第50話 心。
今回、後半に主人公以外の別視点があります。
「今日は魔法から始めるか?」
「んーー、ううん。今日もおへそからやる」
私の『褒練』は引き続き今後も続けていく事にし、今日はいつも通りにエアの魔法の練習の手伝いをしている。【天元】に魔素を通す練習から始めると言うエアの要望に応じ、私は魔法を使った。
椅子に座ったエアのおへその前に、少しデフォルメした全長が十センチくらいの二等身土精霊型人形を作り、その中に土属性の魔力を満たして浮かべる。
因みに、その人形は土精霊型の人形なので、通称『つっちゃん』である。他にも『みっちゃん(水)』『ふっちゃん(風)』『かーくん(火)』の愛称でエアには親しまれている精霊人形隊である。
エアはを手をお椀の形にしてそのつっちゃんを受け止めると、ゆっくりと目を閉じて集中し始めた。
ここ最近はこの状態が一番魔素を通しやすいスタイルになっていて、精霊型人形を使う事でエアもそれぞれの属性の魔素を分けてもらう想像がし易いのか、魔素を通すのがここ数日、かなりの上達を見せていた。精霊達も愛称でエアに呼ばれてにっこり。呼ばれる度に彼らはデレデレしている。
精霊型の人形にしたのは最初は軽い気持ちだったのだが、一番最初に選んだ土精霊の人形にエアは一目見て気に入り、その後もずっとこの方法を希望するようになった。今日はつっちゃんだったが、これは日替わりなので他の属性人形の練習の日もある。
ここまで整えておくと、あとはエアが一人で魔素を通すのに集中する為、私は邪魔をしないように少し距離をとり、離れた位置から見守る事にする。
この寒い季節の間は屋外に出る事も少なくなった為かエアは部屋の中でじっくりと集中して魔法や『天元』の練習に打ち込めている。
エアの良い所はこれだけやっても集中が乱れない事。こんなにも連日でやっているのだから、普通は飽きたり息抜きで他の事をしたくなっても良い筈なのに、それが今の所全く見られない。
恐らくエアにとっては、魔法の練習がそのまま休憩や遊びになっているかのような感覚なのだろう。なので、集中も高いし飽きることなくずっと続けられる。この深い森の中で他にすることも無いと言うのも理由にあるかもしれないけれど、エアはこの寒い季節でまた一つ魔法使いとしての腕をあげるのだった。
エアはゆっくりゆっくりと土の魔素を取り込んでいき、それを体内へと循環させていく。
その髪色は艶やかな黒色から今日は茶色へとゆっくりと変化しているのが良く分かった。
未だ微々たる速度でしか魔素を通す事が出来ないけれど、一段と力強さを感じる今日この頃である。
さて、そんなエアの成長は喜ばしい事なのだが、またぞろ問題が発生した。
敵の襲来である。……いや、正確には敵と言っても、今回の相手は天気。天候であった。
十数年に一度、場合によってその年数は変化するが、環境に大きな変化や乱れが訪れる時がある。
それが今回起こった。
正確には、今回は吹雪の形でやってきたのだが、これが中々に厄介な事に所謂"淀み"を大量に孕んでいるのである。
あらゆるものに目に見えぬ被害を与えていき、その淀みの乱れで『石持』の発生は通常よりも明らかに多くなる。ダンジョンなどでは魔物が溢れる事態なども続出するだろう。
この森においても、淀みが積み重なれば生態系のバランスが崩れ、危険な生き物が発生し突然変異をしかねない。
作物においても、その生育が満足にいかないと言う事態が今後起きるだろう。エアが悲しむ。
少し前にその乱れの兆候からか力の弱い精霊達に影響が出ていたが、この吹雪を感じて私もこの"乱れ"をはっきりと認識した。
精霊達なら前々からこの事を知ってはいた筈である。だが、制約に含まれるのだろう、私へとこの対処を頼む事を彼らは良しとはせず、自分達でどうにかするつもりのようであった。
彼らでこの問題に対処するために忙しくしているのは察してはいた。
寒い季節になったとはいえ、大樹に来るものが極端に減ったのもその影響だろう。いつもなら彼らは寒い季節でももっと多いのだ。
ここに来ていない彼らは、それぞれがそれぞれの領域で今も、頑張っている筈である。
少しだが兆候を感じてはいたので、先んじて魔力を込めたマフラーを渡す事は出来たが、皆無事であって欲しいと私はここで想う事しか出来ずにいた。
因みに、この森においては、今、大樹を通して、私が全体へと魔法を放っている。
"淀みを孕んだ吹雪"?"乱れ"?それがどうしたものかと。
『差異』へと至った魔法使いが、局所的な天候一つ変えられずになんとする。
私は、一瞬で天空にある雲毎吹雪を晴らし、浄化も放出して周りの環境の調整に入った。
ここが何気に難しいが、少し時間をかければ問題なくこれも終えれるだろう。
エアから見たら、家の壁に寄りかかっている様にしか見えないかもしれないが、流石に近くにいた精霊達には私が何をしたのか分かったらしく、皆目を見開いて驚いていた。
少し不甲斐ない姿をここ数日は見せていたから、これで少しは見直して貰えただろうか。
彼らの様に全ての場所にまで私の力は及ばないが、この森の中においては私にとっても無関係ではない。僭越ながらも先に動かせて貰った。
……君達だけ、いつも傷つき頑張る必要はないのだ。私にも手伝わせて欲しい。
エアにはまだ聞こえないとは思うが、私は一応口の前に指を一本立てて頷きを彼らに見せる。
『ここの森の事は任せて欲しい。エアの邪魔をしたくないので今は静かに頼む』とそんな思いを魔力に込めて、私は彼らに送った。
精霊達は肩をすくめて『しょうがない人だ』とでも言う様に呆れた様な微笑みを見せる。
これ位は『差異』へと至った者ならば誰でも出来る事。そう大したことではないのだから……。
────
『とある精霊から見た、とある特別な魔法使い』
俺達精霊が住むこの深い森の奥に、一人の白銀の耳長族が居た。
彼が何故ここに一人でいるのか、何の為にここに住んでいるのか、それらはまた別の機会に話すが、今回は俺の愚痴を聞いて欲しいと思う。
"旦那"、いやあの人はほんとに変わっている。
『俺たちが度々言ってる事だが、未だにあんたが唯一、全くもって信じていないのがそれだ。俺達精霊が、嘘をつかない事ぐらいあんたも知っているんだろう?……なのになんであんたはそんなに自己評価が低いんだよっ!あんた程の魔法使いはこの世に存在してないっ!聞いたことも無いっ!あんたはもう少し自分の力ってやつをよく認識した方がいいッ!どこの世界にあんた以上のとんでも生物がいるって言うんだ。
──いや、居るわけねえよ!てかいたら困るよ。そんなあっちこっちにあんたと同じぐらいの魔法使いがごろごろ居たら、こんな世界あっという間に壊れちまう。今だって精一杯やってんだ。……俺達みたいな存在がこうしてやってこれたのだって……旦那、あんたって存在がここに居てくれたからなんだ。なあ、大樹の主よ。耳長族にして俺達の世界へと踏み出してきた世界で最初の人よ。あんた以外に俺達に気付き、ここまで来た人なんて他にはいないんだ!分かっ』
『あーだめだめ』『またほぼ最初から寝てた』『殆ど耳に入ってませんね』
『だあああああーもう!なんでっ!旦那!旦那!おきてくれ!もうなんで毎回この話になると寝ちまうんだよ!聞いてくれたのかよ!』
「ん?ああ。すまん。話が長くなる気配を感じると、昔から睡魔が襲って来るタイプなのだ。……あっ、君達、お茶ができた。飲むと良い」
『あ、ありがとう。……ってこんな事で誤魔化されないからな!』
「そうかそうか。わかっている。ちゃんと話は聞こう」
この人はいつもそうだ。いつだってこうも優しい。
その冷たい無愛想な顔からは想像し難いが、心は誰よりも温かい。
俺達は元々、力のない精霊だった。
そんな俺達がここまで成長できたのは、偏にこの人がここに居たからだ。
今では信じられない話、魔法使いと言うのは身体中の魔力を放出し、それをまた吸収する事が出来るのだという。旦那がそう言っていた。
俺も最初は、その言葉を旦那が言うのならと、信じていた。
……が、それは違った。
繋がりを持つ事で、俺達精霊は知識の共有が出来る様になり、色々な情報を瞬時に手に入れる事が出来る様になる。
だから、それで知ったんだ。
この世にそんな事をしている魔法使いなんていなかった。皆無だった。
さも当然のようにあの人が熟すものだから、毒されてその言葉を信じている精霊はまだまだ沢山いる。
だが、現実をよく見ろ。考えるまでもない。
毎日毎日、倒れるまで全力疾走をし続け、走り終わったら今度は全力で無理矢理体力を回復させて、また全力疾走をする、それを永遠と繰り返すみたいな事なんて、普通はできないんだ。出来ちゃいけないんだよ。
だがそれを、この人は一呼吸に一往復?それも一日中繰り返してできるらしい。
それっていったい日に何度……二秒に一回だとしたら、一日で四万三千二百回!?
なんだその馬鹿みたいな数、そんなの苦行だろ。
そりゃ、あの人から漏れ出た魔力で、この広大な森の魔素も他とは比べ物にならない位に多くもなるさ。
そのおかげで、俺達精霊は通常よりも力を蓄える事が出来たさ。
だがよ、その苦行が身体に影響ないわけないだろう。もっと自分の事を大切にして欲しいと、俺たちはいつも思っているんだ。
だから、もうそんな事はしなくても、十分世界で一番凄い魔法使いになっているって、俺たちは何度も何度もいったんだ。
だが、それ以外ならなんだって話を聞いてくれるのに、これだけはこの人は譲ってくれなかった。
変えられない思いがあるのだという。
俺たちがこの世に生まれた時にはもう既にこの森に居た人だ。
その若い頃に何があったのかまでは全部知っているわけじゃないけど、もうこんな無理をする必要なんてないんじゃないのか?
俺たちは最初、そう思って説得していた。何度も何度も。
だが結局は、譲らぬ彼の想いを、尊重することしか出来なかった。
だけどやっぱり、俺たちはいつもこの人が心配だったんだ。
元は小さな苗木から育てた仮初めの家が、大樹へと育つまでの間。俺たちはいつもこの人と共に居た。
やがて大勢の精霊達も彼の魔力に救われ、感謝し、彼の元へと訪れるようになった。
元々ここの森に居た俺達には分かる。
一見したらほぼ無表情にも見えるその無愛想顔だが、あの人が嬉しそうにしているのが分かった。
沢山の仲間と共に、あの人とこの森で暮らすのは楽しい日々だった。
ただ、あの人は時々、街へと行った。
食料の為とか言っていたが、それ以外にも理由がある事を俺たちは知っている。
その度に何か悲しい事があったのか、寂しそうな雰囲気を出す事があった。
それはしょうがない事だという。
俺達と彼とは元は住む世界が違うのだから。
全てを理解し合うのは不可能だ。
だけれど、俺たちから見えるあの人は、いつも一人なのだ。
誰か、いないのか。
この人を救ってあげられる人が他に、この人に並べる人が他に。
同じ人だろう?なんで一人もいないんだ。
俺たちはいつも心配だった。
……だから、旦那がエアちゃんを連れてきた時は俺達も嬉しかった。
ああ、ようやくこの人を救ってくれる人が現れたのだと。
俺達精霊の歌を一緒に歌ってくれる様な良い子だ、きっと旦那の事も、と。
旦那、あなたは俺達に良く言いますね。
『君達はエアが好きだなと、甘やかしがすぎると、でも、色々してくれてありがとう』と。
……違うんです。俺たちは貴方の事も好きなんですよ。
色々としてくれてありがとうと、本当は言いたいのは俺達の方なんです。
褒める事が大事だと貴方に言っておきながら、俺達も面と向かってあなたに言えませんが、いつも感謝してるんです。
いつもありがとうございます。旦那。
……あれ?おかしいな。愚痴を言うはずだったんだが、いつの間にか感謝になってしまっていた。
まあ良いか。本当の事なのだから。
またのお越しをお待ちしております。
祝50話到達!!
いつも読んでくださる方々!ブクマや評価等をしてくださった方々!
いつもありがとうございます^^!すごい励みになってます!
読んでくださっている方々に楽しんで頂けるように。またその先にある"書籍化"と言う目標に向かって頑張って参りますので、今後もよろしくお願いします。
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