第541話 隠。
私が目を覚ますと、目の前にはエアが居た。
……ただ、いつもよりも若干だがその目付きが険しい。
それも、どうやら着けていたはずの『木のお面』も外しており──おや?私もいつの間にか外していたが──少し難しそうな顔をしながら私のほっぺたを何度も『グニグニ』と触って来て居る。
「……え、エア?どうしたのだ?」
「んー、ちょっとねー、んー、んー?」
……んー?よく分からないが、私の顔を触りたい気分なのだろう。
まあ、私はエアが満足するまで好きに任せる事にした。
……それにどうやら、魔法で戦士達の命を奪ってしまった事に関して落ち込んでいた気がしたけれども、それの方は乗り越えられたらしい。だから、よかったと想うのだ。
──ただ、そうして『グニグニ』されつつ、私は『十万もの戦士達』が居た方へと目を向けてみたのだが……いつの間にか誰一人として居なくなっていた事に私は驚いた。
確か、一緒に『毒』も居た気がするのだが彼女の姿も無い。
……うむ?足が速いな。もう立ち去ったらしい。
それとも、私は彼らが完全に居なくなるまで立ちながら寝ていたとでも言うのだろうか?
──いや、まさかな。
だがいずれにしても、私としては結果的にエアが元気になってくれた事だけで十分だった。
「──ねえロム?少しだけ笑ってみて?」
「……ん?うむ──こうか?」
エアからそう言われて、私はその求め通りに自分の頬へと指を当てると、不器用なりに精一杯の笑顔を作って見た。……なんだか、このやり取りも凄く久しぶりで懐かしく感じる。
「……んんー、よしっ!」
……よし?
「ちゃんとロムだっ!」
……う、うむ。私だよ?
……あれ、もしかしてだが暫く『お面』を着けて過ごしてばかりいたから、エアは私の顔を忘れてしまったのだろうか?えっ、流石に違う?他に理由があると?だが、それは言えない?……ふむ。そうか。
なんだかよく分からないけれども、エアには何か言い難い事があるらしい。
と言うか、私に対してだけ『言えない』様な仕草をしている気がする。
……気のせいだろうか。『探知』してみてもおかしな所はないのだが。
うむ、とりあえずは『グニグニ』しているとエアが嬉しそうにするので、時々は『お面』を着けずに過ごす時間もあってもいいのかもしれない。……考えておく事にしよう。
まあ、とりあえずはエアが満足そうに微笑んでいるのを見て、『ホッ』と一安心するのだった……。
「…………」
……だが、そうして『ホッ』と出来たのは束の間の事で──。
と言うのも、その日を境にしてエアは『内側』にある──『大樹の森』の中で、今まで以上に己に課す訓練を厳しくする様になっていったのだった。
実質、今までもかなり大変な事をしていたと思うのだが、それよりも更に限界ギリギリを攻める様になっている。少々鬼気迫るものを感じる位だ。
ただ、一応は限界を超える様な無理な事を本人もするつもりは無いらしい為、大丈夫だとは信じている。
……だが、エアの意思は尊重させたいとは思いつつも、内心では自然と心配は募ってしまうものだ。
まあ、本人のやる気がある時が一番の伸び時だとも思うので、静かに見守ろうと私達は話す。
……私だけではなく精霊達もエアを心配していた。
まあ、友二人と子供である『レティエとレティロ』は、エアの高度な訓練姿を見て楽しそうに応援していたので、それは微笑ましかったと思う。双子ちゃんからすると、エアは凄い魔法使いであると同時に優しいお姉さんであり『憧れの人』にもなってそうだ。良い関係を築けそうで私も嬉しく思った……。
「…………」
……その後、私は引き続き『魔力生成』をする事へと戻った。
ただ、あれから不思議な事に『神兵達』の動きがまた変わり、『第二の大樹の森』には『人』が近づかなくなったようだ。逆にギルドなどでは『精霊』に対する依頼の方が増えたりしている。
また、特にその変化の中でも最も驚いたのは、例の『おどろおどろしい音が鳴る杖』に関しての事で──あれは当初、ただただ『音が鳴る玩具』的な『力』しかなかった筈なのだが、それがいつの間にかエアに渡した時には既に高度な【呪術】が編まれている事に気づいたのだった。
……なので、恐らくだが例の『十万もの戦士達』に対してエアの『音』が過剰に効いてしまったのもそれが原因となっていたのだろう。
ただ、その話をすると珍しくもエアが苦々しい顔をして不機嫌になってしまう事がある。
……きっとなにかしらがあったのだろうが話しては貰えなかったので、なんとなく察したのだった。
──最近、エアが『隠し事』をする事も増えてきて……内心『反抗期の前触かも』とか、ちょっとだけ考えてしまう私であった……。
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