第527話 褒称。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
「……どうしたの?ロム、大丈夫?」
「……う、うむ」
『外側の私』が、何とも言えない恐怖体験をして街から立ち去った頃──ちょうど『内側』でも顔色の悪さを察してか、エアがそんな問いかけを私にしてきたのだった。
……私のこんな不愛想な顔を見て、いつも一目でよく分かるものだと本当に感心するばかりだが、私は顔色の悪さの原因となる話──今さっき起きたばかりの『外側』の出来事──をエアに話してみる事にしたのである。
『──外側の私が、お面を着けて街に行ってみたのだが……』と。
「──もーっ、途中でお面外しちゃったら、着けて行った意味がないでしょーっ!」
──すると、話を聞き終わったエアからは、早速そんな軽いお叱りを受けてしまったのである。
……すまない。確かにおっしゃる通りだ。
正直な話、私としても今となってはそれを凄く不思議に思っているのだ。
……何故に、私はあそこでお面を外してしまったのだろうかと。
そもそも『他の人に影響を与えない』と言う話だったのに、その真逆のことをしてしまった訳なのだから過失は明らかである。
そもそも、『元気の芳香』だってを使う必要はなかったのだが。
……なんと言い訳したらいいのか、あの瞬間は不思議と気持ちが昂ってしまったのである。
『魔力生成』によってあの地域一帯の『魔力と淀みのバランス』を整えればそれで良かったのに、あの瞬間は『助けなければ……』と思う気持ちが先行してしまい、身体が勝手に動いてしまったのだ。
そんな自分でもよく分からない衝動のままに、何かに突き動かされるように動いてしまった訳である。……いや、もっと言うならば、街の住人達がおかしく見えたのも、私が過剰に『元気の芳香』を放ってしまったが故にそうなってしまった可能性が非常に高かったのだ。
──という事は?あれも何らかの存在の思惑かと思ったが、単純にあれはまた私が原因という事か……。
「…………」
『はぁ……』と内心で溜息をつきつつ、今更ながらにあの瞬間の私の『らしくなさ』を嘆くばかりだった。またまた反省である……。
……でもなるほど、エアの言葉をきっかけに改めて考えれば、おかしいのは街の住人達ではなく、そもそも私の方だった事がよくわかったのは収穫だった。
流石はエアだ。一言で私の過ちに気づかせてくれたのである。……ありがとう(心の声)。
「んー、でも大勢の人を助けるのはロムらしいって思ったよ──え?そんなことないって?失敗だったの?……うーん、そうかなぁ、私はロムらしくて良いなって思ったけどっ」
──だがしかし、私がそうして自分の仕業を反省していると、エアは私が街の住人達を助けに動いた事自体は問題ないと語って、首を傾げたのだ。
というか、エアからすると『単純にお面を外した事』だけに対するお叱りだったらしく、それ以外は別に悪くないと思ったのだとか。──いや、悪くない所か『素晴らしい』と言って褒めてくれる程である。
「…………」
……だが、本来の私からするとそれはまた少々判断に困る反応ではあった。
と言うのも、なにしろそもそもの私と言う存在は『大切な者達以外に力を使いたくない』と言う考えを持っている非情なる者なので、『大勢の困った人達を助けに行く』みたいな考えは、『聖人』に任せてしまえば良いと思っている酷い魔法使いなのである。
だから、街の住人達を助けたのも実際は意図したものではなかったからだ。ただ単に気持ちが昂ってしまったからである。
元々、冒険者としても身の程を弁えた行動をする事を推奨しており、エアにも昔から『無理をせず、ほどほどに……』と言う風に教えて来たので、エアも私のその考えは知っているとは思ったのだが……。
ただ、そう思っている私に対してエアは、いきなり『キョロキョロ』と辺りを見回した後に、両手を横に大きく広げてこう言ってきたのである。
「──ほら見てっ!『ロムらしい』って思うこれが一番の証拠でしょっ?この場所そのものが証明してるよっ!」
「…………」
……『大樹』の前の花畑の中、腰を下ろしている私達の傍には、精霊達は勿論、引越しの挨拶に来ていた白い兎さん達と、『お食事魔力』を食べにバウや赤竜親子の姿もあった。
そんな『大勢の者達』が集うこの場所で、エアは大きく手を広げると──『大樹の森』と言う場所を示しながら、エアは更にこう続けるのである。
『……これだけ多くの存在がロムに助けられたんだよ』と。
『ロムはずっと、何度も何度もわたし達の事を助けてくれたんだ』と。
『それに、今回の魔力生成ができる様になったのだって、多くの人達を助ける為でしょ?』と。
だから、『ロムが大勢の人達を助けるのは今に始まった事じゃないんだし、それを失敗だったなんて思わないでっ』と、エアはそう語ってくる──。
「…………」
──だがしかし、そう言われても実際の私は、ただただ大切な者達を助けて来ただけなので、大勢の者達を助けてきたと言う認識があまりなかった。
これまで生きて来て、当然の様に助けられなかった者も沢山さんいたから尚更にそれを感じてしまうのである。
……だから、エアが思ってくれる程に私は高尚な存在ではなく、ただただ普通の魔法使いに過ぎないのだと思って、私は静に首を横に振ったのだった。
それに、『魔力生成』にしても、元は『世界の魔力』を使い過ぎた自分の失敗の穴埋めをしようとして始めた事だ。
だから、それについても『決して褒められた事ではないのだ』と私は反論しようと思った。
……正直、私的にこれは借りた金子を返しているような感覚しかないので、当たり前の事をしているに過ぎないのだと。
「──ううんっ!そんなことないよっ!」
……だが、エアは既にそんな私の反論すらも予想していたのか、すぐさまにこんな言葉を返してきたのであった。
「だって、魔力を使った事が罪だと言うなら、この世界でその罪を犯していない存在なんていない……そうでしょ?」
『誰しも、程度の差こそあれど、大なり小なりその罪を犯してるんだよ』と。
生きる為に誰かを傷つけ、喰らわねば生きていけない生き物達の『性質』を語るが如く……エアはそう語った。
確かに、魔法使いとして私が扱って来た魔力量は一般の者達からすると遥かに膨大であるかもしれない。
だが、それは使った魔力の総量と言う意味では、皆が魔力を使った魔力の一部でしかないと言ってくれたのである。
だから、誰かが他の人よりも『大食いだったとしても、それも咎めるのって普通はおかしいでしょ?』と。
程度の差こそあれ、誰しも誰かを傷つけている。そして、その上で生きているのだと。
それを自覚するか他覚するかは別としても、全ての存在達はそんな『性質』を持っているのだと。
だから、『ロムだけがその罪の清算をする必要はないのだ』と。
……もしも多くの存在が罪の清算をすると言うのならば、ロムは多めに返さなければいけないかもしれないけれど、そうではないでしょと。
そもそも『ロムが『どっぺる』を使っていなかったとしても、少しずつ魔力と淀みのバランスは崩れていただろう』と。
『全員が魔力を使っていて淀みを増やしてきたのだから、神兵は現れるべくして現れたのだ』と。
たまたまロムが沢山使う用事があったから、目立っている様に感じているのかもしれないが、エア目線だとあの自称『神々』もやってることは殆ど変わらなそうだと感じたらしい。向こうもきっと沢山の魔力を使っている筈だと。
だから、『ロムだけに責任を押し付けないで、自分達の悪い部分を先に直せばいいのに』とエアは語るのだった……。
「…………」
……まあ、確かに。
正直、その話は私としても凄く納得がいくものだったので、『ウンウン』と頷いてしまう。
すると、エアも段々と弁舌が乗って来たのか、更に自分の考えを話してくれて──
『──それに、わたし達の中で自らの罪を意識して、それらをちゃんと改善する為の一歩を踏み出し始めたのはロムだけなのだ』と、急に私の事を褒めだしてくれたのだった。
『失ったものを取り返そうとするロムの存在は希少であり、誰にもできる事ではない。だから、ロムは素晴らしいのだ』と、笑顔を『キラキラ』とさせたまま大絶賛である。
──というのも、その笑顔の根底には、エアが何かを『生み出す』と言う事が本当にとてもとても難しい事なのだと知ったからこそ、尚更にその想いは強くなったのだと言う……。
そして、それらの難しさは実際に作る立場になってみないと本当の意味では分からない事ばかりなのだと──。
『──お面一つ作るのにも、あんなに苦労するとは思わなかったよっ』と言いながら、エアは小さく微笑んだ。……その言葉には実際にエアが体験したからこその重みを含まれているのがよく分かる。
「…………」
そして、そんな経験を重ねたからこそ、尚更に前を歩く人の凄さが分かる様になったのだとエアは語る。
その中でも特に『ロム』と言う存在は、誰よりも『助け難い存在達』を助ける為にずっと動きつづけてきて『偉い!』と思ったのだと。
そう言ってエアは、少しだけいたずら気な表情のまま、まるで自慢話をするかの様に、『ロム』と言う人物の偉業を笑顔で語り始めたのである……。
『精霊達と、そのお家となる自然と、守りたいみんなの為に、ロムは──』と。
ロムは一番傷つきながらも……多くのものを失いながらも……それでも歩き続けているのだ、と。
その先で今、ロムと言う魔法使いは誰にも出来ない事をしようとしているのだ、と。
『──考えてみてっ。この世界の何処に、ロムの以外に世界に返せる程の『魔力生成』を行える人がいるのっ?一人も居ないんだよっ!これはとっても凄い事なんだからっ!』と。
『世界』と言う規模の大きさがあって初めて成せるその大業を、『性質』の壁すら飛び越えて、己の身一つでなした魔法使いが他にいるだろうか……。いや、当然いるわけがないでしょっ!と。
自称『神々』ですら、聞けば今あるものをどうにかこうにか弄り回して何かを作るのが精一杯なのに、『ロムは無から有を生み出し続けようとしているのだ』と。
これは言わば、『領域内』に限定して言うと『無限の魔力を備えるに等しいのだ』と。
『そんな事が出来るのは世界とロムだけなんだよっ!』と、なんともエアはとんでもない規模感で『ロム』の事を褒め称えてくれたのであった……。
「…………」
ただ、私としては──もうなんと言ったらいいのか、エアがあまりにも褒め称えてくれるので、逆に自分の話をされている感覚ではなくなっている……。
……だが、私がそうして耳を澄ませている間も、エアの話はまだまだ続いており──
『──ロムがいる限り、わたし達の家は無くならないのだ』と。
『その安心感は言葉に尽くせないけど、まるで永遠の幸せが傍で見守ってくれているかの様だ』と。
『同じ魔法使いとして、その背中の大きさを感じない日は無いのだ』と。
『優しいし、カッコいいし、かわいいし、好きだし。いい匂いだし。いつもありがとうって思ってるし──大好き愛してるっ!』と……うっ、うむ。
いきなりだったので、今のは少しだけ驚いてしまった。
……だが、私も愛してるぞ(心の声)。
『……そしていつかは、そんなロムを支えられる様に、いずれは肩を並べて、ロムの期待通り──』
「──ロムを超えられる様な、そんな凄い魔法使いになってみせるからっ。だから、これからもずっとわたしの傍に居てねっ!」
──とエアは語り、またいつのも無邪気な微笑みを見せるのだった。
……まあ、最後の方には、『……あれ?わたし達って最初何の話をしてたんだっけ?──あっ、そうそう!お面は外しちゃだめだって話をしてたんだっ!』とか。
『……あれっ?でも、それじゃあなんでこんな話に脱線しちゃったんだっけ?──可笑しいねっ』と言いながら、『ケタケタ』とエアは笑うのだった。
……そのおかげで、私もさっきまで何を悩み、何を恐れていたのか、もう忘れてしまったのである。
「……ありがとうエア」
「ううんっ、こちらこそっ。いつもありがとうねっロム」
……それに、言葉以上にエアの『想い』が『心』へと沢山沢山……伝わって来た気がした。
『心』とはなんと複雑なのかと、いつも想う。……だが、同時になんと素晴らしいのかとも私は想った。
『はぁー……』と、溜息に似た吐息が思わず出てしまう位に、今の私の胸は『喜び』で詰まってしまいそうだ。
……何となく、嬉しさで窒息しかけそうな感覚と言えば分かるだろうか。
……言葉も上手く出て来ない。
お面の事で最初は叱られていた筈が、いつの間にかこんな素敵な褒め殺しにあってしまうとは、なんとも想像外であった。
──因みに、もう言うまでもないかもしれないが、またもや私の『心の中』はお察しの豪雨状態である。……もう誰か、海の広さを包み込める程の手拭いを持っていないだろうか。急募です。
「…………」
「…………」
──そうして、微笑むエアと見つめ合いながら、『内側』の私は着けていた『炎舞のお面』を取り外すと、『外側』のお面と素早く交換して『──サッ』とエアの作ってくれた『木のお面』を顔へと装着したのであった。
言葉こそ上手く出て来てくれなかったが、エアのその無邪気な笑みに私も笑顔を返したくなってしまったのである。
だからせめて……『喜のお面』を着けてみたのだ……こ、こじつけだけど……。
「…………」
──彼女がくれる表情はいつもあたたかい。私は君とこの先もずっと笑っていたいと強く想った……。
またのお越しをお待ちしております。




