第504話 暗幕。
山の中に作られた綺麗な住居の一室を借りて、私は『領域の調整』をする為に『深い眠り』へとついていた。
「…………」
……ただ、身体は眠っているものの、頭の一部だけは覚醒したままの状態を保っており、私はその残った意識だけで自分の深い所にある『虚』へ──そのまるで夜空の如き空間にて、私は『ポツン』と一人光った苗木の様な状態で辺りをユラユラと漂いつつ、その実必死に抗いながら、己の中にある『芽生え』と向き合い続けていたのである。
──とまあ、正直そんな話を語っても、当然何の事だかよく分からないとは思う。
起き上がって早々に『内側』でもエアと顔を合わせ、これとほぼ同じ言葉を伝えてみたのだが、流石のエアであっても『ぽけーっ』と言う表情を浮かべざるを得ない状態であった。さもありなん。
なので、出来るだけ今度は分かり易く説明をしたいとは思うのだが……なんと言えばいいのか、そこは拡張された自分の『性質』の一部分であり、私が『大樹の森』と言う場所を守る為に編み出した『家』と言う魔法の根底に繋がる場所でもあり、『領域となった私』のある意味では全てでもある──というのが、その説明になる訳なのだが……。
「…………」
……んーー、まあどうやら、もっと分かり難くなってしまった様である。
エアの表情を見ていれば直ぐにそれが分かった。『ぽけー』状態も未だ解除されてはいない。
だが、うむむむー。であるならば、そうだな……。
──ならば、ここはいっそ理解の肝となる『性質』についてだけ述べてみようかと、私は頭を切り替える事にしたのだった。
因みに、ここで私が言う『性質』とは、前提として『人』の根底に関わる大きなものに限定しておきたいと思う。その為、細々したのはまた別の機会にするつもりだ。
なので、要は『人』に関して言うと、『食欲、睡眠欲、性欲』等がその根源にあたり、これらを満たそうとする行動を、私は『人』の『性質』であると判断しているのである。
だから、それを基準に考えると、まだぎりぎり私も『人』であると言う話になると思うのだ。
……一部欠けている所はあるものの、それ以外の所はちゃんとまだ満たそうと行動しているのだから。
──ただし、因みに言っておくが、これは何も『性質』自体は『人』に限定した特徴であると言う訳ではないので、『獣』等にも当然ある程度は『人と似た性質』があっても何の不思議はないとだけ先にいっておきたいと思う。
つまりは、先ほど私はまだぎりぎり『人』であるとはいったのものの、敢えて言うのであれば『獣』にも近しい『性質』をもつと言う話でもあった。
……ただ、この場合そうするとまた話は複雑になってくるので、今回は例えとして『人』にだけ焦点を当てたまま、話を進めていくつもりである。
「…………」
──という訳で、さっそく本題なのだが、現状私は『人』でありながら、『領域』と言う『性質』をもった存在、だと言えるだろう。
そして、今回の『調整』によって私はそんな『領域』から無駄となる部分を省き、結果的に使える魔力をかなり取り戻す事に成功したのであった。……まあ、『調整』自体は完全には終わらずとも、着実に成果は出ていると言う感じだろうか。
──おっ、そう言うと漸くエアの顔にも理解が灯り、『ぽけー』状態も解除されたのであった。
『……なるほど。そう言う事なのねっ』と、言う感じの納得の表情をしている。
『そうか、最初から小難しい事など言わずに、これだけを先に言っておけばそれで良かったのかもしれない』と、私もこれには少しだけ反省し、学びを得たのだった。……自ずと口下手解消にも一歩前進と言った所だろう。
「…………」
──ただまあ、それで理解が出来たのならば、あとはこれ以上別に面倒な話を続ける事もないのだが、エアが『できればもう少しお話を聞いていたい』と言う雰囲気を出していた為、私はもうちょっとだけ語る事にしたのであった。
……なので、先ずは私が『領域の性質を持つ』と言う話を、もう少しだけ掘り下げたいとは思うのだが、あれは言い換えるのならば、私がそういう『属性を自分に付与』しているのだと言えば、更に分かり易くはなるだろうかと、エアに話してみる。
『大樹の森』と言う場所をこの身体で囲った際、私は自分に幾つもの『性質』を『付加』していく事で成し遂げたのだと──。
それこそ木剣に『頑強』を施すように、私の身体も『大樹の森』を内包するのに適するだけの『性質』を沢山付け加えて強化していき、魔力で身体の構成も直して、その後【空間】を作り、【拡張】かけ、精霊達の『別荘』の土台となるべき大地を魔法で作りあげたのだと。
そして、それが永遠に保たれる様にと強く【保存】もかけた感じで──それ以外も色々と、沢山の『性質』を付与したのだと言う話をエアにしたのだった。
まあ、それだけ多くの『性質』を『付与』した訳なのだが、当初は各地に『大樹の森』を作った経験も活きて、環境自体を作る事は凄く容易であったと言う事も語った。……実際、『別荘』を作ってみてもなにも問題が無かったのだと──。
「──じゃあ、何が問題だったの?」
……うむ、何が問題だったのかというと、単純にそれらの『性質』をちゃんと動かすための『魔力が不足』してしまったのだ。
「……えっ、ロムの魔力で足りなかったの?」
うむ。恥ずかしい話ながらも、実はそうなのである……。
『領域の調整』にこれだけ時間がかかっているのも、『性質』にかかる消費魔力が思ったよりも多過ぎて、それの工面をするのに四苦八苦していたと言う訳なのであった。
まあ、敢えて説明するまでもない話なのかもしれないが、『差異』を二つ超えた私はそれだけ魔力量も増大していたので、それがまさか足りなくなるなんてと、当然の様に私自身も想像すらしていなかったのである。
──だがこれは、それだけ世界を維持し続けるのが大変なんだと言う話でもあった。
そもそも、この『内側』の空間にも魔力が潤沢に備わって無ければ精霊達もここでの生活が辛くなってしまう。……もしこれで『別荘』を作ったは良いが、その場所にいるだけで精霊達も苦しんでしまう様な状況ならば、態々作る意味もないのだ。そんなのは本末転倒であった。
だから、決してその『魔力不足の状況』は『別荘』を作る上で、なあなあで済ませられる問題ではなかったのである。
その為、これまで私は今まで密かに作り溜めて来た魔力の結晶でもある『ドッペルオーブ』を沢山使って、『内側』の世界に魔力が満ちるよう『魔力の放出と吸収』の機能を『付加』した『ドッペルオーブ』を複数同時で使用し、全体的な魔力量の調整を行っていたのであった。
……ただ、言わずもがな、本来その『放出と吸収』と言う技術は、地味に難しいとされている技でもあり、私自身がやるならまだしも、その機能を付加した『ドッペルオーブ』にそれを間接的に行うとなると、本来自動で動いてくれる筈の『ドッペルオーブ』とは言え、ちょくちょく不具合が起きてしまうのも仕方がなかったのである。
正直、その不具合に対する『調整』が中々に多忙であり、感覚的におかしいと感じた所は直ぐに修復もできたのだが、何分設置した『ドッペルオーブ』の数も多くて、普通に『外側と内側』で活動している状態の私では全てをこなすのは大変な困難を極めたのだった。
それに、『不具合』と簡単に言ってはいるが、思いもよらない誤作動なんかもしょちゅう起こるので……直したと思ったらまたすぐ後に別の不具合が起こる事なんかもざらにあったのだ。
最近で漸く、幾つか『ブロック』ごとに小分けして管理し不具合の発見を早めたり、状態を分かり易くする為に色分けする事なんかもやってみたのだが、やはりそもそもの設置している『ドッペルオーブ』の数も多い為、普通に私も勘違いする事や混乱したりポンコツにもなってしまう事も多かったのである。
つまりはこの二日余り、その手の事をゆっくりと『調整』できたのでかなり助かったと言う、そんな話でもあったのだ。
「へーっ!いつもそんな事やってたんだねーっ!」
うむうむ。エアは私のそんなお話を中々に楽しんで聞いてくれている様で安心した。
眠っていた二日の間で、寂しい思いをさせてはいないかと少し心配だったのだが、それも平気だったらしい。
……と言うか、何気に私の背後には四精霊が居て、何故か背中を突いて来る為、もしくは今回は彼らの方が寂しかったのかもしれないが、魔力でちゃんと『ごめん』を伝えると直ぐに彼らも機嫌を直してくれたのだった。
「──ねえロム?その『どっぺる』って、今は何個くらい同時に操ってるの?」
「……うむ、そうだな。──凡そにはなるが、恐らくは五十──」
「五十個!?」
「──億、程だな」
「はいっ!?ええっおくっ!?」
……これまた、『お馬鹿な数字を出してきたな』と、『もしや見栄を張ったのか』と、そう思われても仕方がない数なのだが──と言うか実際に背後からはそんな『疑いの雰囲気』も感じるのだけれども、一つの世界を安定させようとするのであれば、正直まだまだもっとあった方が良いと感じる位に現状ではそれだけあっても『ギリギリ』であった。
最低限、必須であった『ドッペルオーブ』の数は凡そ五十億以上であり──長年作り溜めて来た『ドッペルオーブ』のその殆どを使わねば、『維持』すら出来ないと知れた時には流石に驚きを覚えたものである。
……ただ、それでも一日に無理をすれば四万以上の『ドッペルオーブ』をコツコツと作り続けてきてこの数百年──そのコツコツを積み重ねて来て良かったと思える瞬間ではあった。
それがなければ直ぐにこうして『大樹の森』を『領域』で守る事も出来なかったし、『大樹の森』があのままだったら第二第三の『襲撃』があったかもしれないので、本当に良かったなと私は思うのである。
幾ら私が傍に居るとは言え、またどんな不測の事態が起こり、エア達から引き離されるかはわかったものではないしな……。
ただ、今回の『調整』によって普通に使える魔力がある程度戻ったとは言え、未だ万全には程遠いと感じている。
……戦力的には海に居る『クラーケン』を倒せるかどうかが精々だろう。
まあ、『泥』による『ジャリジャリ』戦術から脱出できたと思えばだいぶマシではあるが……。
「…………」
だが、恐らく『大樹の森襲撃』位の戦力で襲われれば『外側の私』ではまだ対処に困ってしまうだろう。
……それに『探知系統』や『回復や浄化』だってまだまだ拙いままなので、決して油断はできない状況は変わらないのである。
「──追いかける背中はまだまだ遠いなぁ……」
「……ん?」
「フフッ!ううん、こっちの話!──ねえ、ロム!そう言えば、『外』の方はドワーフさん帰って来た?向こうのロムも、もう起きてるんでしょ?」
「起きてる。……だが、彼はまだ帰っては来ていない。──んっ、いや、ちょうど来たか?」
「ほんとっ!じゃあ、あとで、宴会だねっ!楽しみだなーっ、ドワーフさんの山の中のお家。綺麗だってロムが言うって事はよっぽど──」
『…………』
──だが、そんな『内側』の和気あいあいとした雰囲気とは対照的に、その瞬間『外側の私』は何となくだが嫌な感じを覚えて、警戒だけは強めていたのであった。
……正直、なにかがおかしかったのである。
と言うのも、恐らくは『誰か』がこの住居の近くにいるとは思うのだが、外で動きを止めてしまった様に感じたのであった。
これがもしドワーフ男性であったならば、普通に家へと帰って来る筈だろう。
それが違う時点で、異変を感じるのは言うまでもない。
……もしかしたら、彼がなにか家の外でしているのだろうか?
「…………」
──いや、違う。何が目的かは分からないが、その『誰か』は恐らくこの住居の入口の先で、ただ『待って』いる様に思えた。
……ならばやはり『敵』か?こんな隠れ家の様な場所まで見つけて追って来たか?それとも最初から私はつけられていたのだろうか?
だが、これがもし『敵側』の何かだとしたら、もう少しこの住居の入口を探るなりなんなりはすると思うのである。
それに、もし最初から私をつけていたのだとたら、何故今動きだしたのだ。
この二日余りの間に、何もして来なかったのが不可解である。
そこで『……こうなっては仕方がないか』と思った私は、一瞬だけ『探知』を使う事を決めたのだった……。
因みに、『一瞬だけ』なのは正直『探知』の魔力消費が中々に大きいからであり、戦闘になるかもしれない現状では、それは芳しくないと判断したからであった。
まあ、正直ここ最近の魔力の『節約』が板について来たと言えるのかもしれないが──まあ、今は別にどちらでもいいだろう。やるべき事は『探知』である。
──という訳で、早速と魔力を用いて『探知』を使った私は、その対象の体つき等を部屋の中から視てみる事にしたのであった。
「…………」
……すると、その対象がどうやらドワーフ男性ではない事が先ず直ぐに分かったのだった。
なにしろ、相手の身長は彼の倍以上をゆうに超えている事が一目で分かったのだ。
実際、想像よりも相手は遥かに大きく、体長は五メートルに届きそうな位であった。
──だが、なるほど。確かにその身長ではこの山の中の住居には入りたくはないだろう……。
この時点で、私はこの相手が『敵』に限りなく近しい相手なのだと判断し、この住居を破壊されては堪らないからと、堂々と真正面から外へと出る事に決めたのだった。
それに『敵』であるならば早く倒さないと、ドワーフ男性に迷惑をかける事になるかもしれないと思ったのである。……親切な彼を私の方の問題には巻き込みたくない。
だから、私は直ぐに立ち上がると外へと歩き出し……そして、その存在を初めて目にしたのだ──
──ゴァアアアアアアア!!
「…………」
……それは、後の世で『トロール』、又は『トラウ』と呼ばれる事になる『魔人』との、初めての邂逅であった。
またのお越しをお待ちしております。




