第519話 二兎。
『外側の私』は、未だ雪山にいた。
本来であれば、目的である『魔力生成』を手に入れたのだから、直ぐに動き出していてもおかしくはない筈である。
「…………」
ただ、新しく手に入れた『魔力生成』と言う『力』は、当然まだ完全に使いこなせているとは言えない状態である。
なので、それの効果を調べると共に、それを扱うに足るだけの技量が積めるまでは──厳密に言えば、その『性質』を保ったまま、他の魔法や各種の動きが普通に取れる状態になるまでは、訓練をする必要があるだろうと私は思ったのだ。
──つまり、『人』であったならば『食事をしている間も魔法が使える』とか、『寝ている間も魔法が維持できる』とか、そんな『複数の動作を同時にこなせる様になる』と言う話である。
これまでの経験から、『性質』を維持したまま別の作業をするのは困難であり精密さが要求される事を私は知っていた。それにまた今回の影響を受けて『使えなくなっている魔法』が有ったりはしないかと言う確認もしたいと考えていたのである。
……そもそも『複数の事を同時にする』と言うのは、魔法使いにおいては必須に近しい技能の一つでもあると私は考えており、『魔力生成』を維持したまま思い通りに魔法を扱う事が出来るかの確認は凄く大事であった。
──という訳で、早速実際に試してみたのである。
「…………」
……するとだ、案の定と言えば良いのか、やはり『人』ではない為か、これまでの魔法を使う時とは微妙に『感覚にズレ』が起きてしまっている事に私は気づいた。
『浸透しやすく色のない魔力』を生成できるようなったのは良いが、それを自分で使いこなす為にはまた今度自分の色に染め直す必要があると言う感じなので、なんだか要らぬ一手間が増えた感覚と言えるだろう。
これは『感覚派』の魔法使いとしてはかなり致命的なズレであるとも感じている。
……ただまあ、訓練次第では普通に改善できそうな問題ではあった。
それに『使えなくなって困る魔法』の方は何も無かったのは幸いである。
……正直、『人』と言う存在自体を作り替えたのだから、もっと悪くなる事も予想していた。
なので、これくらいの影響で済んで良かったと私は思う。
素直に確認しておいて良かったとも……もしもこの状態で大勢の敵に襲われていたら大変だった筈だ。それを回避できたのだから、それだけでまあ、僥倖であったと言えよう……。
「…………」
……それに、昨今は何が起こるか分からない情勢である。
自称『神々』や『神兵達』に対応する為にも、『複数の事を同時にこなす』、『手数を増やす』と言うのはあるだけで強みになる。
また、『複数の事を同時にする』訓練をする事は、それだけ魔法の訓練の質も高めてくれるのだ。
同じ時間で成果が倍となると考えれば、その効率の良さは言うまでもないだろう。
だから、この機会に確りと集中して事に励み、効率よくズレを修正していきたいと思った。
『内側』では、兎さん達の新しい住処となる『雪山』を作っている所でもあり、それが終わるまでにはなんとか形にしたいと私は思う……。
「…………」
……ただ、それから暫くして、己の感覚のズレを直す為に魔法の訓練をしていた訳だが、私は少し困った状況に陥ってしまったのだった。
と言うのも、つい先ほど『複数の事を同時にやるのは良い事だ!効果的だぞ!』と言う話をしたと思うのだが……すまない。それも少しだけ前言撤回をしたいと思うのである。
でもその言葉の全てを撤回したいわけではなく、『複数の事を同時にする』訓練をするは良いのだが、それには段階を踏む必要があるかもしれないと感じたのだった。
もっと言うならば、そこには『練度』と言う大事な要素が関係してくるわけで……何でもかんでも、『練度』が低いまま無理に同時にやるだけでは流石に意味が無いと気づいたのである。
それどころか、中途半端に手を出す位であれば、最初から一つの事に集中し終始した方が余程効果も高まるだろうと。
……まあ、改めて言われるまでもない事でもあるのかもしれない。
「…………」
……ただ、複数の作業を同時にする場合にはよくよく見極め、その時その時で判断しなければいけないだろう。自分の『練度』がそれに見合うのか否かを……。
そうでなければ、自らの行いが良くない問題を引き起こす可能性もあるのだから……。
「──おっと、待ちなさい。流石の私でも腕は二つしかないのだ。……ん?撫で方をもう少し変えて欲しいと言われても、全員同時には無理なのだぞ?──えっ?君は首をこちょこちょされるのがいいと?そうかそうか、こ、こうか?よしよし──えっ?そっちの君は両手でもみくちゃに撫でて欲しいと?……だが、そうするとやはり手が足りなくなって……なら魔法で撫でるからそれで──えっ、嫌なの?直接触る以外は認めないと?……だが、しかしな──」
……世の中にはどうしたって『限界』と言うものがあり、それを無視したまま行動し続ける事は『人』には不可能なのである。
だが、それを続ける事の出来る存在であってもまた、己が与える影響をちゃんと認識しておくべきなのだ。
その行動にどのような結果が伴うのかを、特に──。
……そうしてここ数日、お腹も減らないのでひたすらに『魔力生成』をしながら、『外側の私』は守って貰ったお返しに感謝の気持ちを込めつつ白い兎さん達を撫でながら一緒に遊んでいた訳なのだが、段々とそんな兎さん達の様子が変化してきたのであった。
──と言うのも、これまた『不思議な効果』の一部なのか、撫でていると兎さん達の毛並みがキラキラと更に美しく輝き始めたのである。
最初は、白い兎さんだけを私の手で直接撫でていたのだが、白い兎さんは今ではピカピカの白銀色になって、うっとりとしていた。
すると、段々とお子さんやお孫さん達がそれを羨ましがってか『ピョンピョン』と騒ぎ出してしまったのだった。
どうやら『魔力の匂い』による影響もあってか、少しだけ兎さん達の『嫉妬心』的な欲望が湧き上がってしまったらしく、自分達も『撫でて欲しい!』と、スキンシップ要求が始まったのである。
そして、その様があまりにも愛らしかったので、私もついつい安請け合いをしてしまってその全部を引き受けた訳なのだが……『もっと構ってもっと!』と、『こっちもこっちも!』と、私は大忙しになってしまったのだ。
一応『魔法の訓練』にもなるからと思い、最初はなんとか魔法も使って対応していたのだが──その内、直接手で触れた方が効果が高い事を兎さん達が察すると、『魔法じゃ嫌!』と『手で撫でて欲しい!』と、『こっちもこっちも!』と、なってしまい大わらわになった。
終いには、お子さん達やお孫さんを優先した結果『……ふんっ、子供や孫ばっかり可愛がっちゃって……わたしの事なんかもうどうでもいいんだ……』と、白い兎さんまでツンとして拗ねてしまう事態となってしまったのである。
「…………」
『二兎追う者はなんとやら──』とも言うが、そんな言葉をまさに戒めるべき一日となった訳であった。
──因みに、その後の私は一生懸命『わしゃわしゃ』とひたすらに撫で続け、兎さん達が満足するまで更に数日かけて頑張ったのであった……。
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