第516話 人生。
2021・05・02、本文微修正、物語の内容に変更なし。
白い兎さん達に作って貰った『雪の半球状のお家』にて、私はその中心で沢山の兎さん達に囲まれながら『性質変化』を始めていた。
そして、『先ずは何から消費しようか……』と、私は『虚』の中へと自分を落とし、残されたものを一つ一つ解いて行く作業をしている。
地面も無く、ただ夜闇が広がるだけの空間に、宙に浮かぶ光る苗木の様な姿で──『どれだけの魔力が生み出せるだろうか……』と私は思う。
出来る事ならば少しでも『人』らしさを残しておければ幸いだが……流石にそれは甘すぎる考えだろうか。
ただ、優先すべきは目標の達成にあり、『世界』と同じ位とまではいかずとも、最低限『大樹の森』を満たす位は魔力を生み出せるようになりたいと思っている……。
『……ふぅー』
……私(苗木)は深呼吸を一つして気持ちを落ち着かせていた。
因みに、ここでは本当に呼吸が出来るわけではないので、そのフリをしているだけである。
ただ、それによって幾分か気持ちは落ち着きを取り戻せた気がした。
……いきなりの高望みはしない方が良いだろう。先ずは一つずつ丁寧に進めて行こう。
『人』として必要とされる機能を切り、身体を部分部分で小規模に構成し直していく。
……『内側』には『大樹の森』を抱えたままなので、それを落とす事ないように気をつけて。
そちらの【固定】だけは何があろうとも揺ぎが無い様に気をつけた。
そして極端な話、この身体は既に魔力で出来ている『領域』なので、身体機能の維持に関しても全てが魔力のみで動けるように切り替えていったのである。
……要は、今後は私のご飯は『お食事魔力』で平気になると言う話だ。バウ達と一緒である。
そもそも『領域』の維持を『人』の食事で賄える様に今までは調整してきた訳だが、その必要がなくなり、逆にこれに関しては無駄を省く結果となって今までよりもだいぶ調子が良くなったのだ。
これで私はより完全な『領域』へと一歩近づたと言う訳である。
そしてここだけの話、『魔力生成』をするにあたり自分の身体の栄養を魔力のみで賄える様にした訳なのだが、これは後々を見越しての行為であって、先にこれをして『無駄』を省いておく事で全体的な効率を上げようと言う狙いがあったのだ。
──そもそもが、『水と食物を喰らって力を得る』と言う行為はかなり『設計として無理がある』と、魔法使いとしての私は常々感覚的に疑念を抱いて来たのである。
なにしろ、その『力の変換』にはかなりのロスがあり、その効果の程もかなり曖昧だからだ。
『喰らえば喰らうだけ力を得る』と言うのであればまだ分かり易い。だが、そうではないのである。
だから、『人』を『作りし存在』は、どうしてこんな『不完全な生物』を作ったのだろうかとずっと不思議に思っていたのだ。……そこには何かしらの思惑でもあるのだろうかと。
──因みに、これは魔法使いの世界において昔からある有名な話の一つでもあった。
『不老不死』になるだけならば、『魔力で身体を運用出来れば良い』と。
実際に、そう言う生物も居た為にそれは不可能ではないだろうとずっと考えられてもきた。
──だが、実際にそれを為すためには『性質に干渉する為の力』が必要であり、魔法使い達は皆その『力』を手に入れる事が出来ずにいたので、考えを断念せざるを得なかったと言う訳なのである……。
「…………」
……だが、それもまた仕方のない話ではあったと思う。
なにしろそれは、『差異』を二つ超えた先で漸く手に出来る『力』なのだから──。
私の場合は偶然に近く、エア達の傍に居たいが為に、己の身体を魔力で構成できるようになった事でこの『力』を手に入れてしまった訳なのだ。本当に何気なく、気づいたら使える様になっていたのである。
でも、改めて考えてみれば、これはまさに『魔法使い達が求めていた力なのでは?』と、後々になってふと私は気づいたのだった。
正直、エア達の事にばかりが目に入っていて、それに気づくのはだいぶ遅かったのだが……。
……まあ、自称『神々』なども『神人』や『神兵達』を作り出したと言う話だから、手にしている『力』はそれと近しいものだとは思う。
なので、言ってみれば別にそこまで珍しい『力』と言う訳ではないのである。うむ、そう言う事にしておこう。
「…………」
──まあ、話を戻すが、そんな『力』を使わなければいけない『魔力による身体運用』が『事前準備』で必要としたのも、出来るだけ自分の状態を感覚的に把握し易くしたかったからという狙いもある。
実際、これから行う『性質変化』の方は色々と複雑であり容易ではないと予想していた。
自分の『領域内』であるからこそまだ少々の無理も通っているが、これだけ複雑だと失敗する可能性が高いと感じる程には危険である。
……その為、『性質変化』以外で現状かかっている『他コストの無駄』を省いておきたいと言う考えは、かなり有効的な考えだと私は思ったのだ。
『……ふぅー……』
そして、この事前準備が出来て漸く『魔力生成』の『性質付加』に移れる訳である。
……長々と語っていたが、これでまだ『準備段階』だったのは大変に申し訳なく思う。
だが、少しだけ気疲れもしてしまった為に、一旦休憩させて欲しい……。
現状、『内側』では、私の隣にはエアが居て、私の手を握ってくれている。
『外側』では、私の足の上に白い兎さんが居て、『スピスピ』と鼻を鳴らしながらこちらの様子を窺ってくれているのが分かる。
見た目に何か急激な変化等は表れないとは思うが、二人の視線からは心配されているのがよく伝わって来た。
それだけ強く、守ろうとしてくれているのもよく分かる。とても頼もしくて、あたたかい。それをなによりも嬉しく想う……。
守ってくれる皆の一つ一つのそんな気持ちが私の『心』を癒してくれているようだった。
……おかげで、『もうひと頑張りだ』と気合も入る。
正直な話をすれば、この先に進んだら、その大事な『あたたかさ』さえ感じられない存在になってしまうのではないかと言う──そんな怖さはあった。
「…………」
『化け物』になると言うのは、そんな可能性も当然孕んでいるのだと……。
……もしかすると、今後は触れ合えなくなって、私の身体はエア達の『あたたかさ』を感じられなくなり、エア達に何も返してあげられなくなるかもしれない。
この凍り付いた表情のように、今度こそ私は完全なる冷たい存在になってしまうかもしれない……。
レイオス達にもまた恐れられたり、嘆かれてしまう事もあるかもしれない……。
それだけやっても、結果としてどれほどの魔力も生み出せず、無駄に終わるかもまだ分からない……。
「…………」
……そんな色々が、ふと怖くなっていたのである。
──だがしかし、癒された私はもう平気だった。奮起し、また自然と歩みだしていけると感じる。
そもそも、立ち止まるつもりなどもなかったのに、ついついふらっとしてしまい、少しだけ弱気になったフリをしまっただけの話なのだ。……別に、他意はないのである。
──元々、決心など最初から出来ている筈だった。
今更、引き返す愚を冒す程に軟な『人生』も歩んできていないつもりだ。
例えこのまま泥に塗れ、這いずる事になろうとも、最後まで突き進む──
私は、ただそれだけしか出来ない。そんな不器用な魔法使いなのだから……。
『……ふぅ』
……何度目になるかは忘れたが、私は再び呼吸を整えていた。
そして遂に、残った『人』としての『性質』も私は一気に解いて消費していき、『魔力生成』を己の中の『性質』へと付加していったのである……。
「…………」
──そうした先に、この日、この時、私が失い、そして得たものは、いったいなんだったのだろうか。
そして、それは果してどちらの方が大きかったのだろうか。……それは誰にも分らなかった。
……ただ、それが例えどうであったとしても、その瞬間に、私の『人生』は終わりを告げたのであった──。
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