第554話 抱。
男同士の道端の会談はそうしてそっと幕を閉じたのだ。
それは普段ならば聞けなかった話であり、友二人の苦い昔の思い出を聞けた貴重な時間であった。
……『仇』に対して思う所は未だあるものの、暗い気持ちを抱き続けるよりもレイオスとティリアは確りと前を向いて愛を抱く事を選んだのだと。
そして、その選択をした事を今では満足しているのだと。
……まあ、『過去』をいきなり晒された様に感じて、少しだけ驚いてはしまったらしいが『俺達は平気だから。お前もあまり心配し過ぎなくて平気だぞ』と、ちゃんと釘も刺されてしまったのである。
それに、彼が話したのであれば私も続いた方がいいのかと思い──私が己に対して『視野が狭くなってしまっているのでは?』と疑念を抱いている事を少し相談してみたりもしたのだが、そうすると逆にレイオスからはこう返されてしまったのだった……。
『──ロム、お前の視野が狭い訳ないだろうが』と。
『逆に広くを見過ぎて足元が疎かになったり、身近な存在を希薄に感じたりしない様に気を付けた方がいいぞ』と。
『精霊達の事を大事に想うのは素敵な事だと思うが……できるならば、もう少し『人』の事にも目を向けてあげて欲しい』と。
それから──
「……なあロム、明日は俺と剣だけで戦ってみないか?」
──と、そんな事まで言ってくれたのだった。……ん?
だが、そうすると当然の話の流れと言うか──私も思わず『ああ。了解した』とその場は流れで素直に頷き受け入れてしまった訳なのだが……。
「……よくよく考えたら、なんでいきなり私はレイオスと戦う事になったのだ?」
……互いに相談事をしていただけと言うか、ただ単に話を聞いてもらっていただけの筈なのに──気がつけばそんな事になっていて驚いてしまったのだ。まんまと友の口車に乗せられてしまい何故だか戦う事になってしまいたのである。
そしてその翌朝、再度『剣舞場』へと訪れた私達は、自然流れで模擬戦と言う形式で剣をもち相対している訳なのである。
正直、またも『……どうしてこうなった?』とは思ったが、レイオスを筆頭に双子もティリアもエアまで楽し気に観戦しているので今更否定できる雰囲気ではなかったのだ。
それも……聞けば、魔法なしの純粋な剣技のみの模擬戦だというが。……えーっと?それだと私、ボコボコにされる気しかしないのだが──?
「──まあまあ、いいじゃないかロム。偶にはもっとカッコ悪い姿も見せてくれ。そうすると周りが安心できる。……それに、実は昨日の話をきっかけにして、ちょっとだけ父の威厳を子供達にも示しておきたくなってな。協力してくれると助かる──」
──と、どうやら何かしらレイオスにも思う所があるそうで、双子達に『戦う父の背中』を見せておきたくなったという話でもあった。
まあ、レイオスとしても私をボコボコにできると思っているのは間違いないのか、いつも以上に表情は余裕そうだし、『ニヤリ』と嬉しそうに微笑んでも視える。……わ、悪い笑顔だ。悪い笑顔をしているぞあの男。
……でも、本当に魔力も使ってはだめなのだろうか?え?やっぱりダメか?そうか。
当然、『武器を浮かす』のも例の昔の事を思い出すからダメだと──でもそうすると私、本当に不器用で、普通の剣技だと本当に戦いにならないと思うのだが……え?それで良いの?本当に?なんならエアの方がいい訓練に──
「──いやいや、エアさんでは俺が負けてしまうだろう。お前じゃなきゃダメなんだロム」
……そんな事を言われても、全然嬉しくないのだが?
「それに、エアさんだってお前の格好悪い所はもっと見たいんじゃないか?──と言うか、お前のことならなんでも喜ぶと思うぞあの子は。お前の知らない一面をまた見られるんだからな……」
「…………」
うーむ……なんで私が格好の悪い姿を見せると周りが安心できるのかは分からないが──確かに、知らない一面を見る喜びみたいな感情は私でも十分に理解出来る。
ならばまあ、実際にエアも楽しそうに観戦している訳だし、私もこうして相対すると返事をしてしまった以上はやるしかないだろうとは思った。……だが、出来るだけお手柔らかにお願いしますね。
「──いや、ここは剣技で『人』を魅せる場所らしいからな。全力じゃないと意味がない。じゃないと観客も湧かないだろう?」
「…………」
……えっとー?ここは『剣舞場』の中とは言っても舞台がある方ではなく、普通に周りで女性や子供達が和気あいあいとしている方の施設なのである。
だから、観客とは言っても近くにいるエア達しか私達を見ている者もいないのだが……。
──まあ、良い。レイオスがそこまで言うのであれば、本気である事はもう分かった。
だがしかし、そうと決まれば、逆に来るなら気合を入れて来るのだなレイオスよ。
さもなくば、私が冒険者として培った一撃必殺の剣技をその身体で知る事になるぞ……。
「……そうか。それは楽しみだな」
「…………」
──そうして、私は訓練用の木刀を大上段にゆっくりと構えると、同じ様に剣を携えているレイオスと相対し、彼が攻めて来るのをジッと待ち構える事にしたのであった。
……さあ、こちらの準備は整ったぞレイオス!いつでも掛かって来るがいい!私の剣技の数々(一種類)で目にもの魅せてくれるッ!!
あっ、因みにだが、一度構えたら振り下ろす事しか出来ないので、ここから移動する事は出来なかったりはする。
『──だから、どうかそちらから攻めて来てください……』と内心でお願いし続ける私なのであった。
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