第520話 災。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
それから数日、兎さん達の『撫でて欲しい欲』を満たす為に頑張ったおかげで『複数の事を同時に行う』事にもだいぶ慣れてきた私である。
おかげで思っていたよりも早く『感覚的なズレ』も治り、結果的に魔法の訓練にもなったので大きな収穫だった。
それに、これまた副次的な収穫になるのだが、例の『私の魔力から発せられる匂いの効果』についても、また一つ新たな気づきを得たのである……。
「…………」
……と言うのも、ここ数日兎さん達を撫で続けていて気づいたのだが、私自身は殆ど『疲れない』事が分かったのである。
ただまあ、これに関しては『魔力生成』を得た事と、事前準備として『魔力で栄養補給』できるようにしていた事が関係しているとは分かるのだが、本来ならばバウ達と同じく『お食事魔力』を口にしないといけないと思っていたのが──その実、『常に満腹状態』とでも言うのか、一切『補給せずとも平気な身体』になっていた事に気づいたのだ。
また、『召喚獣』と言う魔法的な繋がりがあった為か、白い兎さん達も『私の傍に居る間』はその魔力の影響下にあったのか、私同様にひたすら撫でられていても元気いっぱいだったのである。
「…………」
……だが、数日経って十分に撫でられて満足した兎さん達は、まだ満足していない兎さん達と交代する為に私から離れてしまったのだが、そんな離れた兎さん達が暫くすると『強力な魔法付与』が突如切れたかのような反応を示して、一斉に急激な空腹を訴え始めてしまったのだった。
中には『あまりにも疲れすぎて』ぐったりとし、酷い衰弱の為に一歩も動けなくなってしまった兎さんもいた程だったのである。
幸いと、白い兎さんは無事だった事に加え、その場には私も居た事によって直ぐに異変に気付き、【空間魔法】の収納から兎さん達の食糧を沢山出す事によって事なきを得た訳なのだが、これがもしも誰も傍に居ない状況で、同じ様な事が起こっていたらと考えるとゾッとしたのであった。
──ただまあ、その出来事により、私は自分の『魔力による効果』に、傍に居る事で他者にも疲労を忘れさせる……『疲労忘却』とでも言える様な効果が備わっている事に気づけたのだ。
「…………」
……恐らくだが、傍に居る時間に比例するタイプの『力』であるらしく、短時間ならばその効果もほぼ一瞬で終わってしまう感じだろうとは思うのである。
そして、兎さん達の様子からその効果が切れる条件としては、ある程度私から距離が離れた後に効果時間が過ぎる事で切れる事が分かった。
因みに、その効果時間は傍に居た時間に比例して延びていく様に感じる。
また、傍に居ても確りと『補給と休養』を挟めば、もし効果時間が切れても同じような問題にはならない事もある程度確認できたのであった。
……だが、これでもしも私の傍に長時間居たまま、『飲まず食わずの戦闘』でも行った時には、それはそれは恐ろしい事になるだろうと思い、私は内心青ざめたのである──。
なにしろ、それはつまり、私の傍に居ると『無理ができてしまう』状態になってしまうと言う訳なのだ。
それも本人に一切の自覚が無いままに、である……。
今思うと、兎さん達のあの『撫でて欲しい欲』も、もしかしたらそれに付随した特殊な行動なのでは?と思えてくる程だ。
……だが、そうすると──
「──ッ!!」
『……エア、ご飯は食べたか?』
『──えっ、ロム?どうしたのいきなり……』
……『外側の私』がその事実に気づいた瞬間──私はすぐさまに『内側』にてそんな言葉を背後に居る愛しき存在へと問いかけていた。
ここ数日──いや、正確に言うならば十日程だろうか……。
『内側の私』はその間ほぼほぼエアと一緒に過ごしていた訳なのだが、離れていた瞬間自体は何度かあったものの、そのどれもがほんのちょっとの時間でしかなく──恐らくは、未だエアは効果時間が切れる程の時間を、私と離れていない事に気づいてしまったのだ。
それも、エアにしては異常である事に、食事をしている姿を私はこの間、全くと言っていい程に目にしていなかったのである。……言い訳にしかならないが、最近はエアも自分の食事の準備は自分でする様になっていた為に気づけなかった。
そして、恐らくはエア本人も、普段なら感じる筈の空腹感が無い事によって、油断していた部分もあるのだろう。
「…………」
それに、『私の魔力の匂い』に一番夢中になっていたのはエアであり、その『特殊な効果』の影響を一番受けていたのもエアであった。
……それこそ、正常な判断を失いかけて居た程にだ……。
……もしや、だからこそ無意識にも、あの日と同じ様に『甘噛み』をしていたのだろうか……?
「……え、エア、これをゆっくりと飲んで……そして、こちらも食べて貰えるだろうか?」
「えっ?おんぶしたままでいいの?──うんっ!ありがとっ!」
……効果時間が切れていなければ……離れても平気だろうとは思う。
だが、私はそのまま食事を取りだすと、それをエアの傍へと宙に浮かべて食べて貰う様に伝えた。
エアはそれを見ると嬉しそうな声をだし『ゴクゴク、モグモグ、もしゃもしゃ』と食べ始めてくれたのである……。
……エア本人は『ロムにおんぶされたままご飯も食べれるなんてっ!贅沢だな~!』と嬉しそうにして笑っている訳なのだが──正直、私の方は冷汗が止まらなかった。
「…………」
……なにしろ今、私はエアを失いかけていたのである。
……いや、正確には、私がそんな愛しき存在を殺めかけていたのだ。
そんな事実を認識し受け止めると、私の『心』はズシリとした重たい痛みを感じていた。
そして、これが『化け物』と『人』の違いなのかと──私は胸を痛めながら思い知ったのである……。
「…………」
──凡そ『人』が、『飲まず食わず』で生きていられる時間と言うのは、そう『何日』もあるものではない。
だから、当然の様に個人差や環境による差で正確な時間は異なって来るだろうが……代謝のいい『鬼人族』である事と、私の傍に居た間も普通に魔法の訓練などをしていた事を鑑みてみれば、エアの『その日数』はきっと、既に過ぎていたと私は思うのだった。
あのまま気づかずにいたら、間違いなくエアは……。
「…………」
……元々、『人』とは夢中になればなる程、時間も忘れて集中してしまう事も多いだろう。
だから、もしかしたらこの数日は、エアにとってはほんの一瞬の出来事だったかもしれない。
そして、そんな一瞬の間に、エアは命を何度も何度も危険に晒していたのだ……。
それも、これは今回限りの問題ではなく、私と一緒に居ようとする間は、これからもずっと続く話なのである……。
──その為、私はこの瞬間から『化け物という存在の意義』を、改めて深く考え始めていく事になるのであった……。
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