第515話 親雪。
白い兎さんは私の唯一無二の『召喚獣』である。
普段は素っ気無い態度を取る事も多いが、その実とてもあたたかくて、その毛並みは流れる様に美しい。……機嫌がいい時には頭の上に乗って来るし、話も聞き上手である。
そして、困った時には颯爽と駆け付けてくれるその姿は、まるで物語に出て来る英雄であるかのような頼もしさだ。
一時期は身体が大きくなったまま戻らず、困っていた事もあったけれど、今ではそれもすっかりと自在に操れるようになったらしく、故郷の雪山では熊などと戦う際に巨大化して『兎さんビンタ』か『兎さん頭突き』で倒しているらしい。
そして、雪面を翔ける事においては依然として他に並ぶ者が居らず、今尚この雪山では最速であるとか。誰よりもこの雪山を疾駆しては時折迷い込んだ人などを助けつつ、子供や孫の面倒を見ながらスピスピと小さな鼻を鳴らして楽しく暮らしていたそうである。
……実は、気付けばいつの間にか家族も沢山増えていたようで、そんな幸せそうな白い兎さんの姿を見られて私も心から嬉しくなった。
「…………」
そして、『安全な場所』を求めていた私としては、その白い兎さんのお誘いはまさに救いの船だったのである。
『……もっと呼んでくれて良かったのに、全然呼ばないんだからもうっ──だから、逆にこっちで呼んでみたのっ!』と、久々に会った白い兎さんは『プンスカプンスカ』と怒った雰囲気を漂わせながらも『ぴょん』と私の頭の上に乗って来てくれたのだった。……ご機嫌ではあるらしい。ありがとう。
その上、私が事情を話すと、『それならここでゆっくりしていったらいいわ!』と言ってくれて、雪山に積もる雪を魔法で操りつつ、白い兎さんの子供達と一緒に大きな雪のお家までを作ってくれたのである。
……因みに、白い兎さんの子供やお孫さん達は軽く近くにいるだけでも十数人は居り、皆白い兎さんによく似た美麗な毛並みの持ち主ばかりであった。魔力でキラキラと光っても見える。
私は直ぐに完成したその可愛らしいお家に屈みながら入らせて貰った。すると、中は普通に立てる位の高さもあってとても広々としている。それに、思っていた以上に寒くも無かった。快適である。
「…………」
そう言う訳で、早速『雪で出来た半球状のお家』の真ん中で私は腰を下ろすと、『人』としての『性質』を『魔力生成』へと変える為の準備も始めていく事にした。……善は急げである。
──因みに、胡坐をかく私の足の上には白い兎さんが座っており、白い兎さんの子供やお孫さん達も私達の傍で『雪の半球状のお家』の中がぎっしりとなる程に入っている為、このお家の中は何もしていないのにも関わらず『ホカホカぬくぬく』としていてとてもあたたかい。
……これには普段から各地で穴を掘って寝ている兎さん達もにっこりとして、『偶にはこんなのも良いね』と嬉しそうにしていた。
特に、お子さんやお孫さん達からすると『雪のお家』と同等に私の事にも興味があったのか、代わる代わる『スンスン』と匂いを嗅ぎに私の傍まで寄ってくると、『うんうん!』と何かを満足しては頷いて離れていくのであった。
『……?』と、正直私からはその行動の意味が解らなかったが、その時の兎さん達の様子は『おおっ!お話の通りだ!』と、まるで何かを確認して喜んでいる様に見えたのである。白い兎さんがお子さんやお孫さん達に何かお話でもしていたのだろうか。
まあ、私からすると兎さん達が楽しそうにしているだけで問題はなかった。
それに、暫くすると子供やお孫さん達は満足したのか『スヤスヤ』と安心するかの様に身を寄せて来て、みんなで眠りに落ちてしまったのである。
「…………」
……私と白い兎さんは、そんな小さな兎さん達の仕草を微笑ましく感じつつ、ちょっとした情報交換していた。
すると、やはりどうやら昨今の『神兵達の解放』による情勢の変化は、この雪山にも少なくない影響を与えていたそうで、『熊や猿などの人型に近しい動物達』もまた『神人達』は狙う事があるらしく、それによって『異形と化してしまった動物達』との戦闘がここ暫くは激化していたりするのだとか。……油断ならぬ話である。
その為に現在も、白い兎さんの大家族の中で特に戦闘を得意とする者達によって雪山は警戒態勢中らしいが──もしも強力な異形動物が生まれてしまった場合などは颯爽と白い兎さんが駆け付けて倒していると言う話であった。
「…………」
……ただ、それを受けて白い兎さんとしては、家族の数も多い為に、このままこの土地にいて良いのかという悩みも出ているそうなのである。
現状は、確かに対処は出来ている。
だがしかし、その脅威が今後は増えるかもしれないと言うのは簡単に予想出来る事でもあった。
ならば、『その予想ができて余裕がある内に策を練り対処法を準備しておくのは一家の柱として当然の行いである』と。
『行き当たりばったりの後手後手の対処ばかりでは、いずれ大きな被害を生んでしまう事になる。そんな愚は冒せないのだ』と。
──そんな風に白い兎さんは考えているそうなのだ。
……でも正直、その話は私も身につまされる話であった。もっと気をつけたいと思います。ごめんなさい。
──と言うか、白い兎さんがやはりヒーローの様にかっこ良く見えた私である。
その存在は『素晴らしい』の一言では到底足りない程に『素晴らしい』と感じた。
でも、当然の様にそんな素晴らしい白い兎さんでも困った状況になる事はある訳で、その様な場合には『やはり頼りになるのはロムしかいない──!』と、考えてくれたという訳なのであった。
「…………」
……そりゃもう、そんな喜ばしい事を言われてしまった私としては、『全力で応える』以外の選択肢は即消去するのみである。
それも、そうした自分達の心配事があるにもかかわらず、こうして私達の事を心配し助けてくれたその優しさには感謝しかなかった。
【召喚】と言う繋がりを通して、私側も何かしらの心配事がありそうだと察すると、白い兎さんは何よりもまず先にあのような『想いの溢れる言葉』を届けてくれたのである。
……私はそれが本当に嬉しかった。
「…………」
それにまあ、時機としては偶々だったのかもしれないが、これ以上ない程の好機だとも私は思っている。
……『人』でなくなる前に、『大樹の森』へと新たに『雪山』を作り、白い兎さん達が安心して皆で移って来れる様な場所を作っておこうと思ったのだ。ただ、そちらに関してはその大部分を精霊達やエアやレイオス達に協力を頼む事になるだろう。
そして、ほぼ同時進行として私は己の『性質の変化』へと着手していくつもりである。
また、その間の『外側の私』の守りは白い兎さん達に完全に頼り切りになる事が決まったのだった。
いつもいつも、白い兎さんには大変かつ面倒な役割ばかり頼んでしまって申し訳なくなるが、おかげでこれ以上ない位に私は安心して集中出来そうである……。だから少しだけ待って居て欲しい……。
「…………」
『──本当に素晴らしい者は誰なのか、わたし達はみんな知っているわ。誰にも出来ない事をしようと足掻く人の──歩き続ける人のそのカッコイイ背中を沢山見て来たんですもの……わたし達がこう在れるのは全て貴方のおかげ……だから、今だけはゆっくりとおやすみなさい。愛しき白銀、わたし達の最高の主様──』
……そうして、私は『雪のお家』の中で沢山の兎さん達に囲まれながら──その白い兎さんの微かに聞こえてくる話を子守唄にするかのようにして、『人』として最後の微睡みに入っていくのであった……。
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