第536話 払。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『第二の大樹の森』は『羊飼い』が消えてしまった街からほど近い場所にあった。
当然その場所は街の住人達にも知られており──
『いつ出来たのか分かんないけど気づいた時にあったよ!綺麗な場所だよね!』と。
『……時々、美人な精霊さんが現れるって聞いたな』と。
『とても不思議な場所で、隠れた人気のデートスポットなんだよね!』と。
──そんな感じで、言わば公然の秘密とされながらも親しまれる場所となっている。
ただ、この街にだけ『羊飼いの召喚士』と言う『特殊な存在』が居た事の要因としても、実はこの場所が影響しているのではないのかと、密かに街の者達の間では囁かれていたのだと言う。
……元々『羊飼い』の家である『羊さんハウス』もその森の近くにあった事からも、それはかなりの確度だろうと噂されていたらしい。
その為、『羊飼い』の姿が消えた今、多くの者達の注目は『第二の大樹の森』と『精霊』の方へと集まっていったのである……。
「…………」
……当然、そんな噂を聞いた貴族などの権力者達は『第二の大樹の森』の秘密を解き明かし、その『力』を『神兵達』の問題にあてようと動き始めた。各ギルドもその考えに同調するかの様に調査に乗り出したのである。
そして、『愚者達』に至っては『羊飼いの力』の一端でも自分達のものにできないかと、躍起になってその場所へと足を運ぶようになっていた。
……私が道端で耳にした『──白い木を切り倒す』と言うのも、どうやらそれに関連した話の一部であったらしい。
「…………」
一見して森の中には似つかわしくない炎の渦や、神秘的な泉、そして浮島にただ一本だけ残された真っ白な木の存在は、言われるまでも無く多くの人々に『未知』を感じさせた。そこにある『力』が問題解決へと糸口になるのではないかと思わせたのだ。
それこそ新たな『道』がそこにはあるのではないかと錯覚させたのだろう……。
そして、その場所に時折現れると言う精霊達の存在が、尚更にその場所の特質さを際立たせていたのである。
私達からすればもう見慣れた光景となっているが、周りの者達にとってはそうではないのだ……。
「おりゃああああああ!!」
「くそーーーっ!はなせーーーっ!」
「『力』は俺のもんだああああ!!」
「って言うか!近付けねぇーーッ!!」
──まあ、だからと言って、彼らの気持ちは分からなくもないが、流石にみすみすと『木を切らせる』わけにはいかないのだ。……ん?だーめ。そんなに声を出して踏ん張って抵抗しても無意味なのである。どうぞお帰り下さい。
それに、あの木を切って持って帰った所で、君達の『力』にはこれっぽっちもならないのだ。
……ん?解析したいって?だが、そんなの何度した所で結果は変わらぬぞ?普通の『白い木』でしかないのだから。
「…………」
……とまあ。口下手なりに私は、そんな風に一生懸命説明したのである。
『ここには君達の求めるものはないんだ──』と。
……だが、拒否すればするほど逆に意地でも『切り倒さねば』という気持ちが彼らも強まるのか、全く『人』達は諦める気配が無かったのである。
それこそ『第二の大樹の森』にある『白い木』を切り倒せば『召喚士の力』が手に入るとかなんとか、そんなありもしない迷信にとりつかれてしまった愚者達が増えて、ここ数日『第二の大樹』へと手斧片手に大挙してしまったのだった。
そして、そんな者達を『外側の私』は『第二の大樹の森』で胡坐をかいて座りながら今日も魔法で彼らを次々に浮かしては街まで送り返しているのである。
……まあ、流石にこんな事で誰かを傷つけたくは無かったので、現状は出来るだけ穏便に対処している感じだ。
それに一応だが、やって来た者達には『おどろおどろしい音が鳴る杖』で精神的に攻撃も与えてから撃退していた。
なので本来ならば、『しつこい者達』でも二度と戻って来ない様に撃退した筈……なのだが、数日経つと驚かしたはずの者達の一部は戻って来るのだから、彼らの執念も凄まじいものである。撃退効果は絶対では無かったらしい。
……ただ、『神兵達』に対しては未だに有効であることは確認できたので、最近ではそちらにだけ『ひゅ~ドロドロドロドロ~』を使っている。
──要は、『人』のしつこさは『神兵達』を余裕で凌駕している事がこれで分かったのだ。
「…………」
……まあ、そんな冗談はさて置くとしても、私としては別に意地悪がしたい訳では無い事だけは彼らにも分かって欲しかった。
──と言うか、いい加減に無理だと気づいて欲しいものである。
それに、最初に『木を解析したい!協力してくれ!』と言って来た研究者やギルドの魔法使い達等には、一部『白い木の枝』を融通したりもしているのだ。それを使って調べられた筈である。
……だから、そちらに対しての配慮も、もう充分したと私は思うのである──。
「…………」
──だが、それでも結局は、『んー、やっぱ枝だけだといまいちわかんないんだよなぁ……』とか言い出す始末で、効果がない事と分かると『……やはり、木を切り倒さないとダメなのかもしれない』とかお馬鹿な事を言いながら手斧片手に愚者達は戻って来てしまうのだった。
『……まったくもうっ、しつこいんだから』と思わざるを得ない話だ。
『……ダメだって言ってるのに』、『効果も無いのだ』って何度も言ったのである。
口下手だけど頑張って伝えたのだから、分かってくれ。
それに、街から森までの間には、それとなく『木を切っても力は手に入りません!無駄な事は止めておかえりください!』と丁寧な看板まで作って何十本も立てたのだが……それでも、やはり信じては貰えないらしい。
……ほんと『人』は、『化け物』の話を聞かないものだと私は思うのだった。
正直、私がもう少し冒険者としてのランクが高かったり、それこそ『羊飼い』の様に『知名度』があれば、まだ信憑性もあって話は変わったのかもしれないが……私が目立つ事が嫌いなので仕方ないのである。そんな『たられば』を言い出したらきりがないのだ。
それに、もしも私に『知名度』があったとしても、結局は『人』は信じたい事しか信じない可能性も高い気がした。
向こう側の者達の全員が満足するまでは、こうした愚者達は際限なく集まって来るのだろうと──。
「…………」
──ただ、それこそ『木を切り倒せば』終わる話ではあるのだろう。
……だが、それについては、当然の如く私が『否』であった。
『人』によっては、証明できるのならば『木の一本位切ってもいいじゃないか』と思うかもしれないが、私からすると『愚者よりも木の方が余程に大事』なので、それは有り得ない話である。
ただそれならば『第二の大樹の森』を私の『領域の内』に入れてしまえばいいのでは?とも考えたのだ……。
そうすれば『大樹の森』と同様に『第二の大樹の森』も余所の脅威から私が守る事が出来るだろうと。
愚者達が幾ら諦めないと熱望した所で、私に手出しが出来なくなれば自然と諦めるのではないかと。
「…………」
……だが、実際には『第二の大樹の森』を『領域の内』へと引っ越しさせるには、先に精霊達をある程度『別荘』へと誘ってからでないと後々面倒事が大きくなる為に、その手法は今は使えなかったりするのだった。
そもそも、各地の『大樹の森』は今はもう精霊達が行き来するのに必要なものとなっている。
なので、ここをいきなり無くしてしまうとその移動を極端に制限してしまう事になってしまうのだ。
その為、いずれはそうするかもしれないけれども、今は出来るだけ避けたいと言う思惑があった。
私からすると、こちらの大陸の精霊達を『別荘』へとお誘いしながら同時に『魔力生成』を早く進めたいとは思っているのだが……こうして『愚者達』のお払いに手がかかっている状況だと、いつまで経ってもそちらが進められず困ってしまうのである……。
「…………」
……ただ、そうして悩みながら『ポイポイ』と『愚者達』の運搬をしていると、終いには偶々私の様子を見に来た『マテリアルに適応した精霊の一人』──普通の精霊達よりもその存在を『人』にも感知しやすい存在──が彼らは連れ去られそうになってしまったので、更に事態は厄介な事になってきたのである。
当然、その時の連れ去ろうとした不埒者達は力尽くでお帰り頂いたのだが、問題はそこではなく──『やはり精霊が関係あるのだな……』と、不思議な確信が更に広めてしまったのである。
すると、あれよあれよという間に、各ギルドからは高位冒険者や魔法使い達が派遣されて来たり、付近の国々からは一部の兵士達が『連合』として集合してしまって──『第二の大樹の森』の周辺は一気に戦争の気配が強くなってしまったのだった。
「…………」
『……どうしてこうなった』と、日に日に戦力を増していく『人』の様子を探知しながら、私の心中はその言葉だけがループし続けている。
……正直、彼らが幾ら集まろうとも相手にはならないだろう。
なので、消そうと思えばいつでもその全ては消せたのだが……。
でも流石に、それだけの理由で彼らを攻撃するのは違うなと私は思ったのである。
私にだってまだちゃんと『心』はあるのだ。それ位は理解できている。
……それにまあ、毎回穏便に『浮かして街まで運ぶ』と言う曖昧な方法ばかりを取っていたからこその結果だとも思うのだ。てっきり、数度追い払えば諦めるものだとばかり思っていた私が浅はかだったのである……。
ただ気付いた時には、いつの間にか十万程の戦士達がこの森の周辺へと増えていたのは流石に想定外だった。
まあ、彼らもそれだけ『神兵達』の問題に対しては真剣に解決策を探っていると言う事なのだろう……。
「…………」
……と言うか、それだけの戦力があるならば『神兵達』の対処にその戦力を使えばいいのにと思ってしまうのだが──まあ、それほどまでに『羊飼いの召喚士』の『力』がこちらの大陸に及ぼした影響は大きかったと言う話でもあるのだろう。
だがしかし……そうは言っても……むむ、どうしたものだろうか……。
「…………」
『……ん?あれれっ?もしかしてロム、何か困ってないっ?──ほらっ、話してみてっ!』
──すると、『外側の私』が森に侵入者達を『ポイポイ』としている所に、ここ最近友二人の双子ちゃんの世話役に夢中になっていたエアが、突然『内側の私』の方へと顔を向けるとそんな言葉を問いかけてくれたのだった……。
……因みに、『内側の私』は双子ちゃんに近づけない為に未だに大樹の天辺にいたのだが、エアは今『大樹』の前の花畑に居ながらにして、その距離から私の顔色を読んだらしい。
『流石はエアだ』と私は思わず呟くのだった……。
またのお越しをお待ちしております。




