第506話 剋。
突如現れた『異形の存在』の原因を探るべく──私はエアと共に近くの街へと飛んだ。
……その原因を探る理由としては、単純に『異形へと変わってしまったであろうドワーフ男性を助けたい』と言う思いがあったからである。
ただそれは、たまたま彼と宴会をしようと思っていた矢先の話だったから私自身の為でもあり、彼とお酒を飲んで話をしてみたいと言うエアの思いを叶える為でもあった。
……それにまだ、完全に『黒壁の相手』が『あのドワーフ男性』だと決まった訳でもないのである。私が勝手に勘違いしてしまっているだけの可能性は残っているのだ。本人はこの先で、何食わぬ顔したまま街で普通にお酒を楽しく飲んでいるかもしれない。……なので決めつける事はせずに思考は柔軟なままにしておくべきだろう。
急いで向かったはいいものの、慌てて行ってが最後……酔っぱらった彼にそれを笑われてしまったら、流石の私も恥ずかしさで顔から火が出るかもしれない。
……だから、べ、別に、原因を探る為の行動の全部が全部、彼の為と言う訳ではないのである。なので、そこだけは勘違いしないで貰いたいのだ。
それに、『大樹の森』の中には今回と近似の問題におかれたまま『巨大な樹木の魔獣』の姿と化してしまっている『喫茶店店主』も居るし、もしかすると彼女の方の問題解決の一助にも繋がる可能性も高かった。
また個人的には、自称『神人』や自称『神』と呼んでいたあの『良くわからない存在達』の仕掛けた何らかの策略であると言う可能性もまだ十分に考えらる。
それこそ、また『ダンジョン』が『魔獣の氾濫』の時の様に異常活動をし始めただけの可能性も捨てきれない──等々、考えられる要因はちょっと思い浮かべただけでもこれだけあるのだ。
その為、私とエアは『尾行者達』がいたあの街へと情報収集も兼ねて向かうまでの間、空を飛びながらもそんな考えられる要因の話をしつつ、もし原因が判明した場合の対処と動き方などを事前に想定し確認し合っていた。
何事においても言えるのだが、事前に出来る準備をしておく事は心構えを含めて大変重要であり、実際に困難に遭遇した際にはそれによって一秒でも早く動き出せるか否かで、成果が大きく変わって来る事も珍しくないのである。
「…………」
……かつて『ダンジョン都市』を目の前にしながら、たった数瞬の反応が遅れたが故に、街の殆どを炎と衝撃に巻かれてしまった愚かな魔法使いが居たが──またあれと同じ過ちを繰り返さない為にもこれは重要な事なのだ。
同じミスをしない為にも、絶対に油断はしない……。
教訓は活かしてこその教訓なのだ……と。
またこの頭が『白いローブのただの土台だ』なんて──そんな言葉を言わせない為にも、出来る準備は最大限に整えてから問題にあたろうと私は思うのだった。
「…………」
……因みに、問題解決において戦力的には十分申し分ないだろうとは思っている。
なにしろ、解決に動いているのは『差異』を超えし魔法使いが二人もいるのだ。
これを超える存在と言うのは中々に居るまい……。
ただまあ、これも油断や驕りに繋がるかもしれないので敢えて口に出したりはしない。
ただ、内心ではエアの事を傍で見ているだけでそんな想いが思わず湧いてしまうのであった。
……なにしろ、先の鋭いエアの指摘を覚えているだろうか?単純な強さだけならまだしも、エアの『状況判断や冷静さ』は既に私を超えたと感じる出来事であったのだ。
冒険者として確りと基礎を重んじてきたエアだからこその素晴らしさを改めて感じたのである。
正直、浮かれていていい状況ではないのだが、内心では密かに、私はそんなエアの成長を喜ばずにはいられなかったのだ……。
──それに現状、『差異』を超えし魔法使いの一人には、『調整不足』で『魔力カツカツ』な『白いポンコツ』も隠れている訳で、それはこの際脇に置いておくとしても……エアと言う『近接戦闘』から『回復と浄化』までを万能にこなす天才美人魔法使いが一人居れば、私はいらないのではないかと思えてくるほどである。
……正直、今回の私は戦闘が起こる様な状況になったら、『サポート役』に徹した方が良いだろうと思った。現状『クラーケン』分の戦力しかない私よりも、成長したエアの方が強いのは間違いがないからである。
勿論、解決の為に私も全力を尽くす所存なので、エア一人を戦わせるような事は絶対にしない。
……ただ、なにが相手だったとしても、二人で一緒に協力して事にあたれば何も問題はないだろうと、そう思えたのであった。
例えそれがどんなに厳しい問題だったとしても、私達ならばと──
「…………」
「ロムッ!?あの黒いのはなにっ!!あんなに沢山、どうなってるのッ──」
──だが、『街へと飛んで原因を探ってやろう』と、『なんとか出来るだろう』と、そんな意気込みを携えてやって来た私達が見たのは想像以上の光景であった。
……もしそれを一言で言い表すのだとしたら──それはまさに『異形の氾濫』とでも呼べるだろう。
私が少し前まで滞在していたあの街は、既に見た事も無い存在達で溢れかえっていたのだった。
……いや、正確に言うのであれば、見渡す限り『異形しかいなかった』のである。
「…………」
一夜にして別の世界に迷い込んでしまったかのような、まるで夢の世界の中に居る様な光景がそこにはあった。
私達が、ドワーフ男性の隠れ家の前で遭遇したあの『黒壁の相手』と同じ様な存在も何人も見える。
そして、そんな『黒壁の相手』以外にも、黒い体表をした存在達が数えきれない程、街にはひしめき合っていた。それこそ建物以外は全て黒い蠢きが列をなしているかのように……。
そこには既に『人』の姿など無く、特に異形達の中でも『ゴブ』をまた更に一回り以上大きく成長させた様な存在達の割合が、最も多い様に見えた。
正直、そのどれもが一見して『人から離れた存在』であると分かる。
……それに、その『ゴブ』に似た黒い人型達には、私が知る『弱々しいゴブ達』とは明らかに大きく異なる『知性と力』を感じさせるのだった。
「…………」
……まるでその姿は、『ゴブ』が人の『才と力』を手に入れたかのようにも思える。
──そして、それこれが後の世にて『人の天稟を奪いし存在』──やがて『ゴブリン』として呼ばれる事となる『魔人』との、私の初めての邂逅となるのであった……。
またのお越しをお待ちしております。
(506話にして漸く……)




