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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第53話 甘。



「……私が何かしたのだろうか?」



 私がそう問うと、精霊達はみな難しい顔をして、各々が目線で牽制しあっている。



 『お前らが言うか?』『ううん、任せる』『右に同じ』『お願いします』



 最近のエアの奇行……いや、正確に言えば私が近くに来るとエアがすかさず距離をとるようになったことについて尋ねてみると、精霊達は親身になって相談に乗ってくれた。



 『旦那、あんたに難しい事は言わない。だから簡単にいうぞ。"気にすんな"』


 『えっ、そっち?』『はっきりいうわけじゃないの?』『少し疑問を感じます』


 『良いんだ。この前の旦那の行動を見ただろう。この人は基本的に不器用だ。上手く説明してもエアちゃんの微妙な気持ちを汲んで適切な行動がとれるとは思えない。逆にポンコツになるだけだ。だから、ここは旦那は自然体でいい。時間に任せる。エアちゃんの成長に期待するほうがまだ建設的だと俺は思った。それしかない!』


 『えー』『そうなのかなー』『いいですね。それなら私も同意です』



 ……なにやら酷い事を言われている気もするが、確かに私は自分の事を超不器用な方だと自覚している。気にしなくていいのならそれに越したことはない。だが、本当にいいのか?



 『大丈夫だ!』『……むー、ちょっと納得できないけど同意』『右に同じ』『私も同意します』



 ……承知した。

 と言う事で、私は気にしなくていいらしい。


 なので私は普段と変わらぬように、エアのご飯の準備をしたり、エアの魔法の手伝いをしたり、精霊達と話をしたり、大樹の周辺の調整、アンチエイジング、睡眠と普通の生活を過ごした。


 その間やはりエアはどこかよそよそしさがあったが、精霊の言うとおり、十日も経つと前までとほぼ変わらぬ笑顔を見せてくれるようになった。精霊達の見極めは間違いなかったようである。



 だが、それからさらに数日たったある日、また同じように花畑で寝ながら過ごしていると、エアが白いまくらでまた寝たそうな顔をしていた。

 それに気づいた私が『寝て良いぞ』と言うと、エアの顔は見る見る真っ赤になり、暫く私のお腹を凝視して考え悩んでいる。幼子なのだから素直に甘えて来てくれて構わないと思っている私にとって、その様に悩んでいるエアが不思議でならなかった。……なので、少々強引だが魔法の風でエアの身体を浮かして私の腹の上へと乗せる。

 エア一人分位なら冒険者時代に鍛えた私の腹筋は負けん。枯れ木だと言われた事があるがこの枯木にも意地はあるのだ。



「甘えたい時は甘えればいい」


「えっ」



 最近精神的にも成長してきたので、エアは甘える事が少し恥ずかしくなっているのかもしれない。

 そう考えれば、今までの行動の意味も理解が及ぶ。おそらく精霊達もそう言いたかったのだろう。

 故郷の森で、幼き姉弟たちの世話をしていたこともある私にとっては、幾ら不器用とは言えこの位なら経験もあって楽勝の部類に入る。これなら精霊達もはっきり言ってくれて構わなかったのだがな。



「横になるといい」


「……うーー」



 魔法使いとして成長したと思っていても、時には甘えても良いではないか。

 故郷の森に居た頃も、駄々をこねる子には良くこうしていたと思う。もう遥か昔過ぎて顔は思い出せなくなってしまったが、私は今でもその事だけは覚えている。

 エアもいずれは大人になり(見た目は大人だが)、こうして甘えてくることもなくなるのを考えれば、今は最大限に甘えて欲しいと思う。



 エアは耳まで赤らめて、少し唸りながらもゆっくりと頭を私の腹へと乗せて横になった。

 落ち着かないのか、何度も私の顔をチラチラとエアは見ていたようだが、ずっと私が目を瞑っているのを見ると自分も次第に眠たくなってしまったのか、暫くしたら寝息をたててしまった。

 ふふ、幼子にお昼寝はよく効くだろう。



「ぼうけんしゃのお話、して」



 半刻、約一時間程で、目を覚ましたエアはそう言って寝ころんだまま話をねだってきた。

 私はそれに対してもちろんと答えて、さて今日は何の話をしようかと頭を捻らせる。

 そう言えば、ちゃんと冒険者としての心構えの話をまだしていなかった気がして、今日はそれをエアに話す事にした。



「冒険者になったら、エアはなにをまずしたいと思う?」


「……どらごんと、たたかう?」



 それは素晴らしい!と思わず喝采しそうになった。あの羽トカゲ共を殲滅するためならば、私も喜んで全力を尽くそう。

 だが、とりあえず咳払いを一つして、今はそれではないと自分を諫めた。

 今は冒険者の心構えのを話す時間である。


 心構えとは言っても実際には人それぞれに目的があって、必ずこうと決まっているわけではない。

 だが、冒険者として最低限の侵してはいけない領域と言うのが、冒険者同士にも暗黙の了解として存在するのである。それを侵してしまえば冒険者同士で命がけで戦う事も十分にあるので、注意しなければいけないとという前提を話してから私は指を一本ずつ立てていく。



 まず心構えの一つ、互いに邪魔をしない事。した時は全力で相手を潰す事。

 更に一つ、相手の仕事を取らない事。した時は全力で相手を潰す事。

 更に一つ、戦えない奴に力を振り翳そうとしているやつは基本的に全部、潰す事。

 更に一つ、中途半端な奴は冒険者を辞める事。忠告を聞かない奴は周りが潰してでも辞めさせてやる事。

 最後に一つ、潰されたくなきゃ本気でやる事。



 まず"潰す"とは昔からの言葉で、倒すだったり殺すだったり説得したりだったりとか色々な意味がある。冒険者用語の一つで隠語としても使われていた。


 冒険者と言うのは決して遊びの場ではない。誰かが困っておりそれを助ける為の仕事だ。甘えは許されない。遊びに来るような奴は最初からお呼びではないのである。戦場で迷惑を掛けられてこちらの命が危険になるくらいならば、戦場に行く前に最初から潰しておいた方が安全。そう考える者も多かった。



 それに、だいたい人というのは幾つかに分類されて、やる気のある奴ない奴、能力のある奴ない奴、わきまえている奴わきまえてない奴、などが冒険者では特に重視される。

 それで、冒険者を続けていていいのは、それらが全部ある(・・・・)奴だけとされている。


 何故なら、ない奴は必ず迷惑をかけるからだ。

 全部が揃ってる奴でさえ時に失敗し、仕事をミスる事があるというのに、一つでもない奴は必ず周りに迷惑をかける。他の職業ならまだそれらも許されるだろうが、冒険者は一つのミスが命に繋がる。だから、半端者はいらない。



 私がやっていた頃は時々、荒くれ者だったり、村の力自慢だったりが勘違いしてよく冒険者になりに来ていたが、そう言う勘違い共は大体が数日で姿を消す事になった。

 私の様に、最初殆ど力を持たずに冒険者になった様な者達は、特に冒険者としてやっていくのが困難だったと思う。私も何度か潰されかけたか。その度に逃げたり撃退した。

 『冒険者やりたいんだったら強くなってから出直して来い』という言葉を、最初の頃はほぼ毎日聞いた覚えがある。



「……少し幻滅したか?」



 聞こえの良い華々しい話や、面白い出来事などは実際は殆ど起きないかもしれない。

 冒険者は遣り甲斐もあるが、その分キツイ仕事なのである。



「ううん。おもったとおり」



 ただ、これまで私の話をよく聞いてきたエアにとっては、それくらいならば想定の範囲内だったようで、そりゃ半年間ずっと死にかけながら森を這いずり回ったり、身体の体調を崩そうがなんだろうが戦い続けてきた話を聞かされれば、最低限の心構えを幾つ聞こうが『ふーん』くらいにしか思わないのもさも当然の事なのかもしれなかった。


 その為の練習をエアも毎日ずっと全力で熟しているのだから、遊ぶ気持ちはさらさらない。

 彼女はこれまでずっと一生懸命で、本気で走り続けてきたのである。



 ……だからこそ、私は思った。



「冒険者になったらこうしたゆっくりとした時間は少なくなる。もう少ししたら、こうして甘やかしてあげられなくなるかもしれない。……だから、今だけでも精一杯甘えて来なさい。エア」



 その言葉を聞くと、私がここ最近急になんでこんな事をしてきたのか漸く分かったとでも言いたげな表情で、エアは微笑みながら私の腹へと頭をグリグリと押し付けてきた。『クンクン』……においはあまり嗅がないでください。



 芽吹きの季節は、ある意味で旅立ちを象徴する季節である。

 エアの成長次第ではあるが、もし早ければ、こうした時間はもうあと何度も取れなくなるだろう。

 私達の冒険者としての活動は、もうすぐそこまで近づいて来ていた──。




「…………」




 ──気がしたが、結局それから五年の月日を費やすのであった。


 その期間、当然の如く私は、エアを沢山甘やかしたのである。





またのお越しをお待ちしております。

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