第54話 旅立ち。
「エフロム!いこっ!ねっ!はやくっ!」
芽吹きの季節、それは旅立ちを象徴する季節。
旅に出るにはここしかない。というそんな絶好の日々。
約五年に渡って訓練を重ね、毎年毎年その絶好の機会を見送ってきたエアは、今日こそは逃がしてなるものかと全力で私の背を押して、旅立ちを急かしてくる。……大丈夫、旅は逃げたりしないから。
「エフロムはにげるもんっ!!逃がさないからっ!」
私だって逃げないさ。
ただ、偶々精霊達との兼ね合いもあって、これまでは中々旅に出たはいいけれど、直ぐに戻る事になってしまっただけだ。
いやはや、流石に何百年と過ごしてきた場所を残していくというのは心配になるもので、それが帰還がいつになるのかも分からないと来たら色々と準備が必要になるのである。ここで焦って準備を怠るようでは一流の冒険者には──
「出来てる!エフロムの準備は一年目の時から出来てた!準備は終わってるって二年目の時に言ってた!きいた!覚えてるもん!」
さすがエア。私が知る知識をほぼこの五年で覚えてしまったその頭脳には驚嘆せずには居られない。それに頭脳だけではなく──
「──分かったから!はやくっ!みんな付いて来ちゃうから!いこっ!」
エアが私を急かしている理由は、私と見送ってくれている大樹の精霊達との距離がさっきから一向に変わっていないからである。もう一刻、約二時間は歩いているけれど、みんな笑顔で後ろからぞろぞろと付いてくる。みんなエアと一緒に居たいという思いが強すぎるのだ。……まったく君達は、仕方がないんだから。エアも精霊達が好きなのだけれど、この旅立ちの時だけは勘弁してくれと必死に訴えている。それとこれとは話が別らしい。
「エフロムっ!みんなの方が歩くの早くなった!走ってる人もいる!早くっ!これじゃまた去年みたいに結局はいつの間にか家に帰ってるみたいな状況になって!また一年間基礎とお勉強の日々が始まっちゃうから!!」
エアは未だ『差異』へとは至ってない。
だが、ぼんやりとだけ精霊達の姿が見えるようになり、声も時々空耳の如く聞こえるレベルまでは到達している。
あともう一歩で『差異』へと完全に踏み込んで来るか、という所まで成長してきているのである。
私が何百年もかかった領域にまで、エアはたったの五年で到達しようとしていた。天才。
そのもう一歩が実はかなり遠かったりはするのだが、それもエアならなんとかしてしまうのでは?という期待をせずには居られない私である。
「ぎゃっ!あの先頭で走ってる集団!ぜったいにかーくん達だよ!ねえエフロム!お願い走って!赤い奴等がやって来るからっ!おねがいーーッ!」
そうそう。エアは私の事をちゃんと名で呼ぶようになった。
本名が"エフロム"、魔法使いとしての名はその略称の"ロム"として私は今後冒険者としてやっていくつもりである。人前ではエアにも私の事はロムと呼ぶように言ってあるのだが、今はまだ大樹から二時間しか離れていない森の中なので、本名呼びのままである。
因みに、かーくんというのは、エアが訓練で使った精霊人形の火の精霊のモデルとして使わして貰ったいつも面子の一人の事だ。赤い奴等とはそのまま男前の職人集団である。
まあ確かに今彼は私達の方へと向かって走って来てはいるが、その表情は言葉にはし難いもので、私からはなんとも言えない。一言で言えば彼らは寂しそうな顔をしている。
彼らが元々大樹の周辺が領域だった者達。最も私と一緒に時間を共にした者達だ。
これまで何度か家を空ける事はあったものの、これから冒険者としてやっていくのであれば、今までの比ではない期間、私達は大樹を離れる事になる。
一昨年なんかはいつもの四人が泣き出してしまって、私は慌てて家へと引き返した。彼らをそのまま放っておくことなど私にはできない。そもそも彼らに会えなくなるのは私だって寂しいのだ。
なので、それから一年はどうにかして彼らも寂しくならない方法が無いかと思い、色々試して、一つ新たなる魔法を作る事に成功した。
その名も【空間魔法】系統の転移に属する【家】という魔法である。
まあ、名前の通り、"私"と言う現在地点から"大樹"へと繋げるだけの魔法であり、一見すると【転移魔法】の下位互換に思えるのだが、これは一度使用したら繋がりを切ろうとするまで繋がったままなのである。なので、精霊達はいつでも好きな時に、私達の所に遊びに来れる様になっている。
まあ、厳密には私の身体が【家】になっていて、移動できるのも精霊達だけ。行き来出来るのが現状は拠点である大樹からじゃないといけない。というそんな未完成な魔法ではるのだが、これがあればもう寂しくないと知った精霊達は大喜びしてくれた。
私の目標は旅の間にこれを改良して、精霊達だけではなく、私達も行き来できるようになる事と、行き来できる場所を大樹以外にも設定できるようにして、好きな場所へと今後はいつでも行けるようにすることである。
エアや精霊達と一緒に、海でも山でも好きな場所に行けるようになれば最高だなと私は思った。
冒険者としての私の目的が、羽トカゲ討伐以外にも一つ増えた形である。
「もうっ!!このままじゃ今日中に森を越えられないよ!……くっ、こうなったらしょうがない!本当はゆっくり歩いていきたかったけど……エフロムっ!飛んで行くからッ!」
エアはこの五年で、『天元』に魔素を通す事が凄く上手くなった。今ではたった数分で身体全体を属性に染める事が出来るようになったほどである。
上部に白いリボンを付けたお気に入りの古かばん『被褐懐玉』から、ふーちゃん(風)の人形を取り出すと、集中したエアの髪の毛はスーッと薄緑の綺麗な色にあっという間に変わっていった。……ここまでくるのにどれだけ頑張ったか。エアの努力の賜物である。
「行こっ!」
「ああ」
そうして、風を纏ったエアは私の手を引くと、いつだったか、私が大樹で最初にエアを空へと連れて行った時とは逆の構図で、空へと飛翔を始めた。
今の彼女の歩みを止める事はもう、空でも阻めない。
私達の旅はこうして、共に空を飛ぶ事から始まったのであった。
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