第501話 素直。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
森を真っ直ぐ進んだ先にて、私は一人のドワーフ男性と出会った。
そして、初対面ながらも彼と仲良く出来たら良いなと思っていた矢先に、彼から『気になる一言』を言われてしまった私は、ちょっとだけ固まってしまったのだ。
現状、内心では『……おいおい、ちょっと待てよ』と、『流石に今のは聞き捨てならないぞ』と言う心境である。
幾ら普段から言葉数の少ない私だからと言って、時には確りと物申す事だってあるのだ。
……なので要は、彼と言うドワーフはこの私の怒りを買ってしまったと言う訳なのである。
正直、『ヒョロヒョロガリガリ』だとか、『そのせいで思考力までやせ細っている』だとか、『頭の中は空っぽで、白いローブの土台』だとか──そんな言葉位じゃ幾ら言われようとも私だって腹を立てる様な事はなかっただろう。
……だがしかし、『枯れ枝』とまで暴言を吐かれてしまったからには、流石の私も無視しておく訳にはいかなかったのである。
「…………」
目の前のドワーフ男性や他の者達からすれば、『えっ、そっち?それってあんまり暴言には聞こえないし、それだったらその前に言っていた事の方が余程悪口に思えるけど……?』と、感じる者も少なくないとは思う。
……だが、『人』には我慢できる事と出来ない事と言うのがあり、『己で欠点だと自覚がある』からこそ『他人から言われるのは許せない』と言うのが、どんな些末事だったとしても充分にあり得るのである。
つまりは、『──自分で言うのはいい。けれど、それを誰かに言われるのは腹が立つ!』と言う、そんな話であった。
『確かに、私の腕は『枯れ枝』の様な細さなのだが、前々からちょっとずつ手入れもしてるし、運動も陰ながらしていたので以前よりは少しだけ筋肉が付いている筈なのである。……それに、ここだけの秘密だが、『領域』として身体を構成し直す時に、元の身体よりちょびっとだけ『盛って』もいるのだ。……だから、前よりは『枯れ枝』では無い筈なのである!木の幹とまでは言わずとも、それに近しい状態にはなっているのだ!だから、そんな、ムッキムキのドワーフの腕なんか、これっぽっちも羨ましくは無いのだけれども……やっぱりドワーフにそれを言われるのはなんかムカつく!』──と言うのが、私の心情なのであった。
「…………」
「おっ?なんじゃ、こっちに来いと?……それで?その切り株の上で、ワシと腕力勝負でもすると言うのか?」
「…………」
……私は、何度も頷いている。
因みに、切り株に向かって指を向けただけで、彼は私の言いたい事を察してくれたらしい。
「ダッハッハッハ!!こんな馬鹿なエルフは久方ぶりに見たぞ!お主、随分と変なエルフだな!……だが良し!その心意気だけは気に入った!けちょんけちょんにしてくれようではないかっ!!」
「…………」
……私は、既に勝った気でいる傲慢なこのドワーフの男性に『目にもの見せてくれる!』と意気込んでいる。白いローブをまくって腕を自由にし、切り株の傍に腰を下ろすとそこに肘を立てて腕だけを相手に向けたまま、そのドワーフ男性が対面に来るのを静かに待った。
そして、瞼を閉じ、深呼吸を一つ、二つ……。
すると、今までにない程に気力が充実してくるのが分かり、この腕に『力』が漲っていくのを感じるのである。
当然そこには、ほんの少し前まで『……心躍る冒険や戦いなんかよりも、何気ない落ち着いた時間が好きなんだぁ……』と語ってとろけていた私の姿はない。
今や、あのドワーフを素の腕力で圧倒する事だけを考え、勝利する未来の自分の姿を思い描くのみである。
──私は勝つ。勝って、あのドワーフ男性に『枯れ枝なんて失礼な事を言って本当にすまんかった。まるで天までそびえ立つ大樹が如き力強さであった』と……、それに近い言葉を言わせてみたいのである。
「…………」
「……さあ、やろうではないか」
……そう言ながら、ゆっくりと切り株を挟んで対面に腰を下ろしてきたドワーフ男性は、『ニヤリ』とした悪い笑みを浮かべると、私同様に切り株に肘をつけて腕を差し出してくる。
私はその差し出された手を握り返し、切り株のちょうど中心部分で私達の手は重なり合った──。
「…………」
──間近で見ると、ドワーフ男性の腕は私の数倍は太く、まるで水でもパンパンに詰まっているのではないかと思えるほど筋肉が張っている。……言うなれば、彼の腕の方こそまさに大樹の如き威容だった。
対して……私の腕は、育ちの悪い苗木もかくやあらむこと、なんとも弱々しく見える……。
ドワーフ男性のニタリ顔も、『心意気だけは善し』とする先の言葉も、まるで『勝負はやる前から既に結果が分かり切っている』とでも言うかのようであった。
もしもこんな光景を第三者が見ていたとしたら、その者もきっと『無駄な事は止めておけ!』と言いたくなるようなそんな酷い状況が、今ここにはあるのかもしれない。
それこそ『奇跡』でも起こらない限り、私の勝利など夢のまた夢であると──
「…………」
──だがしかし、私はある意味で、そんな『奇跡』を体現してきた者の一人なのである。
なにも私は、最初から魔法が上手に使えたわけではない。
始めから、数えきれない程のドラゴン達と普通に戦えたわけではないのである。
『勝負はやる前から結果が分かり切っている……?』──それこそ、馬鹿な話だ。
結果が分かっているのであれば、初めからやる必要などない。
分からないから勝負をする。だから、挑むのである。
ドラゴン達に勝てないからと、初めから身を竦めて逃げ出すだけでは見えない光景を私は見て来た。
この身に宿る『力』が如何に相手より弱かろうとも、それを覆してきた『奇跡』が私だ。
数百年かけて培い、この身が宿した『奇跡』は決して甘くなどないのである。
だから、此度もまた同じなのだ。逃げ出す理由がない。
立ち止まったまま、賢らに逃げているだけの者では見えない『奇跡』をみせてやろうではないか。
そもそも『奇跡』とは……自ら歩き出した先で、この手に引き寄せるものなのだと言う言う事を、この傲慢なドワーフにも教えてやろうではないかッ──
──ズドンッ!!
「──ダッハッハッハッ!ワシの勝ちじゃな!」
「…………」
……相手の手の甲を切り株に倒した方が勝ちなのだが、不思議な事に気づいた瞬間には私の手の甲の方が切り株にピッタリとくっ付いていたのであった。
──スゥーー……まあ、『奇跡の姿』は、『いずれ』また見せられればいいなと、私はそう思うのである……。
それに、今回負けはしたものの『挑戦』とはなにも今回限りだとは言ってないので、また何度でも挑んでやろうと私は思ったのだ。
負けて悔しい事は否めないし、今の私はきっともの凄く格好悪いのだろうが、私はそれを諦める理由にはしたくなかった。
なので、この先もずっと『挑戦する事』を続けていこうと思う──。
……因みに、その後ドワーフ男性に『筋肉の為の最上の栄養素』を収納から取り出して振る舞ったら仲良くなれたのだった。
またのお越しをお待ちしております。




