第539話 緒。
『信仰によって羊飼いは神々へと連れ去られたのだ』と、『毒』は衝撃的な話をした。
……だが、もしそうだとすると同時に『不可解な事もあるのだ』と彼女は語る。
と言うのも、そもそも『神々へと参列するには信仰の量がまだまだ足りない筈だ』と。
それに、『羊飼いが生きたままで、それもその家族ごと連れ去られた事はおかしいのだ』と。
彼女が知る本来の『昇華』とは大きく異なる状況が起きているのだと『毒』は語るのだ。
……因みに、その『昇華』と言うのが、自称『神々』が『英雄を招く』際に使う言葉であるらしい。
「──わたくしは、密かに『羊飼いの力』を喰らおうかと狙っていたのですが、気づいた瞬間には彼らの姿は綺麗さっぱりと居なくなってましたわ。……それも、ほぼほぼ仕掛ける寸前の話で、目の前で搔っ攫われた気分でした」
私が【送還】によって『羊飼い達が引っ越しをしたのでは?』と予想していた通りに、実際の『羊飼い』達も最初は逃げ出す準備は整えていたのだと言う。
そして『毒』はそんな『羊飼い』達の隙を待ちながら、【送還】する前に『喰らう』つもりだったらしく……あとはもういつでも仕掛けるだけだったそうだ。
だがしかし、その『いざ仕掛ける』というタイミングで、いきなり『羊飼い』達は消え去ってしまった為、彼女はこれが自称『神々』の嫌がらせだと気づいたのだと言う。
「……わたくしが『喰らう』のが都合悪かったのか、それとも『神兵達』やわたくし達の代わりとして手駒にしたかったのかはわかりませんけど、あからさま過ぎましたわ。……恐らくは、前々から『羊飼いの召喚士』に『神々』は目を付けていたのでしょう」
──聞けば、本来の『昇華』が『信仰を集めた英雄』が死した後に発動する魔法の様なものであるにもかかわらず……今回はその『条件を一部歪めてまで』事に及んでいるのだと。
だから、彼女はそこに不可解さを感じざるを得なかったそうだ。
『そんな事が出来たのか』と。
『ならば、なんでもっと早くに使わなかったのか』と。
『……もしかして、無理をして昇華させる事にデメリットがあったのか』と。
……そんな風に思ったらしい。
ならば、本来の仕組みとは違う方法で『昇華』させた『羊飼いの召喚士』には、無理が生じている可能性も高いのではないかと彼女は考えた。
それこそ、本来の『羊飼いの力』が損なわれている事もおかしくないと。
……また『羊飼いの家族』も一緒に連れ去ったのは、もしかしてその『力の補填』として『生贄』にされたのではないだろうかと。
「…………」
……その話の後半はほぼほぼ『毒々しい槍を持つ者』の推察でしかなかったけれども、私もその話には中々に真実味がある様に感じざるを得なかった。
そして、彼女が此度の事で『沢山の仲間を求めた』のも──もしも場合、想定外にも『羊飼い』が自称『神々』の思惑のまま急に攻めて来た時の事を想定し、『神人』側として必要な備えをしておきたかったのだとか。
……まあ、効率よく戦士達を集める為の策として私やエアが利用されたことは一部業腹ではあるけれども、話を聞いた今となっては『許せない』と感じる程ではなかった。
──言わば、今回の事は『成るべくしてなった』のだと十分に理解できたのである。
……だから、きっと『十万もの戦士達』に関しても、ああなるのが定めだったのだと──。
「──ッ!?」
「そうだな。……ならばもう、私達には関係ない話だ」
「……ええ。まあ、そうですわね。『泥の魔獣』にはこれ以上わたくし達と『神々』との諍いに巻き込めませんもの。ただ、本当は貴方の『力』を借りられればそれが一番なのですけど……」
「……そのつもりはない」
「まあ、そうでしょうね。そうおっしゃるだろうなと思っておりましたわ。……残念ですが、そちらは諦めて、わたくし達はわたくし達に出来る事を──って、あらら?……どうなさったのです?そんな不思議そうにこちらを見て」
「──エアも、何か話しておきたい事があったか?」
……だが、そうして私と『毒』とが話をまとめようとしていると、先ほどまでは無言のまま佇んでいた筈のエアが、『何故か』驚いた様にこちらを見つめてきた為、私はそう尋ねたのであった。
「……ろ、ろむ?──どうして?どうしちゃったの?」
──すると、そんな私の問いかけに対してもエアはまた驚いた様子を見せ、先ほど離れた一歩を詰めてくると、すぐさま私の傍へと近寄って来たのである。
……でも、私からすると突然エアが何をそんなに不思議そうにしているのか、その意味が全く分からなかった。
だから、再度聞き返したのである──
「……あら?何かおかしな部分でもあったかしら?」
「……うむ?『昇華』に関しての不可解さはあったが……それだけだった気がするが……」
『なにしろ、それ以外は全て『世は並べて事も無し』だったろう?』と──。
だが、そうして私と『毒』の声が偶々揃ったのを聞いたエアは、まるで『信じられない』とでも言うかの様に息をのんで固まり、驚愕したまま私の事を見つめて来たのだった……。
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