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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第547話 晴雲。




 サラッと『寿命』の話を打ち明けて来たレイオスに、私はとても胸の奥が痛んだ。

 ……正直、歩きながらする話の内容では無いだろうと思わずにはいられなかったのだが。



 それも『はじめてのたび』の不思議な効力と言えるのか──ここ暫く『ハラハラとドキドキ』が続いていたせいで、自然とそんな痛みにも慣れてもう治まって来たのを感じる。

 ……まさか、最初からこれを見越して?いやまさかな。



 だが、そんな話をして来た当の本人は全然気にした様子も見せず、ただただ真直ぐ前を向くと、旅を楽しんでいる好奇心旺盛なレティエとレティロの後姿を見つめながら、その他にも色々と話をしてくれたのだった。



 『──あの子達には、この旅の間に大きな街の様子などを見せておきたい。『人』が沢山存在する事とそこには様々な問題がある事をちゃんと教えておきたいんだ』と。


 『もしも安全な『大樹の森』から出て、外で生きる道を選んだとしても困らない様に。あの子達がちゃんと対処できるだけの『知識』と『力』も与えておきたい』と。



 『人の世界をそれなりに深く知っている俺とティリアだからこそ教えてあげられる事は多いだろう』と。


 『ティリアは良き伴侶と出会う為にはこうした方がいいと、まだ幼い双子に恋愛の伝授もしたがっていた……』と。


 『俺としてはあの子達にはまだそんな話は早すぎると思っているのだが……』と。



 そんな何とも微笑ましい話も交える彼の顔は、すっかりと父親のそれになっており、子供の話をしているだけでとても幸せそうだった。


 ただ、なんだかよくわからないままでいる私は、半ば流されるままにそんな彼の話に聴き入っている。

 だが、それも暫く話を聴き続けていると、次第に私にもレイオスの狙いが何なのか少しだけ分かった気がしてきたのだ……。



「…………」



 ……と言うのも、遠回しにだが『差異』を超えるだけの時間が自分達にはない事を、彼は私に伝えようとしているのに途中で気づいたのである。


 『耳長族(エルフ)』は長命ではあるが、その分比較して成長が『人』の中では遅い方であった。


 だから、私が数百年を訓練に費やしたように、彼らも同じだけの訓練をしなければ『差異』は超えられない。だが、彼らにはその残された時間がもう少なくて到底無理だという話をしたいんだろうと私は察したのである。



 ……あの海の見える岬の小屋に辿り着いた時点で、彼らの『道筋』は定まってしまっていたのだと。


 だが、友二人は極力自分達の『寿命』について、私達や子供達には悟らせたくない方針だったらしい。

 それはきっと私達が必要以上に悲しまなくても済むように、ずっと気を遣ってくれていたのだろう。



「…………」



 『……いやいや、話してくれ』と私は思ったが。

 ──友二人からすると、話したくないという気持ちの方が強かったのだろうなとも思う。


 それに、途中でレイオスも少し口を滑らせ、ぶっちゃけたのだが、最初から『普通の生き方』で構わないと思っていたそうだ。


 もっと言うならば、『千年、それだけ生きられたのならばもう充分だ』と、レイオスとティリアは思ったらしい。


 だから、もしも時間が残っていたとしても『差異』へと至るつもりはそもそも無かったのだと。


 『人』の世界で多くの者達と関わって来た二人は、『寿命』と言う仕組みが自然な事だと受け止めていた。その中に自分達もあるべきだと考えたのだ。



 永遠に近しい命など要らない。それが必要なのはそれだけの使命を背負う者だけでいいのだと。

 自分達は『愛する人と子供達、そして友の幸せが見守れるだけで満足なんだ』と、彼は語っていた。



 ──それに、『差異』を超えるのは『普通に無理そうだ』とも思っていたらしい。



 余程の才能と『心の強さ』がなければ、そこに至るのは辛いばかりだろうと。

 レイオスやティリアから見ると、その道は苦難が過ぎると感じたそうだ。



 ……まあ、私も『実際に今からまた一から始めて数百年をかけて訓練をし直せ』と言われたら『うむ、面倒だな』と思ってしまうかもしれないし、その感覚は理解出来なくも無かった。


 それは決して誰にでもできる事ではないと。同じエルフだとしても無理なものは無理なんだと。

 そう思ったレイオス達の感覚は間違いではないと思う。


 だから、『それを成し遂げたロム達が本当に素晴らしいのだ』と、褒めてくれた彼の言葉を素直に受け取る事にした。余計な口は挟まなかった。



 『俺達は、良くも悪くも普通のエルフに過ぎなかった。……だから、最後まで普通の生き方をしたいのだ』と。


 そう考えたレイオス達は、残った時間を『レティエとレティロ』の幸せの為に使うと決めたらしい。


 だから、この『はじめてのたび』も、出来る限り皆で一緒に思いっきり楽しめるものにしたいのだと。

 こんな話を歩きながらしているのも、なるべく暗い話はしたくなかったからだと。



 ロムの様に何か大きな事を成し遂げる事は出来なさそうだが、ささやかでも大切な『一生の思い出』をあの子達に作ってあげたかったのだと。


 俺達が居なくなった後も寂しくない様に、思い返せばいつでも心が温かくなるくらいに、沢山の愛情を込めたいのだと。



 その清々しい表情に陰りなどはなく、レイオスは前だけを見つめていた。



「──それに、まだ十年近くは生きるつもりだ。……俺達からするとあっという間に感じる時間の流れかも知れないが、それでもあの子達が成長する姿をある程度までは見届ける事が出来るだろう。──あの子達がこの先どんな風に大きくなっていくのか、俺はそれを想うだけで『ワクワク』が止まらない。楽しみで仕方がないよ、ロム」


「……うむ。そうだな」 


「ロム、俺達はとても幸せなんだ。きっとそれは最後の時まで変わらない」


「……うむ」


「それにあの子達が居れば、俺達が居なくなったとしても、お前も寂しくは無いだろう?」


「…………」


「──あっ、いやすまん。今のはなしだ。俺は俺、ティリアはティリア、あの子達はあの子達だな。……もし逆の立場で、同じ事を言われた場面を想像したら『ロムに変わる奴はいない』と俺は答えた気がする。だから、怒らないでくれ」


「……怒ってなどいないが?」


「……そうか?それならば良かった──」



 ──と言いつつ、少しだけ申し訳なさそうに微笑むレイオスを見ていると、なんだかそれだけで『怒りも悲しみ』も自然と霧散していくような気がした。



 最初はどうかと思ったけれども、結局は歩きながらで正解だったのかもしれないと今更ながらに思う。

 ……危ない危ない。もしもこれが夜の静けさの中で聴かされる話だったならば、悲しみに沈んでいたかもしれなかったのだ。


 もしやレイオスはそこまで考えて、気を遣ってくれたのか?

 ……いや、流石に考え過ぎか──。



「──レイオス」


「ん?」


「良い旅にしよう」



 ……とにかく、彼の話を聴いて素直に思ったのがそれであった。



「──ああ!そうだな!思い出に残る良き旅にしたい!……あと出来る事ならば、その為にロムの作った雷石──だったか?あれも使って色々な光景も一緒に残しておきたいんだが、それもいいか?」


「うむ。『雷石改』だな。沢山準備しておく」


「よし。ティリアも前からアレには興味があったらしいからきっと喜ぶぞ。……そうだロム、今日の夜営地なんだが、少しだけ良い風景の場所あれば──」


「──うむ、分かった。少し探っておくとしよう」


「助かる。友よ──」



 ──その時のレイオスの嬉しそうな表情は、恐らく私は二度と忘れないだろう。

 ……それは、『雷石改』が必要ない程に、とても印象深い記憶に残る良い笑顔であった。




またのお越しをお待ちしております。

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