第502話 飲兵衛。
腕力勝負をした私とドワーフ男性は、その後切り株を机代わりにして流れる様に『お酒』を楽しむ雰囲気へと突入していた。
別に勝敗に関して何か取り決めがあった訳でも無く──買った方が何かを得るとか、負けた方が何かを差し出すとか言う話もなかったのだが──折角だからと思って、気まぐれで彼に『お酒飲むか?』と尋ねてみた所、『飲む!』と即答が返ってきたので急遽小さな宴会を開く事になったのである。
……因みにだが、私の【空間魔法】の収納にはこれまでの旅で買い揃えた各地のお酒やおつまみ等も十分に揃っていた訳なのだが、ドワーフ男性の好きなお酒もその中に当然の様にあったらしく──『ならばちょうど良いか』と思い、私はそれを彼に好きにふるまっているのであった。
まあ、元々私の方はそこまでお酒の緻密な味わいとか違いなどもあまり分からないので、『お酒』にしてみても私に飲まれるよりはその味を好んでいると言うドワーフ男性に飲まれて喜ばれた方が幸いだろうと思う。
……それに、旅の途中、現地で購入してきた私とは違い、この地に生きてきたドワーフ男性からすると、やはりそのお酒はかなり珍しく貴重で高価な逸品だったらしく、一口飲んでからはそれはそれは上機嫌になって嬉しそうな顔をするのであった。
あと、おつまみ類も勿論好評であり、このドワーフ男性は少し塩辛い系が好みなのだとか。
「…………」
まあ、本来であればこれらの品はエアと一緒に弱点克服の為に『酔う練習』をする時用で準備していたものだったのだが……少しずつ練習こそ重ねてはいるものの、未だにエアも私も毎回一口、二口で簡単に酔っぱらってしまう為、中々に消費も訓練の進捗も捗っていなかったりするのである。
だから、ここで彼に振る舞っても、きっとエアも悪くは思わないだろうなと私は思うのだった。
……そう言えば、彼はチーズの方は食べられるのだろうか?──どうだ?ん?この酒には合わないから要らない?でも普通に食べれる?そうかそうか。なら出すのは止しておこう。いやなに、こっちの話である。気にしないで欲しい。
「…………」
──ただ、そうして幸せそうに飲むドワーフ男性曰く、これは『幻の酒の一種』でもあると言う話なのだが……実際、想像の何倍もそのお酒が美味しかった様子で、最初の険悪ムードはもはや演技だったかのと思える程、今の彼は私と肩を組んで歌い出しかねない雰囲気であった。
……ま、まあ、そこまで喜んで貰えたら私としても嬉しい限りである。
そして、そんな上機嫌なドワーフ男性とそれこそお酒を飲みながら色々と話もした訳で──最初はそれこそ、また『いずれ』再戦する約束をしながら『腕力』に関する話をしたり、『エルフとドワーフ』と言う両者の体質的な違いの話もちょこっとしたり、彼がその際私の年齢を聞いて驚いたりと、普通にそんなたわいない世間話をしていた訳なのだが──
そうして色々と話していく途中で、私は彼から『二つ』ほど気になる『噂』を耳にしたのであった。
「…………」
でも正直な話、それは噂の内容の如何と言うよりかは、その噂が彼の様な一般的な者にも存在を知られる程になった事に対して私は着目した訳で──彼が言うには昨今、『世間を騒がしている厄介な存在が二種居る』と言う話らしく、それの一つ目は内心言われる気がしていた『伝説の泥の魔獣』の話であり、それと比肩するもう一つの存在は……なんと、『ゴブ』だと言う話なのである。
「……『ゴブ』か?」
「ああ。そうらしいぞ。知らなかったか?──まあ、森で暮らす事の多い奴だとあまり関わる事が少ない話ではあるらしいんだが、ワシの場合、森と街を行き来する事が多いんでな。話が入って来る訳よ。……それでな、話によると密かに前々から危険視されてはいたんだが、ここ最近では『人を喰らうゴブ』も現れたのだと言う……だから、お主も十分に気をつけろよ」
「……そうか。わかった」
──基本的に『ゴブ』とは、『黒く小さい人に似た形』をした異形の存在であり、『どこにでも現れるが、大した力も無く、簡単に倒せる』ので、これまでは大きな被害などは起こっていなかったのだが、それがまた『力』をつけて普通に大きな獣や人を喰らい出したのだと聞けば──それは確かに恐ろしい話なのである……。
「…………」
……だがしかし、私はそんな彼の話を聞いていて、先ず最初に思い浮かべたのは当然『モコ』こと『神人』の存在であり──きっとそんな噂の出所も、恐らくは神に反旗を翻し始めた『神人』達が活発的に動く様になった為、人の目に触れる機会が増え『ゴブ』と見間違われたのではないだろうか、と私は思ったのである。
そもそも『ゴブ』と『モコ』は、何気に少しだけ最初の姿形と雰囲気が似ているので、見間違われる原因としても充分にあり得る話だろうと……。
それに、そんな『神人』達の仲間の多くは、『とある森を襲撃した事』によってその数を既に大きく減らしていた事も知っていた為──私は正直驚きはしたものの、これ以上その問題は大きく広がる事はないだろうと私はそんな予想をしていたのだ。
内心、『神と神人の争いに、他が巻き込まれなければ良いな』位の感覚だったと思うのである──
「…………」
──だがしかし、私のそんな甘い予想は儚くも大きく外れてしまう事を、その数日後に私は思い知らされることになるのであった……。
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