第553話 応報。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
いきなりな話になってしまうが──『視野が狭い』と聞いて、まず思い浮かべる事はなんだろうか。
その言葉のまま、『目に見える範囲』や『気を配れる範囲』の事を考えるだろうか。
それとも、『考え方が固執していたり、自分本位で周りの意見に耳を貸さない』事を思うだろうか。
……もしくは、それら全てが合わさった時か。
だが、そのいずれであったとしても、それはあまりにも漠然とした表現ではあった。
なにしろ、そこには明確な決まりなどないからである。
どこからが『視野が広い』と言えるのか、反対にどこからが『視野が狭い』となるのか、その判断基準は各々の感覚に頼るしかないのだ。
なので、言ってみれば『視野が狭い者』からすると、どうして『これ以上視野を広げる必要があるのか?』と疑問を浮かべる事も少なくはないだろう。
『……自分はちゃんと広く見れているのだから、今のままでもいいじゃないか』と……。
そして、そんな個々の捉え方の差が、どれだけ違うのか明確ではないからこそ──『人』と『人』とは異なる物の見方をするのだと思う。
それは敢えて話に出すまでもないのだが、明確ではないからこそ、その感覚の差を埋めるのは言葉で説明するだけでは修正したり合わせたりが困難になっていると私は感じるのである。
──つまりは、それこそが『争い』のきっかけにもなっているのではと私は思うのだった。
「…………」
……ただ、これは別に『視野が狭い』事を責めたり、誰かが悪いという話をしたい訳でもなかった。考え方と同じく、それは人ぞれぞれ違うのだから、仕方がない事だと私は思う。
だが、『性質変化』を行なえる様になってからは時々思う事もあるのだ。
これがもしも、『色や数値』などで明確にその違いを認識できていたのならば──『人』と『人』はもっと理解し合う事は容易だったのではないだろうかと……私はそんな事を漠然と考えてしまうのだった。
『──実はな、ロム達には内緒にしていた事だが……俺とティリアは当初、復讐を考えていたんだ……』
……そして劇の終わり、楽しんだ双子達やエアとは違って、友二人の方は『楽しかった』と言いながらも、実際は別の事を考えていそうな雰囲気だった。私はそれに直ぐ気づいてしまったのである。
二人は暗い表情を見せない様にしていたが、なんとなく伝わって来てしまった。
そこで、その日の夜に、『里』この宿に一泊する事になった後、深夜一人静に外へと抜け出していった友レイオスの後を『……どうしたのだろうか?』と思いながら追いかけた先で、私は彼のそんな言葉を聞いたのだった。
──因みに、彼の方も既に『私に悟られた』事を感じていたのか、話す気満々で待ちかまえていたのである……。
「…………」
……そうしてまた夜闇の中、月明かりが偶々照らしているだけの何の事はないただの道の途中で、レイオスはかつての『戦争の話』と『仇の存在』について、私に詳しく教えてくれたのだった。
私としては彼らが無事であった事ばかりが喜ばしくて、それ以上の事は大まかにしか聞いてはいなかったのだが──『争いに敗れた』レイオスとティリアには当然、その仇となる『敵の存在』があったのだと。
……ただ、あの頃の二人もあまり余裕があるとは言えず、肉体的にも精神的にも厳しい時分だった事は間違いない。
だから、敵についても『よく覚えていない』と言って、誰に敗れたのか分からない程の激戦があったのだと、相手が何をして来たのか明確に何をされたのかが全く分からなかったと、それ以外は話してくれなかったのだ。
──だがその実、彼らはちゃんと覚えていたという事なのだろう。
彼らの国の王が、海の見える岬の小屋で眠る事になったその理由を……。
「──いや、誰にやられたのかまでは本当に分からなかったんだ。それほどまでに敵はやり手だった。……なにしろ突然、落ちていた剣が急に動き出したかと思うと、気づいた時には周りもティリアの左腕も切り飛ばされた後だったから」
「…………」
『地面に落ちていた筈の剣がいきなり浮遊して、突如として攻撃してきた』……言葉にすれば何とも単純に聞こえるかもしれないが、それを相手に気づかせないように扱い、戦力の要でもあったティリア達を正確に捉えたその技量はレイオスの言う通り『やり手』であることを容易に感じさせた。
……それも、『仇が誰なのか』を正確に悟らせない様にしている事も尚更に厄介だったのだと。
それのせいで、今の今までレイオスとティリアは『相手の情報』を殆ど知る事さえ叶わなかったというのである。
要は、二人は一度は『復讐』を考えながらも、その為結局は『諦める道』を選ぶしかなかったらしい。
「……だが、きっとその選択で『良かったのだ』と俺達は思ったんだ。助けに来てくれた幼馴染を泥沼に巻き込む事も無かったし、直ぐに前を向き歩き出す事も出来た。俺はティリアを愛する事だけを考え。おかげで宝石よりも眩いレティエとレティロと言う尊い存在も得られた。ティリアも幸せそうに笑える様になったんだ。……残りの時間も、もうあの子達の為にだけ使うと確約もしている。だから今更、他の事に惑わされる事などないんだ。──そう決心して俺達は旅に出た……それなのに──」
──今更、『そんな復讐相手の情報を、まさか演劇の中で知る事になるとは思いもしなかった』と、レイオスは苦笑しながら語ったのである。
「…………」
本日の演目にあったのは『とある男女二人の冒険者の話』であった。
……その男女の冒険者は色々な大陸を行き交い、多くの人達を救い、様々な依頼を受け、時に侵略戦争でも防衛戦力として大活躍をしたらしい。
──当然、その活躍した戦争と言うのは、一つの大陸の覇権を握ろうとした王とその支えであった友二人が大敗した戦いだ。……彼らが色々なものを失った争いであり、岬の小屋へと逃げるに至った原因でもあった……。
そして、劇の中ではそんな二人の男女の冒険譚の一部として、『剣舞士の始祖の五人』とも知り合いであった事や、同じ『師』の元、一時期は『剣闘場』で互いに高め合っていたという話もあったのだ。
また、その『浮かべた剣を自在に操る技』や『魔法の精密性』にかけては、まさに並ぶ者無しとも言える程で──『天稟』の名は二人の代名詞にもなっているとかいないとか……。
そんな伝説的な『金石の冒険者』として、また『始祖の五人』と並び立つくらいに有名な冒険者の逸話として演じられたその劇の内容はとても良いものではあったのだが──当然、それを観たレイオスとティリアの感想としては内心凄く複雑であったらしい……。
「…………」
「……なんとも、皮肉な話だよな」
……ただ、そう言いつつ再度苦笑しているレイオスは、難しそうな表情をしながらも肩を竦めると夜空をただただ見上げるだけであった。そこには怒りなどなく、諦念が漂っている。
恐らくは、『始祖の五人』と同じ『師』であったという部分から、既にその男女の冒険者が私やエアと知り合いであった事も察しているだろうに……。そんな私に対してレイオスは『相手の情報が欲しい』とは一言も尋ねて来る事はなかったのだ。
彼のその雰囲気は、既に先も言った通り『今更な出来事だから……』と、『過去』である事を強調している様に感じた。
『ロム達が始祖五人やその男女の冒険者とどのような関係だろうとも関係ないんだ』と。
『そりゃ流石に演目を観ている間は吃驚したり昔を思い出してしまったりもしたが、もう俺達の『道』は定まっているんだから』と。
『だから俺達も気にしないから、お前も気にすんなよ。それだけが言いたかったんだ』と。
そんな彼の優しさを感じ、私はまた少しだけ胸が痛くなるのを感じた。
『そんなつもりは無かったのに、結果的に巡り巡って友二人を傷つけてしまっていた事』をそっと思う……。
「…………」
そうして、自らの『視野の狭さ』を改めて考えながら……。
私もまた、そんな彼の隣で同様に夜空を見上げるのであった──。
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