第543話 誉。
「うわーー、すごいよーっ!」
「やー、つめたいーっ!」
「まったく、前々からとんでもない存在だと思っていたけど、まさか船も使わずに飛んで大陸間を移動しているなんて思わなかったわっ!そもそも幾ら国境間の移動が楽な冒険者だからと言って、どこでも自由に行っていいってわけじゃ──」
「まあまあ、ティリア。この『はじめてのたび』の目的はレティエとレティロの情操教育の一環だと言っただろう?安全な森だけではなく、この世には色々な危険が潜んでいることも子供達には教えておきたいのだと。だから、それを教える上でこれほど安全面が配慮された環境は中々にない筈だ。有難いと俺は思う」
「……そうね。確かにそれは分かるわ。わたしも一般的な移動だと今の時勢的に色々と不都合な事がある事は知っているけど。──ただ、そうは言っても流石にこんな風に海の上を『土の家』に乗って移動するなんて、レイオスも規格外過ぎると思わない?……逆にこれじゃあの子達の一般常識が狂ってしまわない?」
「……う、その否定はし難いが。──だが、ロムのする事だしなぁ」
「……そ、そうよねぇ。ロムのする事なのよねぇ」
『おっ、なんか新鮮な反応だな』『──頑張って!その感覚を大事にして!』
『……今更?』『……そうですよね。最近じゃエアちゃんもあの方と同じ道を歩む決意をしてしまったのでこれが日常になってましたけど……きっと違うんですよね。わたし達もすっかりあの方の毒牙にかかって──』
「…………」
──なにやら後方で色々と何やら失礼な事を言われている気がしないでもないが、今の私はエアのフォローに集中したいので気にしない事にした。
現状、私とエアはレイオスとティリア夫妻、そして双子のレティエとレティロと共に海を移動しており『第三の大樹の森』がある大陸へと向かっている最中である。
今回、双子達の『はじめてのたび』を目的としたちょっとしたお散歩計画をする事になったのだが、本格的な旅を始める前に手始めとして海を見せて双子の様子を確認している所だったのだが……今の所、何も問題なさそうだ。
レティエとレティロは『初めて目にする海』を感じて大はしゃぎしていた。
その広大さは勿論の事、色や匂い、冷たさや感触、その全てを全力で感じている様に視える。
……エアも少し前まではこんな感じだったなぁと、そんな二人の姿に私はかつての『川を見て魚を取るのに走り回っていた頃のエア』の姿を重ねながら、二倍の微笑ましさを感じていた。
「──うぐぐぐ……」
──ただその当の本人は今とても頑張っている最中なので、そんな双子達の様子を見て楽しむ余裕はあまりなさそうであった。
……と言うのも今回、私達はいつも通り大陸間を『土ハウス』乗って海の上を移動している訳なのだが──実は今、その操作をしているのはエアなのである。
『土ハウス』は意外と単純に中にいる者達を浮かべている訳ではなく、その周りにある家側だけを浮かべて、尚且つ波の流れに逆らわず適度に海面と接している状態を保たねばならない為に、常に変化する波に合わせて重量のある家の状態維持をするのが見た目以上に大変な魔法なのだ。
それも、大陸間と言う長きにおいて絶えず消費し続ける魔力量は尋常ではなく──多すぎても少なすぎてもいけない安定する魔力量だけを常に放出しなければいけない──繊細な魔力操作が求められるのである。
……まあ、訓練とする事を考えればかなり鍛えられる事は間違いないだろう。
「…………」
それを今回、エアは自らやりたいと言い出したのだった。
勿論、私達はそれに二つ返事で了承を返したのである。
既に魔法使いの技量としてはレイオス達よりも上をいくであろうエアの『力』を私達は信じた。
……それに、万が一の場合は私が支えに入る事にもなっているので事故は起こらない様になっている。
今の所、私のそんな支えは全く必要なさそうな位、エアは凄い頑張っていた。
私の『魔力生成』も同時進行でやらなければいけないので、移動自体はかなり緩やかにしなければいけないのだが、その要求にもエアはちゃんと応えてくれている。
相応に難易度も高くなっている筈なのだが、それでもここまで出来ているエアを私は誇らしく想った……。
「……エア、食事の間だけでも私が代ろうか?」
「ううん、だいじょうぶっ!──でも、水だけ飲みたい。のど乾いちゃったっ!」
「……分かった。──置いておくぞ」
「うんっ!ありがとっ!……ぷはーっ、お水美味しいーっ!」
……時折、魔法に集中しながら『うぐぐぐ』と唸っているエアの姿を見ていると、色々と思う所はある。
内心、『もっと何かしてあげられる事があればいいのだが……』と、歯痒くもなった……。
だが、そうであっても、これまでと同じく私はその成長を見守る事に徹しようとは思う。
エアの熱意を感じると、余計な手出しは控えるべきなのだろうと……。
「エア」
「……うん?」
「良い調子だ」
「──うんっ!見ててっ!」
「ああ」
……だが、気づいたら少しだけ、そんな言葉が私の口から漏れ出てしまっていた。
邪魔をしてしまったかと思ったが、エアは私のそんな言葉を聞くと花が咲いた様な笑顔を返してくれたので、『ホッ』している。
『……頑張っては欲しい。──けれど、無理はして欲しくない』
──と、エアの頑張る姿を見守っていたら、思わずそんな気持ちで『心』が溢れてしまった。
努力は必ず報われるわけではないが、報われて欲しいと思う努力をしている人が目の前にいる。
昔も今も、色々な意味でエアは目が離せない存在になっていると感じる瞬間であった。
「…………」
……そうして、様々な意味で『ハラハラとドキドキ』が止まらない『はじめてのたび』が始まったのである──。
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