエア本人や双子達には気づかれないようにと、こんな回りくどい手法まで使って彼はこっそりと伝えに来てくれたのだ。本当ならば話し難い話でもあっただろうに、不器用な私になんとか伝えようと真剣に頑張ってくれたのだと思う。
「…………」
まあ、きっとその話自体はレイオス達にとっても決して無関係ではなかった部分もあるのだろう。
彼からすると光の様に眩く感じている双子達に対して、私がエアに対して思うのと近しい感情を抱いていたのかもしれない。
『はじめてのたび』に出ると決めたそもそもの理由としても、双子達にはそんな『人』の嫌な一面を早いうちから確りと見せておき、耐性もつけてあげたかったと言う話をしていた様にも思う。
なので、そうする事によって、『もしあの子達が自分の中にある(かもしれない)嫌な部分に気づいたとしても、それを上手く受け止められる様に。愛せる様に。愛される様に……』と友二人は考えたのかもしれない……。
「…………」
彼には彼の見ている視点があり、大事にしたい想いがある。
その光は、私では抱けない光なのだと感じた……。
ただ、そんな友の行いを感じて私が思うのは──
『レイオスが私を双子達やエアよりも眩いと言ってくれたが……私からすると君やティリアの方が余程に眩い』という事と、『……友よ。今一度、いや、何度でも私は君達を尊敬する』と言う──そんな『敬愛』であった。
「…………」
……まあ結局は、彼も言っていた事だけれども『隣の芝生は青く見える』と言う話の延長線上だったのかもしれない。
実際、レイオスはレイオスで私の事を少し美化しがちな部分がある様にも思えるし、正直どっちもどっちな話ではある気がした。
ただ、彼らのその『さり気無い優しさ』と『あたたかな想い』にはいつも嬉しさを覚える。
……それにきっと私にだけではなく、ちゃんとエアの方にもティリアが密かに話をしてくれているのではないだろうか。
──恐らくだけれど、そんな気がしたのだ。
……だからほんとあの友二人には、どれだけ見方を変えたとしても頭が下がる想いである。
感謝しかなかった──
「──いつも、あり」
「──ん?」
「……んっ、あ、いや。なんでもない」
「そうか?──おっ!見ろロム、エアさんの真似してうちの子達も一緒に剣舞を始めたぞ。うんうん、上手に出来てる!やはりうちの子達は何をやらせても才能を感じるなぁ……お前もそう思わないかロム?」
「……ああ、間違いない」
──自然と漏れ掛けた私の感謝の言葉は、レイオスの反応の良さによって途中で途切れてしまった。……でも、途中で途切れて良かった気もする。今更そんな真剣な感謝を伝えるのは少しだけ気恥ずかしいのである。
それに、彼の幸せそうな時間を邪魔する事もあるまいと思った。
『お礼』はまた心の中で沢山告げておくとしよう……。
「…………」
……それに私には、もっと目を向けるべきものがあると知ったばかりなのだ。
だから、この日をきっかけに、私はレイオス達が伝えてくれたエアの中にもあるかもしれないという『闇』へと、よりよく向き合っていく事に決めたのであった──。
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