第512話 虚々。
(ここ暫く説明回的な話が続いておりますが、それももう少しで……)
『毒々しい槍を持つ者』の話が終わり、彼女達が去って行く姿を見送ると──私とエアは何も言わず、ただただ見つめ合っていた。
「…………」
「…………」
……色々と、考えさせられることが多い話し合いだったと思う。
なんと言えば良いのか、上手くは言えないが『泥の魔獣』の話を沢山聞いたのだ。
でもそれが自分の話をされている様には何となく思えなかった。
もう一人別に、そんな存在が居るかのような、そんな不思議な感覚を私は味わっていたのである。
……見る者が変われば、物事とはこうまで違って見えるのかと言う、そんな話でもあった。
「…………」
「……ロム?」
……だが、物事の見方が変わったとしても、結果として変わらない『事実』がそこにはある事を同時に思い知ってもいた。
──なんの事は無い。『知り合いのドワーフ男性を助けるためだ』と意気込んで、原因を探るべく街まで来た訳なのだが……私こそがその大元の原因だったのである。
この不愛想な顔でなかったとしても、なんとも笑えない話だった。
……己が昔したことが、巡り巡って知己を傷つけるに至ったのである。
勿論、直接『ドワーフ男性』を『喰らった』のは私ではなく、『神兵』だった。
そして、その『神兵達』が異常に増えた原因の一端として、管理者である『神々』を『喰らった』のは『毒々しい槍を持つ者』である。
──だが、そうなるに至ったのも大元の原因として、私が考えも無しに『ドッペルオーブ』を作り続けていた事が、『世界の魔力と淀みのバランスが崩していた』からだと言う。
『……当たり前に目の前にあるものが、ずっとそこにあるとは限らない』のだと。
『行動には何かしらの結果が伴うのだ』と。
またそんな当たり前の事を突き付けられた気分であった。
だから、尚更に私が原因であると言うその『事実』からは目を背けてはいけないとも私は思ったのだ。
……ただ、なんとも皮肉な話ではある。
『泥の魔獣が歩んだ場所には災いが降り注ぐ──』みたいな話を『尾行者達』が噂していたが、あの時は『──なにを馬鹿な事を言っているのだ……』位に思っていたのに……その実、彼らの方が正鵠を射ていたのだから……。
私は『呼吸』するだけで、誰かを傷つけていたのである。
……そんな私は、まだ『人』と呼べる存在だろうか。
「…………」
「……ろむ?」
勿論、今後『魔力のスーハー』をしなければこれ以上の悪化は防げる話ではあった。
なので、その点を鑑みればここでその事に気づかせてくれた『毒々しい槍を持つ者』に私は感謝しかない。
──と言うか、あの自称『神々』も、襲撃を仕掛けてくる前にこうした普通の忠告を先にしてくれれば良いのにとは思う。……まあ、今更な話ではあるがな。
ただ、正直言って他にも思う所は色々とあるし、心に来る罪悪感も痛みを感じさせたが、それに囚われる事だけは無かった。……こんな所で暗い話をずっと無意味にしていたい訳ではないのだ。
今のぼやきだって、ただ単に現実の確認をしただけである。
だから、ここで立ち止まるつもりは一切無い。
私はまた直ぐに前を向いて歩いていこうと思っていた。
……なーに、こんな現実の一つや二つで、一々しょげて落ち込む程に軟ではないのだ。
それを受け止めきれるだけの歳と経験は十分に重ねて来ているのである。
それに今回の場合でいえば、その大元の原因の解決策として『私自身が魔力を生み出せるようになればいい』と言う答えが、考えるまでも無く既に頭に思い浮かんで居た。
だから、その方法をとれば『世界』にも『大樹の森』にも、『外側と内側』の私を通して魔力を分け与える事が出来るのである。
そうすれば、魔力を元の場所に返せるし、『魔力と淀みのバランス』も戻るだろう。
だから、平気だ。……私はまだ、皆を守っていける。
「……エア」
「──なにっ?ロムは今、何を考えてたのっ?」
──そして私は、答えを出すまで隣で待って居てくれたエアへと、まとまった考えと素直な胸の内を正直に打ち明ける事にした。……少しだけ待たせ過ぎてしてしまったかもしれないが、待って居てくれていつもありがとう。
……なので、エアには此度の件が魔力を得る為に奥義である『ドッペルオーブ』を使っていた事が原因だった事を伝え、今後はそれを使わない事を先ずは話したのだった。
そして、『魔力と淀みのバランス』に対する解決策の方も既に考え付いており、心配は要らない事もちゃんと伝えたのである。
よって、今後は『ドッペルオーブ』を作らずに、私自身が『魔力を生み出す』様になる事で、『領域』である『大樹の森』を支えていくつもりであると。
そして『世界』に対しても、余剰分の魔力がでたら少しずつ返していくつもりである事を確りと語ったのだった。
……ただ、逆に現状の『異形の存在達』に関しては、残念ながら『ドワーフ男性』や『神兵達に喰われて異形となった者達』は助ける事は出来ないと、そちらはきっぱりと『断念する事』を決断したのである。
もしかしたら『何かしらの助ける術があるのかもしれない……』と、まだそんな淡い期待は正直捨てきれないが、諦めたのだ。
──と言うのも、一昔前、それこそエアとも出会う前の古き冒険者時代にて、同様に『モコ』に喰われた者達を助けようと色々と手を尽くしたことがあったが、この状態になってしまうとどうやっても元の存在には戻せない事を私は痛い程に経験として知っていたからである。
……なにしろ、もうあの『異形の存在』は別人なのだ。
あの存在はもう『神兵』であって、『ドワーフ男性』の『心』はそこには無いのである。
それを『回復や浄化』でどうにかできる筈が無かったのだ……。
だから、『巨大な樹木の魔獣』となってしまった『喫茶店店主』の状況とはまた別の話である。
あちらは、あの巨木の魔獣から彼女の『心』を感じるのだ。
なので、『神兵達』に対する対処法としては、『喰われないようにする』しかないのである。
各自がその為に気をつけるしかないのだ。
「…………」
……だが、もう別人だからと言って、あの山の隠れ家の傍に残してきた『異形の存在』を私が倒せるのかどうかは、また別の話ではあった。
と言うか、当然今の私にはそんな事は出来そうも無いのである。……いや、したくなかった。
次にもし『襲われでもしない限り』は、私から彼らに手を出そうとは現状考えられないのである。
……勿論、『あの神兵』をあそこに残していく事によって他の誰かが襲われる可能性はあるが──それでもだった。
『あの神兵には彼の性質が宿っているのか……』と、少しだけ感傷的になってしまうのである。
また、もしかしたらお酒でも置いておけば、あとは勝手に家づくりだけに『神兵』が没頭する可能性だってあった。『異形だから』と言うそんな理由で戦いたくはないし……性質を継ぐと言う事は、つまりはそう言う可能性だってあるのだと、そう思いたかったのである。
……それに、純粋にあの存在が『神人』や『神兵』と呼ばれる存在の仲間だと知ってしまうと、どうにも蔑ろにして良いとも思えなかった。
彼らにも『心』が確りとあると聞いてしまったからには……その『心』を基準に『人』の判断をする考えを私は違えたくなかったのである。
……そうしないと私も、『人』と『化け物』の線引きが出来なくなってしまうのだ。
「──うんうん」
……そうして、私が胸の内を語っていると、エアはその一つ一つに頷きを返し、確りと聞きに徹してくれていた。私としてはそれがなんとも有難いと感じている。
恐らくだがエアは、私の話も聞いた後で改めて自分なりの答えを出すつもりなのだろう。
なので私は、先に自分が出来る限りの考えや知り得た情報、そして懸念事項などをエアへと伝えておく事にしたのだった。
──具体的には、先ほど『毒々しい槍を持つ者』が最後に言っていた言葉の意味などに関しても、私なりの見解を交えて伝えておく事にしたのである。
と言うのも、何故最後に彼女があんなことを言って去ったのか。
あの言葉の裏には、幾つもの意味がある事を私は自然と感じ取っていたのである。
当然、それは単なる『貴方達も身の安全には気をつけた方が良いわよ!』と言う意味だけではないと私は思った。
「…………」
……因みにこの時、エアは『外側』に出てしまっている為まだ聞いていないのだが、『内側の私』は精霊達からも密かに話を受けていて、各地の状況を精霊達から簡単にだが知ることが出来ていたのであった。
なので要は、そんな精霊達からも教えて貰った情報含めての判断なのだが──。
それからすると、彼女のあの話は恐らく……今後は『神々』が『人』を使って色々と仕掛けて来る可能性が非常に高くなったという事を先ずは暗示してくれたのだろうと私は察したのである。
『神人』や『神兵達』と言う『優秀な手駒達』が居なくなったとあらば、あの自称『神々』が次に取りそうな手段としてそれは十分に考えられる話だと私は考えた。
その上、『神兵達の解放』による被害の大きさは、『魔力濃度が薄くて、淀みの濃度が濃い場所』に傾倒してくることが先の話からは予想できる。現に、精霊達の教えて貰った情報もまさにその通りであった。
──という事はつまり、各地の大陸にある『大樹』を設置した傍の『魔力濃度が高くなっている』街の傍は自然とそんな『神兵達の被害』が低くなる『安全な土地』として『人』に知られるようになるだろう、と言う話なのである。
その為、そんな『安全な土地』を求めて『人』による奪い合いや争いが激化したり、逆に『泥の魔獣』と言う『災いを振り撒く存在』を積極的に排除しようする行動が今後は増えてくる可能性がとても高くなるだろうと私は判断したのだった。
またその際の『神々』の思惑を、私なりに『読む』とすると、それらの『魔力濃度が高い土地』の要因を敢えて潰す事によって、『世界全体の魔力濃度の均衡を保つ』と言う作戦を、奴等は考えつきそうだと、そんな気もしていたのである。
……と言うか、奴等が凄くやってきそうな作戦であると思った。
なので、これにも注意を払いたいと思う。
──そんな訳で、結局はなんだかんだと語ってはしまったが、簡単に言えば今後『人』と戦う状況が増えるかもしれないので、『一緒に気をつけていこう』とエアには伝えたのであった。
「──うんっ。なるほどっ!ロムのお話はよく分かった!」
「……そうかそうか」
……それならば、良かっ──
「──でも、もう一つ聞いていい?……ロムはどうやって『魔力を生み出す』つもりなの?」
「…………」
「……もしも、それが出来るなら、もっと早くにロムならやってるでしょ?……だけど、今日までそれをやっていなかったと言う事は、何かしらのリスクがあったからじゃないの?──そもそも、魔力は循環するもので、世界全体の総量が変わらないのだとしたら、新しい魔力はどこから持ってくるの?何を消費するの?……ねえ、ロム?……ろむはまた……消えちゃったりしないよね?」
……と、そう問いかけて来るエアは、いつの間にか隣に居る私の手を『ギュッ』と掴むと、痛い程にきつく握りしめるのであった──。
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