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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第505話 群疑。




 その相手は、一見して異形の存在であった。

 人の形をしてはいるものの、まるで厚く黒い肉壁がそこに聳え立っているかのようである。



 そして、横にも縦にも大きいその黒い壁には、丸太の様な人の手足が杜撰にも取り付けられている風貌であり、その顔は歪にも半分潰れたまま、目や鼻、口、耳、その一つ一つがどれも人とは比べられない程に大きかったのだった。



 ──特に、その『人』など簡単に頭から丸飲み出来てしまいそうな大きな口は、私にも恐怖を感じさせるほどである。



 その相手は、私と言う存在に気づくと、野生の獣の如き叫びを上げた。


 その声は、耳に痛く。心の弱いものであれば竦んで動けなくなってしまう様な圧がある。


 そして、相手はその威圧の叫びで居竦んでいるであろう私の方へと、大股で近寄って来るのであった。



「…………」



 ……一方私は、そんな相手の事をつぶさに見つめながらずっと考え込んでいた。



 その黒い体表から判断するならば、すぐさま『ゴブ』や『モコ』の一種なのかという疑いも湧く──直近の話でも出た存在であった為、尚更にその思いは強い。



 ……だが、私の知る『ゴブ』はこれほど巨大ではないし、『モコ』に至っては『戦闘型』だとしてももう少し知性を感じさせる風貌をしている筈だろうと、そんな否定も思い浮かぶのだった。



 そもそもが、奴等は『人を喰らう事』によって『人に近づく存在』なのである。


 なのに、この目の前の相手はどう考えても『人から離れる存在』である様にしか見えなかったのだ。



 ……明らかに目指す先が正反対を向いている様に感じるのである。



 それに感覚的な話を更にすれば、魔力の感じからいっても『モコ』こと『神人』とは別種であるように感じた。

 『毒々しい槍を持つ者』が回収していった『無色透明の存在』には近しい雰囲気もあるが……正直、あっちは『人型』だった事位しか分かっていない為に精査は難しいのである。



 ……ただ、どっちにしろここまで『大きさ』に違いがあると、別種であると考えた方が凄く自然であると私は思ってしまうのだった。



「…………」



 それに、もしもこの相手が『モコ』達とは全くの無関係で、『ただただ突然変異的にこの場に発生しただけの存在である』と言うのも──中々に信憑性がないおかしな話だと思った。



 『……そもそも何故、こんな場所にそんな存在が発生するのか』と言う話である。



 なにしろ、この辺りには大したものなど何も無いのだ。

 木々に覆われた山があるだけ。

 そして、一軒の隠れ家の様な素敵な家があるだけである。



 ──もしかしたら私の知らぬ何かがあるのかもしれないが、別段これといって周囲には魔素が溜まっているわけでもないし、淀みで乱れている場所がある訳でもない。

 だから、この何でもないこの場所でどうしてこんな異変が起きるのだろうと……そんな疑問が浮かぶのだった。



 だが、これがもしも『石持』などに類する『魔獣』の一つであるとするならば……それはまた話は別である。


 ……ただ、そうすると今度はその場合『ダンジョン』の一つでも近くになければおかしいと言う話になってくるのだが──



「…………」



 ──いや、待てよ。



 『ダンジョン』から異形の存在が出てきた事ならば、以前にもあったではないか……。


 それこそ、その存在は今『内側の私』からも見える範囲に居るのだ──『巨大な樹木の魔獣』として……。



 ──要は、『大樹の森』にてエア達と共に治療中である『ダンジョン都市の喫茶店店主』の件が、まさにこれと近似の状態だと言えるのではないだろうかと私は気づいたのだ……。



「…………」



 ……だがそうするならば、現状は何よりも先ず目の前の相手の動きを止めておかなければいけないと思い立ち──私は拘束する為の魔法を『黒い壁の様な相手』へと使ったのだった。



 ──ゴァアアアアアアア!ゴァガアアアアアア!!



 すると、目の前の『黒壁の相手』は魔法によって身動きが取れなくなるとそんな風に大きな叫びを上げた。


 ……そして、激しくもがき苦しむかのようなその声を聞きながら私は一人思ったのである。



 『──君は、あのドワーフなのか?』と。



 ──ゴァアアアアアアア!ゴァアアアアアアア!!



「…………」



 ……だが、思わず出てしまったそんな私の呟きに対して、今度は笑顔が返って来る様なことはなかった。


 返って来たのは、ただただそんな獣と変わらぬ雄叫びだけである。


 ベッドを整え、埃をサッと払ってくれたあの優しい彼の雰囲気は、その叫びからは微塵も感じられなかった。



 だが、例えどんなに些細な反応でもいいからと私は思う。

 もし異形に身を変えていたとしても、そこに彼の『心』を感じられたなれば、私としてはその『心』を大切したいと思った──。



 『化け物にだって心はあるのだ』と。


 『異形になったからと言って、生きていていけない訳ではないのだ』と。


 『君がくれた思いやりに、今度は私が返す番だ』と。



 ──そんな事を想いながら、彼の『心』の反応を、私は『黒壁の相手』に自然と求めていた。



「…………」



 ……だがしかし、いくら待ってもそんな反応は何一つとして返って来る事は無かったのである。


 もしかすると、彼とは関係ないのだろうか……。



 ──だが、『喫茶店店主』と同様だとすると、状況的に考えるのであれば『誰か』がこの異形の存在の元になっている可能性は非常に高いと私は考えたのだ。



 見た事もない存在には何らかの意味があり、何者かの思惑があるのだろうと、そう思えて仕方なかったのだった。



 ……それに、この隠れ家の様な場所に帰ってくるような存在を私は一人しか知らないのだ。


 ならば、この『黒壁の相手』をあの『ドワーフ男性』だと考えるのは至極当然だろう。



 もしかしたら、あのドワーフ男性の友や家族の可能性もあるが──もしそうであったとしても、この相手がただの『魔獣』ではない事は私の中ではかなり確信的であった。



 だから、もしここで何らかの『意思を伴う反応』さえあれば、もっと確信も持てて力になれるのだがと、歯痒く感じてしまうのである……。



「…………」



 ……ただ、逆にその『意思を伴う反応』を基準にして改めて考えた場合、目の前の『黒壁の相手』からは『喫茶店店主』の時の様な──ある種の独特の意志が混じった雰囲気が全く感じない事が気に掛かりはした。



 ──と言うのも、『ダンジョンコア』を傍にした時の様な、あの粘りつく感じの嫌な雰囲気が無いのである。



 なので、そちらの感覚を信じるのであれば、これは『ダンジョンコア』によって引き起こされた形態変化ではないと言えるのかもしれない。



 ……だが、そうすると私としては混乱が深まるばかりだった。



 もしや、同様の変化をしてしまったが、私に反応を返せたのは『喫茶店店主が特別だったから』と言う話も十分にあり得る訳だし、憶測だけならば色々な事が考えられる。


 だが、魔法使いであり『金石』の冒険者であった彼女と、気の良い普通のドワーフ男性である彼を一緒にして考えるのは間違いなのか?



 ……いや、または、同様の変化に見えるだけで、本当はもっと別の原因が──?



 いかんな、これでは頭が混乱して──




 『──ねえロムっ!街の近くにダンジョンはあるのっ?異変が起きてるのはその山の周辺だけ?もっと視野を広げて見ようよっ!』



「──ッ!」



 ──するとだ、私がまたもポンコツになりかけた所に、『内側の私』に対してエアからそんな鋭い指摘が飛んできたのであった。



 ……だが確かに、エアの言う通りである。



 そもそもが、この山頂付近に『ダンジョン』が見当たらないのならば、別の場所にある可能性を探る事は当然だし、もしかするとここの住居の様に『ダンジョン』自体が隠されている可能性だってあるだろう。


 それに、他の原因を考えるにしてもここでうだうだとしているよりは、広く情報を集める事を優先すべきであった。言うまでも無く冒険者としては基本中の基本である。──流石はエアだ。寧ろ、不甲斐ない師匠で申し訳なくなる。



 『──わたしもそっちに行くねっ!』



 するとそんな言葉を合図に、『内側』からエアが【(ホーム)】の魔法に触れて、瞬時に『外側の私』の傍へとやって来てくれたのだった。……その無邪気な微笑みが今はなによりも心強く感じる。私ももっと気を引き締めなければと思う。



 ……因みに、『外側の私』が住居から出て『異形の存在』を目にした時点から、ある程度の情報は私の見解も交えつつ『内側』の皆にも共有していた為、エアも現状についての理解はちゃんと追いついているらしい。なので、久々に『外側』に出て来てもその表情は落ち着いたものであった。



「──んっ、来たよ!それで……ああ……」


「…………」



 ……ただ、そんな落ち着いたエアの表情も、私達のすぐ近くにいる『黒壁の相手』を見ると悲しげな声と共に少しだけ曇るのであった。



 ほんの少し前まで、一緒に宴会をしたいと思っていた相手であり、私の話を聞いて密かに『エルフとドワーフ』の関係性とやり取りに興味が湧いていたと言うエアにとっては、彼はもう無関係な相手だとは思えなかったのだろう。



「……まだ、お酒そんなに得意じゃないけど、直ぐロムと一緒に問題解決してくるからっ。終わったら皆で宴会しようねっ」



 ──だからか、そう言ったエアの言葉と表情には、『彼を助けたい』と言う気持ちが強く宿っている様に私は感じたのである。



「…………」



 ──ゴァアアアアアアア!ゴァアアアアアアア!



 ……しかし生憎とそんなエアの思いは彼に届く事は無かったが、その思いは私には強く響いたのだった。



 ──そうして、気持ちを強めた私達は、その後すぐさま『異変の原因を探る為にも一度街の方にも行ってみよう』と話し合い、『黒壁の相手』をこの場に残したままで急ぎ街へと向かって空を翔けたのだった。





 ……当然、その先で何が待って居るのかなど、その時の私達には何一つ想像すら出来ぬままに──。





またのお越しをお待ちしております。

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