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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第51話 気。





 その後の寒い季節は穏やかなまま過ぎていき、エアは毎日欠かさず練習を重ねた。

 私もその練習を手伝いながら森の中の淀みを浄化し続ける。今では大体元の森の状態へと戻す事が出来たと思う。


 そうしていると、段々雪も溶け日差しが暖かみを帯びてくる。

 あまりに代わり映えしない日々に、いつだったか私は彼女へと『つまらなくはないか?』と尋ねた。

 私はこの生活に慣れたものだが、知り合いなどに言わせると街に居る事を覚えてしまうとこの生活は変化がなさ過ぎて退屈に感じる事が多いのだという。精霊達が居なければ、確かに私もそう思っていたかもしれない。


 だが、エアは『ううん!楽しいよ!』と笑って答えた。そこまで魔法の練習が楽しいとは、好きこそものの上手なれとは言うが、エアの魔法の上達の理由はこれかもしれない。彼女の魔法との相性は抜群のようだ。



 私の様にエアは『お料理』にも苦手意識を持っていないみたいだし、もしかしてエアって完璧なんじゃないだろうかと最近私は真剣に考えている。文字通りまさに鬼才、であると。




 芽吹きの季節もやってきた。

 まだいきなり気温が上がると言う事はないが、空気に色どりを感じる。

 呼吸をするだけで身の中が引き締まっていた寒い季節とは違い、どこか緩み柔らかく気分が躍る。

 エアは『天元』に風の魔素を通し、髪を綺麗な薄緑に染めて喜びの歌を歌っている。

 私はそんなエアの隣で、偶にはいいかと合わせて声を重ねた。



 初めて聞いたという顔をしてエアは歌いつつ驚きながら私へと顔を向ける。

 『偶には私も一緒に歌ってもいいかな?』と、私は視線で尋ねた。

 まあもう歌っている上に、皆程上手くはないのだが……私もそういう気分だったのだ。


 私の視線に、エアはぱあっと花が咲くかのような笑顔を見せると、精霊達と一緒に身体を揺らしながら更に歌に身を乗せた。



 歌は続けようと思えばどこまでも続くものだ。

 それも精霊の歌は単純なフレーズの繰り返しが多いので、ほんとに終わりがない。

 ハミングの様なあまり力を入れない歌い方で、皆が気分気分に代わり代わり歌っていくので、日が暮れ、月が出ても歌は続いていた。



 だいぶ大樹の周辺に精霊達が戻ってきている。みな無事だったようだ。その姿に私は安心を覚えた。

 ただ、何人かは暖かくなったというのに、まだマフラーを巻いたままの姿も見える。

 私はそんな彼らがいる方へと魔力を向け彼らの身体を癒しながら、声量を少し落として歌を続けた。


 いつの間にか、太ももの上にはエアの頭が乗っていて、そこでスヤスヤと眠り続けている。




 みな寒い季節と淀みを乗り越えそれを喜んだ。

 芽吹きの日、こうして集まれたのは偶々だが、まるで祭りであるかのように、みんなで歌に耽る。

 最初から、祭りの予定があったわけではない。

 偶々揃って、皆の気分が乗った。

 だから歌を続けた。ただ、それだけの事。



 エアが『天元』に普段よりも上手く通せたことに喜びを感じて歌い始め、精霊達がそれに応えた。

 私はそんな彼らを支える様にと声を添えた。

 


 たまにはこんな穏やかな日も良いと、改めて私は思った。

 長年冒険者として戦い続けていると、こんな日々が逆に尊いと思うのだ。

 そんな尊い時間の中に今、自分は居るのだと、それに気付いて過ごせるかどうかで、普段の生活の幸福度と言うのはだいぶ変わって来るらしい。



 毎日、同じ事の繰り返しだとしても、そこにはちゃんと意味がある。

 それにちゃんと気づけるか気づけないか。そこが重要だ。

 これもまた小さな『差異』である。



 確りと今が尊いと思える瞬間があるなら、それは己の心にとっての宝物だ。

 私にとって、今太ももに感じるこの重さもまた、その宝物の一つでなのである。



 ただ、望む望まないに関わらず、戦いとはいつも近くに在る。

 私達は魔法使いだ。誰よりも世界に感覚で触れている人種だ。

 だから、その感覚を閉ざす事無き様に、いつも気を付けなけばいけない。

 大事なものを見落とさないように…………ん?



 そこで私は、大樹の周辺の一角、溶け始めた雪がまだそこにだけ小山になっている場所を見て、ふと気づいた。


  ……あれ?寒い季節の間、闇の精霊に会ってない気がするぞ、と。



 そう思った私は、急いでその小さな雪山に近付いていき、雪をシャクシャクとかき分けてみる。

 すると、その中にはガタガタガタガタと自分の身体を抱きしめながら震える黒はにわハウスが居て、私の姿を見つけた途端に彼はガシッと抱き付いて来た。……君、やっぱり動けたのか。そうかそうか、寒かったな。ごめんな気づくのが遅れてしまって。闇の精霊も中で震えている?そうかそうか。一緒に大樹の中で温まっていきなさい。



 そうして私は、六十センチの黒はにわハウスを抱っこして、大樹の家の中へと連れて帰った。

 どうやら一つの季節、寒い雪の中で頑張って耐えていたらしい。よく頑張ったものだ。

 暫く震え続ける彼らを、震えが治まるまで私は抱きしめながら回復魔法を掛け続けた。



 大事なものを見落とさないように……気を付けていこう。

 大切な事なので、再度、私も心に刻んでおこうと、そう強く思った。

 



またのお越しをお待ちしております。

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