第503話 仮睡。
『なにっ?身体を休められる場所を探している?──なら、暫くワシの住処を貸してやる!そこで休めばいい!一年でも十年でも好きに休んでいけっ!なに酒の礼じゃ!遠慮はいらんっ!!ほれこっちだ!こっち!!』
小さな宴会の後、私はドワーフ男性にそう言われて、深い森の先にある山頂にほど近い場所に作られていた自宅──まるで秘密の宝の隠し場所であるかのような穴倉へと招待されたのであった。
そこは彼が密かに山の中を補強しながら掘り進み、少しずつ家へと改造している場所であるらしく、内部は想像以上に広々として綺麗な住処であった。
「……綺麗だな」
……入ってみると、内装にも確りと拘りがある事が見て取れる。山の中であるにも関わらず明かりも多く、各部屋の壁も部屋ごとに白を基調として綺麗に塗られていた。
また、家具なども各部屋には確りと揃っているし、水回りなどもちゃんと整っているらしい。……とてもマメな作りである。
正直、街の宿屋よりも余程高級な設えと綺麗さで、普通に生活しているとここが山の中である事を忘れてしまいそうな住宅だと素直に思った。
……すると、私のそんな『素直な呟き』がドワーフ男性に聞こえてしまったのか、彼は『ニヤニヤ』とした笑みを浮かべており『──なんだっ!褒めても何も出んぞ!』と言いながら、私に貸してくれると言う部屋のベッドなどを今一度きっちりと整え直し、部屋の隅にあったほんのちょっとの埃なども『サッ』と掃除し直してくれたのであった。
因みに、それをしている間も、彼の顔はずっと『ニコニコ』である。
「…………」
『……あ、いや、なんかすまん。別にそんなつもりで言った訳ではなかったのだが……』と、内心、私としては彼の心尽くしに少しだけ恐縮した。
ただ、そこまでしてくれた彼の好意に対しては、ちゃんと感謝もしている。
……その思いやりが素直に嬉しかったのだ。
──まあ、『ありがとう』と言う言葉は中々に口から出てくれなかったので、心の中だけで伝えておくとしよう。
当然、ここで遠慮する事は彼に対して失礼なので、素直に好意に甘えさせて貰い、確りと身体を休める事にしたのであった。……『暫くお世話になります』。
街からここへと来るまでの間で、意外と色々な事があったせいか、思ったよりも身体より『心』の方に疲れが溜まっていたらしく、部屋にある綺麗なベッドに腰を下ろすと、途端に自然と『ほっ』と安堵の息が零れてしまった。
「…………」
──すると、そんな安堵する私の事を見たドワーフ男性は、『──よし!それじゃワシは、ちょっくら街で買い出しでもしてくるかのっ!お主は気にせず後はゆっくりと休んでおれ!自由に使ってくれて構わん!──ではなっ!』と言って、直ぐに部屋から出て行ってしまったのだった。
そんな彼の後姿を見て『……気を遣ってくれたのだろうか』と思う。
そして、『……彼は、その、あれだな、なんというのか、本当にいい奴だな……』とも私は思うのであった。
……そう言えば、『収納』にはまだまだ色んな土地のお酒が残っているので、彼が帰ってきたらまたさり気なく誘ってみようかなと私は思ったのである。
「…………」
確か、この家に来るまでの道中で──『ここはまだまだ半分以上が改良途中であり、手を施したい場所もそれこそ山ほどあるのだ!』と彼は語っていたから、きっと足りない資材などを買いに行ったのだろうとは思う。
でもそんな一仕事の後に、『大好物』が待っていると知れば、恐らくはその改良も随分と捗る事だろうと私は思うのである。
……ただ、ニ、三日はもしかしたら帰らずに向こうで知り合い達と『大事な予定をこなす』(飲み明かす)かもとは言っていたので、その時は二日酔いのまま帰って来るかも、と言う状況も大いに考えられた。
だが、その時はその時で、結局は二日酔いでも構わず『迎え酒かッ!』と言って喜びそうな気もするので……あまり考え過ぎなくてもいいのかもしれない。
なんにしても見ず知らずの私に対して、こんなにも素敵な場所を貸してくれた彼の『思いやり』には、心から感謝しかなかった。
なので、『お礼のお礼』になってしまうかもしれないけれども、あとでまた何かしら彼に対して感謝を返せればと私は思うのだった……。
「…………」
……しかしそれと同時に、ふとまた私は思いついた事があるのだが、もしも彼が二日ほど帰って来ないと言うのであれば、これは別の意味で中々に『絶好の機会』なのではないかと思ったのである。
──と言うのも、その時間を使って、この際だから『領域の調整』を一気に終わらせてしまうのはどうだろうかと考えた訳だ。
流石に、街中の宿屋や森の中では完全に無防備な姿を晒す事は躊躇われて、のんびりと身体が回復する方針を取っていたが、この隠れ家の様な場所があるのならば『敵』が来る可能性もかなり低いし、まとまった時間が取れると思ったのである。
……まあ、『調整』の方が二日以内で終わるかまでは分からぬけれども、それでもやった方がかなり状況が好転する事に間違いはないだろう。
正直、そろそろ『泥』と『ジャリジャリ』攻撃に己の命運を託す戦いは避けたい気分でもある。
……せめて、もう少し魔力が自由に扱える様に調整しておきたい所だった。そうすれば、出来る事は格段に増えるのである。
ただ、その為には先ず『内側』にも事情を伝える必要があるし、本格的な『調整』をするには一旦私も『深い眠り』へと入る必要があった。
そうすると、当然の様に『内側も外側』も私は眠りに入ってしまうので、エア達には寂しい思いをさせる事になってしまうのだが……
「…………」
……いや、考えてみれば問題はそれくらいなのか……なら、問題は大きくはなさそうではある。
まあ、正直皆に頼る事にはなるが、『大樹の森』の方は大丈夫だろう。
もしかすると、少しだけ不便を掛ける事にはなるかもしれないが、これほどまでに都合のいい状況は中々ない。なので、どうにか精霊達やエア達の了承も貰いたい所である。
──という訳で、さっそく『内側の私』がエア達にお話をしてみようと思う。
……因みに、『深い眠り』とは言ったが、それは自分の情報整理に深く集中する必要がある為、周りで何かが起きたとしても全く反応が出来なくなる恐れがあり、『私』が自ら中断の判断をして目を覚まそうとしない限りは、何をしても起きられない可能性が非常に高いと言う話なのである。
その点で言うと、直ぐに考えられる状況として『外側の私』がドワーフ男性に起されても全く起きない事などが思い浮かぶが、あの彼ならば『──なんだお主!良く眠るエルフだなっ!本当に変な奴だ!』と言う位で許してくれそうだと思った。
それに、この『隠れ家の様な場所』ならば、偶々通りかかった獣などに会う心配もないし、眠っている間に他の者達から何かをされる危険性もかなり低そうなのである。……それに例えもし、何かがあったとしても、その時は今のエア達が居れば──
『──任せてっ!ちゃんとロムの代わりに対処してみせるからっ!』
おっと……ちょうど今『内側』にて話をしていたら、エアから少し食い気味でそんな頼もしい言葉が返って来たのであった。……うむ、ならばこれで一安心ではある。
「…………」
──という訳で、面倒事は早めに終わらせておくに越したことないだろうと思い、私はさっそく部屋にある綺麗なベッドの上で横になるとゆっくりと深呼吸を繰り返しながら自然と『深い眠り』へと落ちていくのであった。
『……次に目が覚めて、その時にドワーフ男性が帰って来ていたら、今度はエア達も誘って一緒に宴会を開こうかな』と。
『その時には、どんなお酒を振る舞ったら皆は喜んでくれるだろうか』と。
……そんな風に、眠りに落ちる間際までそんな事を考えつつ、私の意識は深く深く、どこまでも深くへゆっくりと、『虚』の底へと沈んでいったのであった──。
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